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最後の剣  作者: 二口 大点
侵蝕
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~戦の香り~

 アイオン達がラインベルクで準備を整え、三国の国境線付近に位置する農村トーリアへと移動を開始した頃、オルナ国内のミスア砦に動きがあった。剣を携えた獅子の紋章が入った旗を掲げたカストーン聖騎士団の一団が入城したのだ。


 ミスア砦は平野に位置するものの、側に大きな川が流れておりそこから水を引いて造った堀を囲われている。平地であることから身を隠すものがなく、ミスア砦に併設された塔は周辺を見張ることができるため索敵能力が高く、深く広い堀のおかげで防御面も厚いため敵への備えは万全である。水源を遮断しようにも川は広大でそれも難しいため、攻めにくい城砦だ。


 唯一砦に繋がる立派な石橋を渡った聖騎士団員は全てシルバープレートに身を包んでいる。同じく重装備に身を包んだ馬に跨り、先頭に立ってミスア砦に入城した人物が兜を取って出迎えたミスア砦の兵士を見遣る。プラチナのセミロングヘアーで、赤い瞳には冷たい光が灯っているその青年の幼さの残る顔を見て、砦の兵士は困惑した様子で口を開いた。


「カストーン聖騎士団とお見受けします。遠路はるばるご苦労様です。ご用件は?」


「カストーン聖騎士団第1師団団長、ゼフリー・D・クレランスだ。魔族侵攻の恐れありと聞き、救援として参った」


「おお、正に天の助けですな。どうぞ奥へ。この砦の指揮官でありオルナ国軍の勇将であらせられるラカン将軍にご挨拶をお願いします」


「言われずともそのつもりだ。皆、疲れているだろう。まずは休め!」


 ゼフリーが命じると、聖騎士団員は馬から降り、各々砦の中でくつろぎ始めた。その間、ゼフリーもまた馬を降りて兵士に案内されつつ石造りの堅牢な砦内を進む。奥に進むと階段があり、二階、三階へと上っていき、三階の奥にある扉の前に案内されると兵士がその扉をノックした。扉の向こうからどうぞ、という野太い声が返ると、兵士が扉を開けてゼフリーに中へ入るよう促した。


 中では複数人の壮年の男達が椅子に腰を掛け、中心のテーブルに広げた地図の上に兵棋を配置しており、それを眺めて呻っていた。部屋に入ったゼフリーを見るや、口髭を蓄えた褐色の男が口を開く。


「どなたかな? 私はこのミスア砦に駐留するオルナ国軍将軍、ハーベルト・ラカンである。用件とともに伺おう」


「お初にお目にかかります。私はゼフリー・D・クレランスと申します。魔族侵攻の報を受け、微力ながら加勢として参った次第です」


 ラカンは真っ直ぐにゼフリーを見つめると、視線を再び地図に配置した兵棋に移した。駒はブロック状で赤と黒に塗られたの二種類の兵棋を利用しており、自軍を黒、敵を赤としているようだ。黒い兵棋をミスア砦の上に。そして敵の赤い兵棋をセーデ、アルトリアの国境線上に置いている。


 ゼフリーを手招きして側に寄らせるも、ラカンは顔を上げずに言葉を発した。


「クレランス殿、救援を感謝する。現状では予想しか立てられませんが、聞いて欲しい。この地図はまず周辺地図で、周囲一体を表記させたものだ。今いるミスア砦を中心としていることは分かると思う」


 指で地図を指し、自分たちの位置を示した。ゼフリーは地図に視線を落とす。ミスア砦は国境付近にあり戦略的に重要な拠点である。特に今南下している魔族に狙われる可能性が高いことはゼフリー自身も把握していた。魔族は北のヘイルダム、アルトリアやセーデ、オルナといった同盟関係を持った北西の国々に阻まれてしばらくは南下出来ずにいたのだが、近年になってヘイルダム、セーデ国の街や一部の城砦を三人の魔将軍の一人、アスラデルトに落とされ、直線的にではあるが魔族に南下されつつある。


 そのおかげか魔族の動きも活発化し、アスラデルトの空けた風穴とも言うべき道を辿って各所に分散し、同盟軍を内と外から攻め始めていた。特にセーデの東側、アルトリアとの国境付近の城がアスラデルトに攻め落とされてからはそこが魔族南下のための拠点となっており、今年になってからは小規模ながらもオルナまで魔族の軍が攻めてきたほど南下の勢いが上がっている有様だ。


 ミスアの将兵でこれを撃退したものの、さらに有名な魔族侵攻の報を聞いて急遽としてオルナ国王はラカンといった勇将に魔族の進行方向から最も狙われる可能性の高いミスア砦の防衛を任じたのだった。



「さて、我々は今敵に対してどう防衛するかを話し合っていたところだ。まずこの砦は防衛面、索敵に関しては問題ないし、水切れは心配いらず、兵糧も十分にある。加えて内部は清潔を徹底して保たせているから、衛生面の問題も出来る限りなくしている。出入りできるのは橋がある正面門のみだ。ただ、船は万一に備えて置いてある。仮に橋を落とされてもそれを使って堀を渡ることは可能だ。時間は掛かるだろうがな。


さて、クレランス殿。我々は今、敵の情報が不足しており動きかねている。野戦に持ち込むにも敵の数が未知数、そして大体の方向は分かるものの敵がどこから現れるかも分からない。しかし行動はせねばならん。見張りは立てているから、なにかあればすぐに知らせは飛んでくる予定ではあるがね。


なにか貴殿はこのミスア砦に迫る魔族について情報を持ってはいまいか?」


「私が持つ情報は、残念ながら極僅かです。ただ言えるのは、確実に魔族はこの砦に向かっているということです。先日、アルトリア西部にある村とセーデ南部の村が魔族に襲われたとの報を受けました。時期が同時である点からしても、恐らくオルナに向かう軍勢だと思われます」


「二方向に展開しているのか? 挟み込むつもりだろうか、それとも……。いや、貴重な情報を感謝する。ふむ、ウォッド、ロランは軍備の確認、特に弓と矢の数を確認せよ。オランタルは兵糧の確認を頼む。どちらも多すぎるくらいが丁度いい、足りないと判断した場合はすぐに近隣から補充せよ」


 それぞれ同席していた部下に命じ、軍備や兵糧の蓄えを潤沢にするべきだとハーデルトは判断した。そして軍儀室には二人だけが残される。ラカンは地図から目を離してゼフリーと向き合った。


「クレランス殿、いくつか質問してよいかな?」


「なんでしょう」


「一つ、貴殿はなぜ魔族に襲われた村々の話を知っておいでか?」


 ラカンの鋭い眼光がゼフリーを捉える。威圧的な雰囲気が部屋の空気を震わせるが、ゼフリーは冷や汗一つ流すことなく、眉一つ動かすことなく答えた。


「噂で聞いた――などという言い逃れは出来そうにありませんな。魔族を追わせていた有能な配下から飛ばされた伝書鳥で知りました」


「やはりな。いくら聖騎士団とはいえ動きが早すぎるとは思っていた。であれば貴殿はこの砦に向かう魔族について、その動向を把握しているわけだな」


「ええ、昨日まではね」


「というと?」


「恐らく魔族を追尾していた部下の存在がばれました。伝書鳥は毎日飛ばすよう命令していましたが、それが途絶えたところを見ますと、ね」


 無感情にそう言い放つゼフリーを見て、ラカンは不快感を露にする。目を怒らせるラカンに対し、ゼフリーは何も思っていない振る舞いで言葉を続ける。


「敵を率いるのは血塗りの鎧騎士と異名を持つマルトール。戦場を幾度となく駆け抜け、我々の同胞達を葬ってきた怨敵。その異名は飾りではないようですね。もしかしたら、追わせていた部下にも早くに気付いていて、こちらが情報の欲しい辺りを見計らって排除したのかもしれません」


「貴殿はどうなのだ?」


「はい?」


「貴殿は気付かなかったのかと訊いている。魔族の追尾など無謀もいいところだ。魔族の側には魔物がいる! 人間の気配に気付かぬはずがないと、貴殿は分かっていたのではないのか」


「そうですね、気付いていました。しかしラカン将軍、なぜ生還させようと思うのです? 我らが神のために働いたものが、その結果として敵に殺されて不幸なはずがないでしょう。幸福な思いのままに逝ったと私は思いますよ」


 ラカンはその淡々とした様子に驚き言葉を紡げなかった。だが、間を空けた後に搾り出すようにして声を出す。


「もう一つ、訊きたい。貴殿の名は、D・クレランスとは、デルジオ・クレランスのことか? 魔族こそを諸悪の根源とした教えを広めたという、あの神父の?」


「些か納得しかねる物言いではありますが、まあそれはよいでしょう。あの人は私の先祖に当たりますね。しかし、それがなにか?」


「いや、ただ気になっただけだ。もうよい。情報、そして加勢を感謝する」


 ラカンが席を立って背を向けたところで、ゼフリーは一礼して軍議室を後にした。扉が閉まるのを聞いて、ラカンは目頭を押さえる。


「ゼフリー・D・クレランスか。クレランス家はカストーン教団の中枢的な一族と聞いてはいたが、まさか聖騎士団にもその一派がいるとはな。


魔族を悪と考えることを否定はしない。だが、狂信的だ。味方でさえも全ては神のためと言うだけで見殺しにするなど常人の沙汰ではない。……あの男をこの砦に居させて良いものか?」


 ラカンの不安が募る中で、砦内が騒がしくなる。戦の準備のため、聖騎士団という人員が増えたため。その中においてゼフリーは楽しそうに指揮を執る。砦の兵士、聖騎士団員達の士気を上げて着々と準備を進めさせており、その手腕に砦の将達も舌を巻いていた。


「さあ、神の名の下、皆で邪悪を祓うのです!」


 そして望むべき戦争が始まる。そう呟くゼフリーの笑みに気付くものはいない。

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