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最後の剣  作者: 二口 大点
侵蝕
40/88

~自分を知らない傀儡~

 アイオンやウェイド達とは別に、食料品や衣料品、雑貨などの買い物に赴いたミーシャらは市場を散策していた。ラッセントが主な荷物持ちになりながら、多くの人で賑わうバザーを往来する。


「いやはや、賑やかなものだね。商売とはこうでなくちゃ!」


「そうだねえ。レインちゃんは買い物好きなの?」


「うん。やはり色々と見て選ぶ楽しさは良いものさ」


 レインは目を輝かせながら並べられた商品を眺めている。ラッセントはそれを微笑ましく見つめるも、買い物を終えてきたミーシャが購入した荷物をラッセントの腕に押し付けた。ラッセントはそれに押されて足を半歩ほど下げるも、受け止めて目を丸くする。


「それもよろしく!」


「ちょ、ちょっとミーシャちゃん? もう結構持ってるんだけど」


「あら、乙女に荷物持ちさせる気? 仕方ないでしょ、今男手がラッセントしかいないんだし」


 ラッセントは顔を引きつらせながらも、はい、と小さく頷いた。レインはそんなラッセントの苦労に気付いていないようで、一人楽しそうに市場を見て回る。ミーシャは自由奔放なレインを気にかけているものの、ラッセントに荷物は任せて、自分は旅に必要なものを買い揃えるためお店を見て回って商品を吟味している。


「食料は保存が利かないといけないわね。ついでに人数も多いから、なるべく大きく数も多く買わないと。ねえおじさん、この干し肉はどれくらい持つの?」


「おっ、いらっしゃい。お嬢ちゃん可愛いねえ。そうさな、気温にもよるが相当の日数は持つぜ。肉一枚で銅貨四枚でどうだ?」


「そうなんだ。確か向こうの肉屋は干し肉銅貨三枚だった気がするわねえ」


 肉屋の主人はその言葉に、なんだって、と漏らした。その言葉からミーシャは見込みありと感じたのか、不適な笑みを浮かべる。


「あっちのおじさんは愛想が悪かったから、こっちの格好良いおじさんのお店に来たんだけど、お肉の値段は高いのね。私お金に余裕がないから、向こうで買うことにするわ」


「い、いやいや待ったお嬢ちゃん。ならこっちは銅貨二枚にするぜ! どう?」


「えぇ、いいの!? おじさん見た目も心もかっこいいんだあ! 素敵!」


 ミーシャは猫撫で声で肉屋の主人を褒め殺しつつ、しっかり値切って干し肉を大量に入手した。ラッセントは遠目でその様子を見ていたが、感心するように笑う一方で、その重そうな肉を見て自分が持つのだと思ったようで、肩を竦めた。


 売られている商品を順々に眺めていたレインは、楽しそうな表情から一変し、真面目な顔つきで怪しい品物を売る老いた商人のバザーの前で立ち止まった。薬草と明記している見慣れない草や毒々しい花、悪臭を放つ砂やなにかの生物の干物など、近寄りがたくなる商品ばかりが並んでいる。


「チンレンカにパナクシア、果ては焦熱砂とは珍しいものを揃えていますね」


「お若いのに、お詳しい」


「ふふふ、毒物から危険物まで、知識は無駄にあるのですよ。これとこれとあれとそれを……」


 レインは躊躇いもなくその奇妙な品物を大量に買い込む。周囲の人々はそれを奇異な目を向けるものの、直接関わりたくないのか商人とレインを避けるようにして大通りを往来した。視線などお構いなしにラッセントの元に戻ってきたレインは、この上ないほど嬉しそうに微笑みながら高揚した様子だ。


「いやはや、良い買い物ができた」


「な、なんか臭うんだけどなにかな?」


「ああ、多分焦熱砂の臭いでしょう。あれは発火性があり実用性が高いのですが非常に不快な臭いを放っているんです。そのためかあまり注目こそされてはいませんが、現在では主に低コストかつ質の高い火薬の調合に用いられることが多く、各国の大砲に活用されていましてですね」


「く、詳しいね?」


「調合から錬金術まで幅広く興味があるんです! フラッドにはよく止められるのですが、人類の知識欲は湯水の如く溢れるもの! 色々と試すための材料には詳しくなるものですよ」


 笑ってそう言うレインだが、ラッセントはそれを聴いてぎこちない笑みを返すしか出来なかった。


「ちなみに今日買った中でもこのパナクシアの花なんかは毒性が極めて高いのに、調合次第では万病に効く薬になるんだよ! もちろんその毒を利用した毒薬なんかも作れてね。そうだ! 百首の王という物語をご存知かな? 暴虐の王、最期は酒に盛られた猛毒により死ぬというラストを飾るわけだが、あれは創作として広まってこそあれ、実はその王様は過去に遡るとカストーン暦284年ネルディヌススの月、西の小国オルナに実在した王がモデルで、実際に使われたという毒がこの――」


 目を煌かせて語りだすレインの勢いに押され、ラッセントはただ愛想笑いを浮かべて相槌を打つしかなかった。


「フラッド君てば、苦労したろうなあ」


 そんなぼやきなどお構いなしに、レインの話は止まらない。ラッセントは逃げることも出来ず、ただただミーシャが早期に戻ってくるのを待つしかない。その表情は早くも笑顔が固まっていた。


 そのレインの話が続く頃、王都ラインベルクの南西側にある街の図書館を訪れたティラは、一人法術について調べようとしていた。図書館内は広く、二階立てになっており、一階は出入り口の左脇にカウンターがあり、その先には椅子やテーブルが並んでおり、奥は何十もの棚が並ぶどころか、二階に到達するほどの量の本が壁を埋めている。二階も同じように階段から上がってすぐのところに読書するための椅子等が用意されており、スペースの大半は本棚となっていて、膨大な本が天井まで覆いつくす。


 ティラはそんな圧倒的な量の本に圧倒され、天井まで体を逸らしながら見上げて呆けてしまっている。口を開け、暫し出入り口の付近で図書館中を眺めていたが、やがて自分の目的を思い出したのか図書館内を歩み出した。


 静かな空間の中で、ティラはカウンターに赴く。そこで聖騎士団やカストーン教団についての書籍を伺うと、二階にあるということで二階に移動した。二階奥の壁の本一面がそれに関連する本ばかりで、ティラは戸惑いながらも自分の欲しい情報を探す。気になった本を手に取り、その場でさっと目を通した。


 ゴンドル曰く、一般的には法術は知られていないものだという。つまり、一般人には情報規制されている可能性が高かった。ティラもそれは分かっていたが、結果としてその通りだった。普通の本には聖騎士団やカストーン教団の歴史について書いてあるばかりで、その法術という特殊なものについて記載されていることは微塵もない。


 無数に、それこそ大量に置いてあるものの、全てを見る時間はない。しかしてティラは全てを読む必要はないと感じていた。著者こそ違えど、内容は大差がない。


「甘く考えすぎたかなあ」


 ティラは残念そうに本を返す。しかし、ティラの隣に現れた人物がなにかの本をティラの返した本の隣に入れた。ティラはその本に目を移すと、天の声というタイトルが付いていた。それを手に取ると、返した人物が気になったのかティラは周囲を確認する。しかし、そこには人影すらもなかった。不思議そうに周りを窺うものの、ティラはやがてその本を読み始めた。


『――天の声を聴くものとしてはっきりと伝えられているのは、カストーン暦54年、実り多きカストーンの月に誕生したイリヤ・ヴェルだ。女性ながらに魔族との戦いにおいて鬼神の如き活躍を成し、戦場で魔族に恐れられたとされる人物で、ある戦で大怪我を負ってから戦場から姿を消し、その後の彼女がどうなったかは不明である。しかし一説には大怪我ではなく突然どこへなりとも姿を消して行方が知れなくなったという説もあるため、彼女の最期については今なお謎に包まれている。


――現在でも天の声を聴くもの達は教団によって集められているが、これは聖なるものに祝福されしものとして、神により近く仕えるものとして集められているというのが教団側の回答であるものの、実際は魔族との戦争にて、イリヤの奇跡を求めての行動であるとした意見がカストーン聖騎士団から出ている。事実、天の声を聴くもの達は尽く戦場に駆り出されている。そして数百年の間、魔族の侵攻を防いできた英雄達であることは疑いようがない。


――詳しいことは伏せられているが、カストーン教団によれば、この天の声を聴くもの達には元来特殊な力が備わっており、その力を制御させるために特別な訓練を受けさせるという。それは早期に行うことが必要であり、親元から離れさせることになる場合もあるという。なぜならこの特殊な力は人智を超えたものであるため、力が暴走すると最悪な場合街一つを滅ぼしかねないためだという。この強大な力は魔術と対を成すもの、法術と教団内では呼ばれている。


――なお、唯一判明していることとして、天の声を聴く彼らの共通点はその最期が謎であるという点である。推測の域を出ないが、天の声を聴くもの達は寿命を全う出来ず、その驚異的な力の代償として命を削っていると思われる』


 厚い本を捲りながら、気になる文章だけを抜粋しながら読み進めるティラは、徐々にその顔色を悪くしていった。歴史上、天の声を聴くもの――すなわち法術を使うもの達は突然現れては姿を消しており、戦果を残すもの達もその名を刻む期間は短かった。


 詳細が分かったわけではないが、ティラにはその事実だけで十分だった。法術とは、使うほどに命を削る諸刃の剣。そしてそもそもティラが法術を使ったと、仲間から聞いて初めて自分の力について自覚したというのに、教団が行っているという訓練を受けた記憶がない。それもまたティラを恐れさせた。


 ティラがバッフルトで魔族と戦ったとき、なにが起こったのか分からないままに戦闘は終わり、自分がグーダラに深手を負わせたと聞かされた時は知りえなかった。ティラ自身の記憶がなくなっているのだ。その前後の記憶に至るまで。


「法術は、命だけじゃない。記憶も削るの?」


 ティラは本を閉じて本棚に押し込める。その手は震えており、彼女はその手を胸に当てた。


「私、いつからこの力を使っているの? 私――いつから記憶がないの?」


 そのまま頭を抱えてティラはその場にうずくまった。誰も彼女の問いには答えない。ただ無数の本棚が落とす影の下、ティラは誰にも理解されることなく静かに一人、苦しんでいた。そんな折、傍らに人影が現れる。その人物はティラが押し込めた本を手にし、ティラの側に膝を付いた。そして、ティラの耳元で囁く。


「主は哀れなお前を救ってくださる。祈りなさい。願いなさい。今までのように」


「誰? あなたは誰?」


「私はお前を救うもの。幼い時から、お前を助けてきたでしょう?」


 ティラは沈んだ表情のまま、目を声の主へと向ける。そこには腰まで伸びるほどに長い金髪で、真っ青な目をした女性が佇んでいた。真っ白いローブに身を包んでおり、その姿を見たティラは思い出したかのように目に輝きを取り戻した。


「あなたは、いえ、あなたが天の声の……!?」


「心配することはありませんよ、ティラ。お前の不安は杞憂です」


「でも私、記憶が」


「心配いりません。なにも」


 ティラは女性の言葉を聞き、その目を見た途端に動きを止めた。女性の目は金に染まっており、ティラは目を見開き言葉を失いながらもその目を背けられずに女性の目を見続け、やがて彼女自身の瞳が金色に染まると、冷たい表情で女性を注視する。


「なにも、心配は、ない」


「そう、あなたは主の言葉に従えばよい、悩むことはなにもないのです」


 ティラは静かに頷くと、その目を閉じて力なく床に横になってしまった。それまで無感情を装っていた謎の女性はそんなティラを見て悲しそうな面持ちになると、そっと眠るティラの髪を撫でた。


「ティラ、お前には過酷な運命を背負わせてしまいましたね。しかし私達がこの世界に干渉するには、どうしてもあなた達のような人間が必要なのです。選ばれし子よ、どうか健やかに」


 本を小脇に抱えながら女性は煙のように消えた。すると、ティラはそれに合わせて目を覚ました。周囲を眠たげな目で見回し、立ち上がる。


「あれ? 私、ここでなにを? ええと、本を探しにきて……ああ、法術のことを知ったんだ。命を削って、記憶が消える。そんな術を私が使えるなんて」


 ティラはまるで怖がる様子も見せず、淡々と本の内容を口走った。その表情には驚きこそあれ、一切の恐怖の色がない。どうして自分がその場に寝ていたのか、という状況は理解できなかったようだったが、やがてその場から移動し、図書館を後にした。


 各々の目的を果たし、酒場兼宿屋に戻ってきたアイオン一行は酒場にてそれぞれの成果を報告しあう。当然のように大判振る舞いをしたアイオンはミーシャにこっぴどく叱られ、また自分の手持ちとはいえ妙なものを大量に購入したレインもまたミーシャに叱られる。


 ラッセントは非常に疲れた様子でテーブル席に突っ伏しており、多くの荷物を抱えるラッセントに何事かを夢中になって語るレインが帰ってくるのを見てフラッドが事情を察したのか、何も言わないもののラッセントを労っているのか酒をさり気なく手元に置いてあげている。ウェイドは片手剣を一振り購入したようで、それを自慢げに見せ付けながらコルソン、イッサと一緒に馬鹿騒ぎしており、酒場の喧騒の中でも一際目立った。


 ゴンドルは静かに一人酒を飲んでいるが、酒場の隅にティラがいるのを見て声をかける。法術に関して聞いてみると、ティラから命と記憶を削る諸刃の剣と聞いて顔を険しくした。しかし、そのティラ自身が気にしていない様子を意外とも思ったらしい。


「なんじゃ、お主のことじゃから、そんなことを知れば沈み込むと思うたが。平気そうじゃな?」


「なにも心配ないことですから」


「心配ない、とな?」


 根拠は、と言いかけて、ティラが本当に気にしていない様子を認めてゴンドルは口を閉じた。


「まあ、暗くなるよりは良いことじゃろうがな。無理はするなよ」


「はい。ありがとうございます」


 ティラの天真爛漫な笑顔を見て、ゴンドルは安堵したように酒を喉へと流し込んだ。心配は杞憂だと判断したらしい。


「ええと、皆いいかな? 準備は整った。多少お金は使ったけど、問題ない範囲だ。明日、魔物車が用意出来次第出発する!」


 アイオンの一声とともにブレイブレイドから歓声が沸いた。何一つ問題なく整ったとして全員が浮かれた様子だが、ティラの異変に気付くもの、そしてこの先に待ち受ける魔の気配に気付くものは、まだ誰もいなかった。

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