~新しい風~
ダンカードと再会した次の日、アイオンらは酒場に集まっていた。店主が数人の入団希望者を募ってくれており、それに加えてレイン、フラッドの二人も揃っている。中央のテーブル席を陣取っているせいか、無関係の客もまたその動向を窺っている様子だ。ゴンドル達も含め、全員の視線がアイオンに注がれる中、アイオンが店の奥のカウンター側に立ちながら口を開く。
「傭兵団ブレイブレイドへ入団を希望していただき、ありがとうございます。しかしながら、僕は覚悟ある仲間を求めており、皆さんがそれに該当するか否か、確かめさせていただきます」
集まった希望者達は怪訝な面持ちでその続きを待っている。無論、現団員達も同じだ。
「ブレイブレイドが狙う標的は、魔族。この傭兵団が戦うべき相手は魔族と定めます。無論、魔物も対象にはなりますが、僕が――この傭兵団が主に相手取るのは魔族となります! 若造の冗談とお笑いになりたい方は笑ってくれて構いません。しかし、僕は本気で言っています。それでもなお、この傭兵団に入団する意思があるのであればこの場に残ってください。そうでないなら、立ち去ってくださればそれを答えとして受け取ります」
アイオンは堂々たる態度でそう言い放った。その目は真っ直ぐに入団希望者、そして団員に向けられる。どよめきが起こるが、それは入団希望者だけでなく店全体で起きていた。その発言に対して茶化して笑うもの、その態度を見て本気と取り驚いているもの、嘘吐きだと悪態を吐くものと様々な反応があちらこちらから出ていたが、アイオンは一切それに反応せず、頑とした面持ちで残るか否かの行動を待っていた。
少しの間はアイオンが冗談を言ったものとして行動しなかったもの達がいたが、やがてその様子を見て本気と受け取ったのか、すごすごと席を立って去っていった。ゴンドルらは考え込んだようにして動かない。入団希望者の中にも悩んでいる様子のもの達がいる。だがその沈黙を破ってレインが立ち上がり、毅然とした態度でアイオンの前に出てきた。
「アイオン様、私は今、勇者を目の前にしているような気持ちです。その本気、私の心に――いや魂に響きました! どうか入団を許可していただけませんか! 不肖ながらこのレインとフラッドの力、是非ともブレイブレイドにて使ってくださいませ!」
言葉と共に木造の床に跪くと、深々と頭を下げるレインにアイオンは目を丸くする。フラッドは勝手に決められたのか、一瞬レインの行動にたじろいだものの、すぐに我に返ったのかレインの肩を掴んで睨みつけた。するとレインがその手を掴み返す。
「フラッド、君もほら、ちゃんとお願いしないか!」
そのままフラッドはレインに手を引っ張られ、バランスを崩したフラッドが床に膝を着く。するとアイオンを見上げてまなじりを上げるも、レインにわき腹を小突かれた、フラッドは納得できなさそうにしながらも、渋々といったようにそのまま頭を下げる。
「僕の話を聴いてなお、希望するというなら拒むつもりはありません。しかし、魔族と戦うことになっても本当に良いのですね?」
「はい、こう見えても腕には自身がございます。是非とも戦列にお加えください」
「そう熱望されるのであれば、こちらこそ喜んで。よろしくお願いします」
「おおお! アイオン様はなんと懐の広いお方なのでしょう! ありがとうございます。誠心誠意、尽力いたします!」
立ち上がり、アイオンの手を取って喜ぶレイン。そのあまりの喜びように圧倒され、身をやや反らせながらアイオンはその熱意の篭った握手を受け取る。それでもなおアイオンに迫らんとするレインの肩をフラッドが掴んで抑えた。
「……おい」
初めて発した言葉は短く、低く、聞き取りにくいものであったが、レインはそんなフラッドの声を聞き取りようよう手を離して身を引いた。
「おお、申し訳ございません。私としたことがつい喜びのあまりに無礼な真似をいたしました」
「い、いえ、お構いなく」
「話は終わったかよ?」
背もたれに寄り掛かって眠たげにしていたウェイドが、欠伸混じりに問いかける。鈍いほどにゆっくりとした動作で椅子から立ち上がり、大きく体を伸ばした後にアイオンに近付くと、その頭を小突いた。アイオンが小さく痛いと呟き、額を摩る。
「思い詰めたみたいに大々的に何を言うかと思えばそんなことかよ。心配して損したぜ」
ウェイドが馬鹿笑いしながらそう言い放つと、次にティラが席を立つ。
「わ、私も着いていきます! お役に立てるか分かりませんけれど、精一杯頑張りますから!」
「今更だよねえ」
ラッセントもそれに賛同する。和やかな雰囲気の中、ゴンドルは溜め息を吐いた。
「魔族相手じゃというのに、随分と楽観的な若者が揃ったもんじゃわい。じゃが、その意気や良し。老いた身とはいえまだまだ負けてはおれんわな」
ゴンドルも笑って着いて行く事を宣言した。しかしミーシャは返答がない。それに気付いてかラッセントが声を掛ける。
「ミーシャちゃんは? やっぱ、キツいかな?」
「あたしは、そうね。辛いわね。戦闘要員としちゃ、あたしが最弱だろうし、魔族なんて相手に出来ないわ」
ティラやラッセントが表情を曇らせる。ゴンドルは口を堅く閉じながら髭を撫でた。
「なんだよ、抜けんのか?」
「普通の反応よ。ゴンドルの言うとおり、楽観的過ぎんのよあんたらが。魔族相手にこの稼業続けたら、必ず誰かが死んでいく。今回生き残れたことだって奇跡みたいなもんだったじゃない。それなのに、あの強い連中専門になんかなったらまず長生きできないっての!」
「そう、だね。君の言うとおり、普通は相手にすることさえ難しい相手を標的にするんだ。厳しいのは承知しているつもりだよ。依頼では危険な目に合わせちゃったけど、君と一緒に戦ったことは忘れない。短い間だったけど、力を貸してくれてありがとう、ミーシャ」
「ちょっと待った。なに湿っぽく別れようとしてんのよ」
「え? だって……」
「あたしはまだ抜けるなんて一言も言ってないわ。あんたらのこと馬鹿の集まりだってことしか明言してないわよ。こんな馬鹿な連中、放っておけるわけないでしょ。ゴンドルのお爺ちゃんにだけ任しておいたら、お爺ちゃんが過労で倒れちゃうわよ」
「それって、つまり?」
「着いていくって言ってんのよ! 感謝しなさいよね。まあ、戦闘では役に立てないかもしれないけどお金の工面とか偵察くらいならできると思うわ。あとはそうねえ、馬鹿の抑え役も必要でしょ?」
ミーシャが主に馬鹿、という部分でウェイドを見つつ、アイオンに自分のできることを語る。ウェイドが勘付いてミーシャに向かおうとするのをラッセントとゴンドルが抑えた。
「ありがとう」
「まあ、お金はしっかり貰うわよ。……あれ、アイオン、泣いてる?」
その発言に周りの視線がアイオンに集まる。アイオンは目を腕で擦ると、首を横に振った。
「あ、あははは、自然と目から出ちゃってね。嬉し涙っていうのかな。みんな、ありがとう」
そう言ってまた目を潤ませるアイオンをウェイドが茶化し、ラッセントも面白がって便乗した。少し離れてその様子を見ていたレインは、なにか感じるものがあったのか涙を流し始める。
「なんとお優しい方なのか」
両手を顔に当てて泣き出すレインの姿を見て、ティラやゴンドル、フラッドが苦笑いし、一応フラッドがレインの肩に手を当てて慰める素振りを見せた。そのまま近くのテーブル席に座らせる。
和やかな雰囲気になりながらも、集まった入団希望者の中からは当然のように辞退するものが大半出てきた。アイオンは辞退した人達を責めることはなく、一人一人に酒を奢ってお礼を述べた。中央のテーブル席をそのまま使い、現団員とレイン、フラッドの二人組み、そして僅かながらに残ってくれた希望者を含めてブレイブレイドが再編される。
「改めて、レインです。よろしくお願いします。こちらの無愛想なのはフラッド」
羽根付きの赤いつば広帽に赤いマントで体を覆うレインが、深々と被っていた帽子を初めて取った。酒を飲んでいたウェイドが、初めて目の当たりにしたレインの素顔を見て、目の前にいたラッセントに酒を噴き出す。顔から髪にいたるまで噴き出された酒が滴るラッセントは、眉を八の字にし、目じりと口角を下げてげんなりとしながら手で顔を拭く。
「なにすんの、副大将!」
ウェイドが口を半開きにしながら指をさす。その先に視線を動かして、ラッセントもまた驚いた。
色白で、長いまつげにスカイブルーの瞳。その面持ちは美しくも凛々しく、白金の髪は後ろを結って纏めている。高い声ではあったが、中世的で違和感があったわけではない。しかし、言葉を発さずその素顔を晒せば、間違いなくレインは乙女であった。
「れ、レインって女?」
「生物学上、れっきとした女です。故あって男装で旅をしていますので、驚かれるのは無理がないかと思います」
微笑む彼女を見て、ラッセントが頬を赤く染める。しかし、レインの横にいるフラッドに突き刺さるような目を向けられ、即座に顔を青くした。その様子を離れて見ていたダンカードがレインの近くまで歩み寄る。
「失礼、レイン。いや、レイフォン・パルメキアとお見受けするが、いかに?」
「私の本名をご存知とは。ええと、失礼ながらどちら様だったでしょうか?」
「私の名はダンカード。知らぬのは仕方がない。しかし、君のお父上とは付き合いがある」
「それはなんとも驚きです。父から私の話を?」
「ああ。娘を男児として育てていると伺っていた。今は旅に出ているとの話だったが、なんでも赤色を好み赤一色の装いで家を飛び出していったという。君の格好といい、今の話といい、一致したものだからもしやと思ってな」
いかにも、と胸を張りながらレインは嬉しそうにダンカードの手を取った。アイオンはそんな様子を眺めつつ、レインとフラッド以外に残ってくれた希望者に挨拶する。
「どうも、団長のアイオンです。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ。俺ァコルソンだ。そうお堅くなりなさんな。魔族専門と聞いちゃあ体が震えちまうが、それでもあんたを見て入りたくなっちまってさ。頼りにさせてもらいますぜ、アイオンの旦那」
コルソンと名乗るのは壮年の大男。顎に無精髭を生やし、髪は側面を剃っており、中心だけを残すようにして額の生え際から襟足までを一直線に整えた髪が生え揃っている。背には体格に見合う戦鎚を担いでおり、筋肉質な体が半袖の服の上からでも分かった。
「魔族を相手にするなんて、なんかカッケーっす! オイラもそいつら倒して有名人になりたいなって思って残っちゃいました! オイラ、イッサってもんです。とりあえず、皆さんの足引っ張んないよう頑張るっす!」
イッサと名乗るのはアイオンとウェイドと同い年程度の若い少年で、髪は薄茶で横に跳ねており、丸い鼻が特徴的だ。革で出来た前当てを身に着けており、その下には普通の長袖の衣服を着ているが、利き手の右手側だけを腕を捲っている。背はアイオンと同じくらいで、槍が得物らしくそれを手にしながらも自分の肩に添わせて倒れないように気を使っている様子だ。
「これで俺達、十人か? ま、大所帯って訳じゃねえが、大分賑やかになってきたじゃねえか」
「うん。僕にウェイド、ティラ、ゴンドルにラッセント、ミーシャ、レインとフラッド、コルソンにイッサ。戦力としてはいい感じに整ってきたと思う。魔族専門なんて大それた目標を掲げたけれど、それでも皆は着いてきてくれて、新しい仲間も出来た。今日ほど嬉しい日はないよ」
目の前で酒を飲み料理を食べながら騒ぐ団員たちを眺めながら、アイオンは本当に嬉しそうに笑んだ。ウェイドはそんなアイオンを見て安堵した様子でアイオンの背中を叩いた。
「まったく、心配掛けた割にはいい笑顔しやがって。今度妙なこと思いついたら真っ先に俺に言えよな。遠慮する仲でもねえんだ。分かったな、相棒!」
返答を待たずにウェイドは新参のもとへと駆け寄り一緒に騒ぎ始めた。アイオンは叩かれた背中を摩りながらウェイドを目で追い、ごめん、ありがとうと呟く。そこへダンカードが側に歩み寄ってきた。
「仲間は増えた。お前の悩みは要らぬ悩みだったということだな」
「そうみたいです、師匠」
ダンカードは嬉しそうなアイオンを見て微笑むと、腰に差した剣を鞘ごと抜き、それをアイオンに差し出した。
「私の剣を返してもらおう。その代わりにこの剣を、お前に与える」
アイオンは自らの腰に差していた剣を鞘ごと抜くと、入れ替わりに剣を交換した。ダンカードはアイオンから手渡された剣を少しだけ抜き、渋い顔で刀身を見つめる。
「ふむ、やはり並みの剣ではお前の術に対応できんようだ。この剣も良く持ったものだ」
ダンカードの懸念。それはアイオンの魔術のことであった。『覚醒』状態では人外と渡り合うだけの能力が備わるわけだが、これには肉体的負荷も途轍もなく使用者に襲い掛かる。だがこれは同時に使用している武器にも同じことが言える。一般的な武器はそもそも人のために作られたものであり、人外のために作られたものではない。つまり、アイオンが魔術を使うたび、アイオンと同様の負荷が剣にも掛かっているということで、ダンカードの剣もまた深刻なダメージを負っていたのだった。
刃こぼれはともかく、ダンカードはやや刀身が歪んでいることに着目した。このダンカードの両刃の剣は斬るために特化しているわけではなく、厚みがあり叩き斬るようにして使うの一般的なロングソードと同じである。厚みがあるという点で丈夫なはずだが、やはりアイオンの魔術には耐えられなかったらしい。
「アイオン、お前に渡したその剣、初めは手に馴染まないかもしれん」
アイオンが渡された剣を鞘から抜いてみる。ダンカードの剣よりも厚みがあり、刀身がうっすらと鈍い白に輝いている。
「その剣には特殊な素材を用いている。かつて私が斬ったドラゴンの角を覚えているか? あれを砕いて混ぜた鋼を鍛えて作らせたものだ。おかげで大層強度が上がっているそうだ。これならお前の無茶にも着いてこれよう」
「あの角を? いつの間にかなくなっていると思っていたら、師匠が持っていかれたんですか」
「希少な素材だったからな。あそこで腐らせるよりは使い道が出来るだろうと知り合いの鍛冶師の下に持っていっておいたのだが、どうやらその判断は正解だったようだ」
アイオンが礼を述べ、ダンカードと同じく剣を腰に差した。すると、ダンカードが酒場を出ようと出口に向けて足を進めた。
「では、私はこれで失礼する。元気な姿を見れて嬉しかったぞ」
「師匠、今度はどちらに?」
「さてな。北の大国ヘイルダムか、はたまた南の強国ダーラに赴くか。いずれどこかで会えるだろう。さらばだ」
ダンカードがその場を立ち去り、その背を見送ってアイオンは渡された剣を眺める。そこへミーシャ達に誘われて騒ぎの中心に連れて行かれ、酔い始めたウェイドやコルソンに絡まれる。そんな面々へ、店主が声を掛けてきた。
「ガハハ、いい感じに纏まったじゃねえか。魔族専門になるたあ驚いたがね。でもまあ、一度撃退に成功しているわけだし、あんたらなら無理だとは思わんぜ。ところで、そんなあんたらにぴったりの依頼があるんだが、請けてみないか?」
ブレイブレイドの面々が中央の一つのテーブルに群がる。店主が地図を広げ、場所を指で指しながら依頼の説明を始めた。
「まず、このラインベルクから西に行くと小国郡に分かれているのは知っているな? 隣国からセーデ、オルナ、アスタナと続くわけだが、このアルトリア国とセーデ国、オルナ国の三国の国境線近くに位置するところにトーリアという農村があってな、ここの依頼だ。
どうも作物を荒らして食べる魔物が沸いているらしくてな。こいつらの退治をお願いしたい、という依頼としては最下級の依頼だ。ま、本来であればってことなんだがな。なんでこいつをあんたらに頼むかというと、この依頼先の方にちょっとした噂があるんだな、これが」
「あんだよ、勿体つけんなよ」
「ガハハハハハ! すまんすまん。まあ酒でも飲みながら聴いてくれ。で、話の続きだが、この噂っていうのがな、このトーリアよりも西に行くと入るオルナ国のことだ。どうも近頃オルナ国では魔族の動きが活発化しているらしくてな。数ヶ月前にもトーリアより西に進んでオルナ国に入ってすぐにあるミスア砦ってところで魔族と一戦繰り広げたって話だ。ミスア砦は国境線沿いにあるってんで堅固な砦になってて、以前の戦では人間方はそこに篭城して魔族を寄せ付けず、ついにその守りを崩せずに魔族共が撤退したんだとさ。
そんで、ここ最近になってどうもまた魔族がミスア砦を狙っているらしいんだな。しかも、以前の敗北を教訓にしてか血塗りの鎧騎士が指揮を取るってもっぱらの噂だ」
「血塗りの鎧騎士とは、有名な魔族が出張ってきたのう」
「誰だそれ?」
「魔族の中でも名の知れたものよ。返り血を浴びつつけた鎧は血で赤く塗られ、血錆となって鎧に残っておるという話じゃ。冷徹かつそんな容貌での容赦のない戦いぶりから、いつしか血塗りの鎧騎士と呼ばれるようになったんじゃ。名は確かマルトール、といったな」
「そう。そんでその鎧騎士が砦に向かう際、近隣の村や町を襲って兵糧を奪ったり、拠点を築こうとするんじゃないかって噂が流れてんのよ。以前の魔族は直接砦に向かったらしいが、もしかしたらミスア砦の兵力と力の程を確かめるためのかませで、今回が本番なんじゃないかって話もあるんだな。
まあ、そういうわけでトーリアがその標的になるんじゃねえかってことでこの依頼は安請け合いさせられねえし、まず血塗りの鎧騎士の名を聞いて請けようとする奴らがいねえ。そこであんたらはどうだって話なわけよ! どうだい、請けてみないか?」
ブレイブレイドの面々は、一斉にアイオンに視線を移した。アイオンは一身にそれを受けながら、頷いて全員に意思を伝える。
「請けましょう」
次なる目的地は、国境線にある農村トーリア。平和そうに感じるその村に迫る脅威を肌に感じつつ、アイオンはブレイブレイドを率いてその難に臨む。




