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最後の剣  作者: 二口 大点
侵蝕
39/88

~旅路のために~

 アイオン達の目標が決まった日、彼らは準備を開始した。まず、馬車か魔物車を借りるべくアイオンとゴンドル、イッサが行動を共にし、装備を整えたいというコルソンとウェイド、食料品を購入するべくミーシャとラッセント、レインにフラッドが同行する。ティラは法術について調べたいと王都の図書館へと赴くことになり、それぞれが別れて用事が済んだら元の酒場で合流する形を取った。


 まず、アイオンら三人が王都の東門側へと移動する。そちらは商店よりも民家が増え、赤や茶色の屋根の家家が道の両脇を占め、整備された石畳の上を子供らが駆けて行き、婦人方が道の端で談笑するのが目についた。もちろん、人の通りも良く時折荷馬車が通っていくのを見ながら、イッサが目を輝かせる。


「いやあ、オイラ田舎から出てきたもんだから、こういう街並を見ると本当に憧れちゃうんすよ! いつかはこういうところに母ちゃん達と一緒に住みたいもんです!」


「ほう、坊主はどこの出身じゃ」


「オイラはヘイルダムの南東にあるジルベって村から出てきましたっす。田舎も田舎で、魔族の魔の字も出てきやしない、山に囲まれてる長閑で平穏なところです。食べ物は美味いんで、そこだけは自慢できるっすなあ」


「そんな平和なところに住んでいたのに、どうして傭兵稼業を?」


「いやあ、父ちゃんの畑継ぐのもいいかなあと思ってたんす。でも、爺ちゃんが昔傭兵で飯食ってたって聞いて、かっけえなあ、オイラもやってみてなあって思ったんす」


 訛りが入りながらも、明るく元気にそう発言するイッサを見て、アイオンとゴンドルは思わず笑ってしまっていた。釣られてイッサも笑い、三人は談笑しながら民家を過ぎ、やがて獣の臭気が風と共に香ってきた。そして東門脇にある厩舎に辿り着く。


 厩舎とはいえ、ここでは馬と人にも手懐けられる下等な魔物も飼育されており、必要に応じて馬車と魔物車を購入することができる。馬の利点は速さと昔ながらの信用が高いという点。逆にもし魔物に襲われれば一溜まりもなく、また体力的には魔物に劣るという欠点がある。魔物の場合、馬よりも足は遅く信頼に欠けるがもしも野生の魔物に襲われても自衛が可能であり、また体力があるため少しの休息だけで馬の倍の距離を休まず進むことができるが、値段は高い。


 アイオン達がその厩舎に入ってみると、短い通路が奥へと伸び、左右に分かれた通路の内右側の通路の先で、でっぷりとした腹が目に付く鼻の赤い男が馬房に入っている馬の世話をしている。男がアイオンらに気付くと、接客に慣れているのか人当たりの良い笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「いやはやどうもどうも。馬をお探しかね? それとも魔物ですかな?」


「トーリアに行かなきゃならないんです。そこまでの足が欲しいのですが、どちらが向いているでしょう?」


「ほほう、あの辺境に?」


 男は皺の入った額を掻いた。するとぶつぶつと独り言を呟くと、やがてアイオン達を反対の通路へと案内した。そちらには馬房ならぬ魔物房という鉄製の柵が付いた丈夫な房の中で、寝そべっている灰色の湾曲した角を持っているこげ茶色の毛深い生物がおり、アイオン達に気付いたのか頭だけを向けた。体格は馬よりも大きく筋肉質だ。四足歩行であり蹄を持っていて、顔つきは牛に近いが真っ赤な目をしており、不気味な迫力を持っている。


「こいつなんてどうです? アッシュホーンって呼ばれてる草食の魔物です。先祖はご覧の通り牛でさ。魔物と交配した結果がこれなわけで、鈍重そうな見かけだが、意外と俊敏な動作が出来る上、大岩だろうと動かせる筋力と、その気になれば三日は休まず動ける持久力は大したものです。長距離の旅には打ってつけですよ? まあ、馬に比べればこいつらは高いんですがね。いかがいたしますか?」


 笑顔を浮かべながらもその目はアイオンの全身を舐め回すようにして視線を動かしている。それに気付いているのかアイオンは考える素振りを見せながらも、男の態度が気に掛かっているようだ。


「魔物車にするとなると、いくら掛かります?」


「ははあ、魔物車付きをご所望ですか。魔物車となると金貨十枚程度にはなりますなあ」


 男が言い出しにくそうにしてそう発言したが、声色は変わっておらずややわざとらしい。アイオンはそれを確認して、明らかに若い自分を見て、目の前の商人がこちらを舐めているのを確信した。


「ちと高いようじゃが?」


「近頃は魔族が出張ってきているせいか、どこも馬や魔物が欲しいようでしてねえ。はっきり言って品薄状態なんですよ。うちもこの間、聖騎士団の方々に多数の馬をお売りしましてね、もう残っているのが今いる馬だけになってしまって。そうしますと、貴重な財産を売るのであれば、ねえ?」


 男は言葉を濁して下卑た笑みを浮かべる。ゴンドルがその態度に憤りを覚えたのか険しい顔で迫るも、それをアイオンが手で制して止めた。


「成る程、分かりました。ではこれで」


 アイオンが懐に仕舞っていた布製の小袋から金貨十枚を取り出して、男に手渡す。男はアイオンがあっさりと金を出したのを見て心底驚いた様子でたじろいだものの、やがてぎこちない笑むとでそれを大事そうに受け取った。


「いやはや、賢明なお方でなによりでございます。では、準備させていただきますので、また明日に来ていただければご用意万全に整えさせていただきます」


 手のひらを返したように軽そうな頭を下げ、アイオンに媚を売る男に見送られ、アイオン達は厩舎を出る。無言で歩いていた三人だったが、民家に差し掛かった辺りでゴンドルがアイオンに食いかかった。


「団長、なぜじゃ。明らかにあれは足元を見られとる! いくら魔物車付きでとはいえ、値が張りすぎじゃ。それを了承するとはどういうお考えであったか!」


「落ち着いて欲しいっすゴンドルさん!」


 イッサがゴンドルを宥めるも、怒りが収まらないのかゴンドルは落ち着く気配はない。そこでアイオンがゴンドルと向かい合う。


「必要だったから買ったんだよ、早急にね。お金は大事だけど、あそこで値切っていればきっとあの男は馬も魔物も売らなかったと思うよ。王都には他にも売り場はあるはずだけど、彼が言ったとおり今はどこも魔族との戦闘が増えている影響で、聖騎士団や国軍に馬や魔物が盛んに売られているはずだ。なら、結局どこも一緒さ」


「それは――そうかもしれんが」


「それにさ、ウェイドじゃないけど悔しいじゃない、あんな態度取られたら。なら、仕返ししてみたいと思うじゃないか。払えないだろうと鷹を括っておいて、僕が払ったときに見せたあの驚きようったら、面白かったと思わない?」


 珍しく意地悪く笑ったアイオンを見て、ゴンドルは目を丸くするも軽く笑い、やれやれとぼやいて頭を掻いた。イッサが不安そうに二人を眺めていたが、場が和んだのを見て安心したのかアイオンに絡んでまた三人の会話が弾み出し、そのまま三人は宿屋に向かって歩き出した。


 一方、街の中央にある武器屋と市場へと赴いたウェイドらは、交差するのもやっとの圧倒的な人の通りに押されながらも楽しんでいた。


 武器屋は大通りに隣接した建物内にあり、壁や棚には選りすぐりの武具が飾られている。それ目的で傭兵と思しき屈強な戦士が武器屋内に溜まっており、その中にウェイドとコルソン、そして興味があったのかフラッドの姿があった。


「お、この剣良いな!」


「ウェイドの旦那、こいつぁ大剣の部類に入るぜ? 持てんのかい」


「俺の腕力甘くみんなよ!」


 ウェイドが壁に掛かっていたその剣を持ち上げる。刀身はまだしも、柄も含めるとウェイドの身長を悠々と超えるそれは厚く、またその見た目にそぐわない重量があった。ウェイドは大剣を持てるものの、持ったまま立って体勢を維持するので精一杯といった様子で、それを眺めていたコルソンが、ウェイドの手から大剣を受け取ると片手でそれを元の位置に戻す。


「無茶しなさんな」


「こいつが手に馴染むと思ったんだけどなあ。ていうか、コルソンのおっさんは力あんだな」


「俺かい? 元々は炭鉱夫だったからな。力仕事を十年近くもしてりゃあ嫌でも力が付くさ」


「へえ、それでなんでまた傭兵になったんだよ?」


「働いてたとこの親方が親父の知り合いだったからその誼でしばらくは続けてたんだが、重作業の割には稼ぎがシケたもんで、しかも何年働こうとも給金が上がらない。良くしてもらって悪い気はしたんだが、それで見切りをつけたんだ。そんで、もっと金になる傭兵稼業に就いたわけだ。ま、力はあっても戦いは素人だったからしばらくは各地を旅しつつ腕を上げるために傭兵団を転々としていたんだが、この王都に来て正解だったな。おかげであんたらみたいな面白い御仁達に出会うことが出来た」


「面白い? 別に芸を見せた憶えはねえぞ」


「ははは、魔族と戦おうなんて謳うやつらなんてあんたらぐらいなもんさ。法螺吹きか、はたまた命知らずの馬鹿なのか。どちらにせよ、あんたらがどんな人間なのかをこの目で見たいと思ってねえ」


 そんな会話をしていると、フラッドがウェイドに近付いてきた。常に無言のフラッドに良い印象がないのか、ウェイドはやや警戒した様子でフラッドの動作を気にかけている。


「なんだよ?」


 フラッドがウェイドの腕を掴む。ウェイドは驚きその腕を払いかけるも、フラッドは強力な握力でその腕をがっちりと掴んで離さない。そして、マッサージするようにウェイドの腕を両手で触り始めた。


「ななな、何してんだお前!?」


「……黙れ」


 フラッドは無言でそのままウェイドの腕から肩、背中まで触ると、ようやく手を離した。ウェイドは触られていたのが気持ち悪かったのか、離されると同時にフラッドと距離を空ける。


「お、お前、男に興味があるやつだったのか?」


「……お前の筋肉じゃこれを持つのは向いていない。その剣で我慢しろ」


 ウェイドの言葉などお構いなしに、フラッドが先ほどの大剣を指差してそう言い放った。そこでコルソンはフラッドがなにをしていたのか得心がいったらしく、口笛を吹いて感心した様子だ。ウェイドは自分の疑問とフラッドの言葉が混じってしまったのか硬直した後、ようやく言われたことを理解できたのか数秒置いてからフラッドに問いかけた。


「お前、そいつの体付きでなんの武器が合ってんのか分かんのか?」


 フラッドは無言で頷く。


「ほほう、大した特技をお持ちで。いや、これはもう能力と言って過言ではない、か?」


「……貴様には片手武器が似合いだ。両手武器は慣れるまで時間が掛かロウ」


 ウェイドにアドバイスを送るフラッドだったが、言葉の端が妙な発音となる。それに違和感を覚えたのか、コルソンとウェイドが顔を見合わせた。


「珍しく饒舌になったせいで噛んだのか?」


「そんな感じじゃないな。なあフラッド、お前さんもしかして言語の違う南の国の出身なんじゃないか」


 フラッドはまた無言で頷いた。コルソンはやはり、と顎を手で摩る。


「南ってえとダーラとかいう国があったか?」


「そうそう、あっちとアルトリア以北西じゃ言語が違うんだよ。信仰してる神も違えば文化も違う。成る程ねえ、無口とは思ってたがそういう事情もあったんだな」


 ダーラは数多ある国の中でも日照時間が最も長く、湿度が低く気温が常に高いため、乾燥した大地が広がる国である。過酷な大地ではあるが、それでもそこに芽吹く逞しい命はあったため、適しているわけではないものの人が生存出来る場所であった。元々は奴隷として生きていたこの国の創始者たる人物が荒廃した後のダーラとなる大地に流れ着いて住み始めたことをきっかけに、同じようにして行き場のない境遇のもの達が後に続いて住み着いていった結果、集落が生まれ合併し肥大化してダーラが誕生したという。


 奴隷が築いた国という成り立ちゆえに、アルトリア以北西にある国ではダーラを国として見ていないものや見下すもの達がいる。しかしその厳しい環境に適応したダーラの軍は結束力は勿論のこと、自然に鍛えられた身体能力ゆえに並みの強さではなく、現在ダーラが南の大半を領土として治めているのは他国を攻め取って奪い取ったためであり、それが戦争の強さの証明となっているせいか、ダーラの人間というだけで畏怖するものも多い。ただ国全体として見ると教養の面が不十分である点と国の規模が広いことが災いし、過去に滅ぼして吸収した国が多いために言語の統制が取れていないという問題を抱えている。


「お前が無口なのって、もしかして言葉のせいなのか?」


「……俺の国は言語が複数混じってイル。おかげで言葉を覚えるのには苦労する」


 フラッドは心底困ったように眉を顰めつつ頭を掻いた。


「ダーラ出身者と会うことになるとはなあ。しかし、あのお嬢さんとはどういう関係なんだい」


「主従」


 短い一言で答えられ、コルソンはそれ以上に訊きたいことがあったようだが言葉を慎んだ。ウェイドは主従ねえ、と言いながらも並んだ武具に目を移す。


「双剣士ウェイドってのもありだな!」


 ウェイドが片手剣を吟味し出し、一人楽しそうに店内を見始めた。これが長い買い物になるのを予感したのかフラッドとコルソンが目を合わせ、肩を竦めた。



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