~来たるべくして~
道のりは長かったものの、アイオン達は無事に王都ラインベルクへと帰還を果たした。早速アイオンらは酒場兼傭兵ギルド赴く。
酒場に入ると、昼間でも人で賑わっている。各々が斧や剣を傍らに置いており、この場にいる一人一人が傭兵であるのは目で見て判断できた。そんな荒くれ達の接客に追われて酒場の店主が忙しなくカウンターの向こうで動き回っていたが、アイオンを見付けるやいなや酒瓶を棚にまとめて置き、笑顔で出迎える。
「ガハハハハ! 生きて帰ってきたか! 話は文書で理解してる。まさか初陣で魔族を退けるとは、いやはや恐れ入ったぜ」
「苦労しましたが、優秀な団員達の力で命拾いをしました」
店主は謙遜するなと馬鹿笑いすると、カウンターの奥に置いてある大きな金庫に向かい、紐を通し首から下げた鍵を差し込むと、口を結んである重そうな麻袋を二つ取り出して閉めた。両手の平で持ってこられたそれを見て、ミーシャの目が輝く。
「それが今回の報酬!? なによ随分重そうじゃない?」
「相手が相手だったからな。俺の判断でギルド本部へ報奨金も追加で出してもらったんだ。まあ、最低ランクの依頼が中の中程度のランクに跳ね上がったわけだしな。これぐらいはもらって当然だぜ」
アイオンは戸惑ったようで、顔は嬉しそうに緩んでいる。ウェイドがその報酬金を受け取ると、重みを確かめて笑った。ミーシャとウェイドがそのままカウンター席に着き、袋を置いて紐を少し緩め中身を確認すると、二人は余計に舞い上がる。その様子を一歩下がったところでティラやゴンドルが眺めており、ラッセントはアイオンを肘で小突いて肩を組んだ。
「やったね大将! 苦労の甲斐はあったみたいだ」
「見ろよアイオン! この金貨! 銀貨の山をよ!」
「銀貨だけでも相当数なのに、金貨もたんまり入ってるじゃない。堪らない輝きねえ」
ミーシャがうっとりと恍惚の表情で袋の中身を眺める。ウェイドも手にしたものの喜びを噛み締めているのか、無邪気な笑みを浮かべて金貨を手にはしゃいでいる。ゴンドルは咳払いをして舞い上がる二人を落ち着かせようとするが、ウェイド達は興奮冷めやらぬ様子だ。
「おいアイオン! 道中で話してた件、これで心配ないんじゃねえか? なあ店主のおっさん! ものは相談なんだけどよ。俺達っていくつ依頼を請けられる?」
「依頼か? そうさな、今回の一件でお前さん方の実力はよく分かったわけだし、二つ三つ程度だったら任せられそうだな」
「おいおいきたぜアイオン! こりゃあ、まとめて請けて俺達の勇名を轟かせるチャンスってやつだろ」
「落ち着いてウェイド。僕達だけで決めないで、まずはみんなで話し合いが必要だよ。資金と信頼の問題はないみたいだけど、今後の方針も決めないといけないからね」
興奮するウェイドをアイオンが抑えていると、ミーシャが満面の笑みで袋をしっかりと抱きしめる。
「アイオンの言う通りね。お金が手に入るのは至福だけど、みんなあんたみたいな体力馬鹿じゃないんだし、そんなに働いたら倒れちゃうわよ。それに、依頼に対して派遣するって手段を取るにはもう数人は人手が欲しいところだからね。新人を入れるってことはそれだけ取り分が減るってことだから、もっと考えてからじゃないと」
アイオンは、単にミーシャはお金を見て自分の取り分が少しでも多くなるようにしたいと考えたことを察したらしく、苦笑しながらもそうだね、と返事をした。ラッセントやゴンドル、ティラも同じように感じたらしく、アイオンに釣られるように苦笑いする。
「なんだ? 複数依頼を請けようって腹か。それなら傭兵団員を分けて行動するってことだろう? 人手がいるんじゃないか。なんなら声をかけておくぜ?」
「おっ、本当か? 頼むぜ!」
「勝手に決めない。すみません、話し合ってからまた――」
「その話、聞かせてもらった!」
突然妙な発言がアイオンの言葉を遮る。アイオン達がその声に振り向けば、奇妙な二人組みが立っていた。一人は羽根突きの赤いつば広帽を被っており、そこから癖のある金髪が垂れている。同じく赤いマントを身につけていて、自分の体をそれで覆っていて全身の確認はできない。もう一人は短髪で浅黒い肌、傷痕が各所についており、顔には右頬と額に切り傷が残っている。上半身はベストだけで筋肉質な肉体を晒し、下には足首まで肌にぴったりと付いたズボンを履いていて、弓を背負っている。
「なんだお前ら?」
アイオンらが不思議そうな目で二人組みを注視する中、ウェイドが喧嘩腰になりながら堂々と近付く。帽子を被った人物に近寄ろうとすると、その前を猟師が遮った。鋭い眼光をウェイドに向けるが、ウェイドも負けじと睨み返す。
「こら、ウェイド。すいません、失礼なやつで。それで、僕らの話を聞いていらしたようですが?」
「こちらこそ、失礼なことをしました。聞き耳を立てるつもりではなかったのですが、魔族を退けたとあっては聞かずにはいられないでしょう。余程の腕前とお見受けします。
私の名はレインと申します。連れの名はフラッド。二人で諸国を旅しております。もしよろしければ、私達を貴方達の傭兵団にお加えくださいませんか?」
唐突な申し入れに、アイオン達は目を丸くした。その申し入れに納得できないのか、フラッドはレインを睨む。無言ではあるものの、険しい表情から彼も聞いていないことのようだ。申し出に対し、アイオン達は集まって小声で談義する。
「どうするんじゃ、団長」
「どうすると言っても、すぐには決めかねるよ。新規メンバーについては、これから話し合ってから決めたいと思っていたからね」
「ていうか、どう考えても怪しいわよこいつら。あたしらが貰った報酬金見て、それ目当てで加入希望出してんのよ。つまり、あたしらの財布目当てに決まってるわ。そんな奴ら信用に置けないわよ」
「おや、ミーシャちゃんがそれを言うんだ」
「なに? 文句でも?」
「いやいや、ないよ。そんな怖い顔しないで、ね?」
アイオン達はいきなり加入したいと申し出たレインとフラッドを不審に見ていた。その意に反してレインは笑みを絶やさず、フラッドは変わらず敵を見るような目でアイオン達を睨んでいる。
暫し悩んだ後、アイオンはレイン達に明日の正午、またこの酒場に来て欲しいと伝えてまずは全員で話し合う方向を選んだ。レインはこれに快諾し、フラッドは態度こそ改めないものの、レインの意見に大人しく従った。話がまとまったところで二人はそのまま酒場を出て行った。
「ガハハ、早速新しい仲間候補が見つかったみてえだが、どうする? こっちでも一応、目ぼしいやつに声かけといたほうがいいか?」
「おう、よろしく頼むぜ」
アイオンは最早、勝手に話を進めるウェイドになにも言わなかった。ただ少し難しい顔をしながら、宿屋になっている二階へと上り、借りた部屋でゴンドルらとこれからの方針について話し合う。
「さて。金は予想以上の報酬額で、余裕がたっぷりできたわけじゃな。そして加入希望者が二名、浅黒い肌の男に赤い男か。わしとしては、報酬金を見た直後に現れた得たいの知れぬものを易々と入れてよいとは思えぬな。あの店の店主が選んだならまだしも、個人で名乗ってきたとなると信用に置けん」
「でも傭兵仲間はいるところだよねえ。実際、酒場の店主さんも集めてくれるんでしょ? だったら、その中から選べばいいさ」
「悪い方には見えませんでしたけど……」
「甘いわね、ティラちゃんは。ああいう人の良さそうな顔した奴が詐欺だの裏切りだの平気でやるもんなのよ」
「とりあえず人の良さそうってのは取り消しとけ。あの目つきの悪い半裸野郎は良い奴には見えなかったぜ」
各々の意見が飛び交う。アイオンは少し考え事をしていたらしく、仲間の意見を聞きながらも自分は何も発言していなかったが、何かを思いついたらしく全員に注目するよう呼びかけた。
「新規メンバーは入れることにする。ただ、その選考方法に関しては僕に任せてくれないかな。言い方は悪いけれど、募集で来た人たちをふるいに掛けようと思う。それで誰もいなくなったら、それはそれで構わない。そうなれば次の依頼もこのメンバーで請けることにする。僕の意見に対して、なにかあるかい?」
「ふるいと言うが、誰もいなくなるほど厳しいものを?」
「そうだね。それぐらいしないと、信頼に置けないよ。そして皆にも、その時に選択して欲しいんだ。明日、僕の言うことは僕の考えているこの傭兵団の形だから。
ふるいとは言ったけれど、その方針に対して着いていけないと思ったら、その時はブレイブレイドを――僕を見限ってくれて構わないから」
全員アイオンの言葉に動揺する。ウェイドもなにも聞いてなかったのか、ミーシャとラッセントから向けられた、どういうことだと言わんばかりの強い視線に対して首を横に振った。
アイオンはそんな仲間の見渡し、剣を携えて部屋から立ち去ってしまった。誰もその背に声を掛けられず、下の階の酒場から聞こえる喧騒だけが残される。
「大将の方針って、なんだろう?」
「俺だって聞きてえよ。なんだってんだあいつ? この俺に相談もなしに妙なこと考えてんじゃねえだろうな」
「しかし、この傭兵団の明確な目標が出来たということじゃろう。それに着いていけぬと思うたら団を抜けてよし、とはあの団長らしからぬ発言ではあるがのう」
「重い決断を下したということでしょうか? でも、私はなにがあってもアイオン団長に着いていきます」
「今更感もあるしねえ。大将も水臭いこと言うよね」
「あんたらちょっと能天気すぎやしない? あの優柔不断なアイオンが言い切ったのよ? 多分、相当あたしらが辛い目標を立てたんだわ。あたしは聞いてから決めるわよ。周りがこうだからこうする、なんて流されて決めたら、自分の人生棒に振ることになるからね」
「わしもそうしよう。これからというときにあのような発言、軽いことではないじゃろうて」
団員達の衝撃を知ってか知らずか、アイオンは視線を落とし口を堅く閉じたまま、王都の街中を目的なく彷徨う。人気のない路地に入り込むと、壁にもたれかかって項垂れた。
「僕の判断はこれでいいのだろうか。僕の直感、いや予感だけで決めていいのだろうか」
アイオンは感じているものがあった。それはブラントハイム・ギルスレイと戦ったときから続いており、徐々にアイオン自身の考えを変えつつある。
魔物退治を通じて腕を磨き、そしていつかは村、父の敵を、そして母を止めることを目的に設立した傭兵団ブレイブレイド。しかし、ギルスレイとの戦いで感じた予感はその目的を変えるきっかけとなった。
「魔物退治を通じて、じゃない。魔物を標的にせず、魔族に標的を変えるんだ。魔族退治専門の傭兵団、それがブレイブレイド。そうすることがきっと必要になる」
アイオンが肌に感じたこと。それは魔族との戦いの予感。いつかは戦うのではなく、アイオンが向かう道には必ず魔族がいるという確信に近い感覚があった。そして避けられない戦いがあることが近い未来にあることを感じているアイオンは、今この時に宣言する必要があると思い立ったのだった。
かつて幼い日の記憶が思い浮かぶ。アイオンの運命について語った何者かが脳裏に浮かんだときだ。アイオンがなにかの気配を感じて顔を上げると、目の前に古びたローブを纏ったものが立っている。驚いたアイオンが剣に手を掛けると、ローブを纏ったものは手でそれを制する。
「それで良い。お前の考えは何一つ間違っていませんよ。呪われた血を持つものよ」
「お前は誰だ!? いや、呪われた……その言葉に近いものを聞いたことがある。あの時、僕の家の前に現れたのはあなたか?」
「お前は自らの運命を知らねばなりません。呪われし王子よ、汝が潰えるとき、それはこの世界の死と同じことを肝に銘じなさい。まずは頼れる力を募るのです。次の脅威が迫っています。時間はあまりありませんよ」
「なにを言って――!?」
突風が吹きぬけ、アイオンが目を閉じ飛ばされまいとその場に踏みとどまる。その目を開けたとき、何者かはそこにいなかった。アイオンが周囲を確認するも、影も形も消えてなくなっていた。
「な、なんだ今の人は? 魔族? いや、そんな気配は感じなかった。今のは一体何者なんだ?」
奇妙な出会いと疑念が交差する。そして、周囲を眺めるアイオンの目に見覚えのある人物が映った。路地の奥から現れたその人物は、同じく瞳にアイオンを映している。
金の波掛かった髪と茶色のマント靡かせたその男は、獅子を連想させる威風堂々とした態度でアイオンに歩み寄ってきた。二振りの剣を携えており、鋭くも優しさの灯る目をアイオンに向け、笑みを浮かべた。
「アイオン、元気そうだな」
「し、師匠! お久しぶりです!」
アイオンに剣術を教えた師、ダンカード。思わぬ出会いが連鎖した。アイオンの顔には先ほどの悩みも不思議もなく、ただ再会を喜ぶ少年の笑顔があった。ダンカードもそれに笑みで返すが、時折影を帯び、どこか、あるいは誰かを思うようにして天を見上げていた。




