~先と後ろに伸びる道~
魔物と魔族ギルスレイ、そしてグーダラを退けた後バッフルトに留まること五日、疲れと傷を癒したアイオン達はバッフルトを発ち王都ラインベルクに戻ることとした。その五日の間にウェイドは町の鍛冶師に武器を鍛えなおしてもらい、アイオンはギルスレイに受けた傷を癒すことに専念、ミーシャとラッセントは各々町を散策して楽しんだ様子で、ゴンドルとティラはそれぞれ町長の家や町の図書館を訪ねて調べ物をしていた。
ゴンドルはカストーン教団について、ティラは記憶に関することと法術に関して調べていたが、お互いに納得するような情報はなかったようだった。
そうしてバッフルトを発つアイオン達は、ラインベルクへの道を辿る。来た時と同じく徒歩で行くためミーシャは文句を洩らしたが、今まで魔物に襲われていたバッフルトには馬車も魔物車もないため渋々納得し、今はラインベルクに戻る道中である。
「いやあ、それにしてもみんなで帰れるってのもいいもんだねえ」
「そうだな。まともに戦える奴らが揃ってて良かったぜ」
「みんなが並以下の戦闘力なら今頃はどうなっていたやら」
戦闘を並んで歩くウェイドとラッセントが笑い混じりに語り、その後ろにいたミーシャも会話に混じる。
「生きて帰れたのは幸運だったけど、あんたらに付き合ったのは不運だったと思うけどね。あたしは」
「なんだよ、だったら王都に戻ったらこの傭兵団抜けんのか?」
「そこまでは言ってないわよ。結構腕の立つ集団だし、魔族と互角に渡り合える団長もいるのよ? 簡単に手放すことはできないっての。このブレイブレイドは近いうちに名を上げる傭兵団になると見たわ。そりゃあ危険な目に遭ったけど、初めの内は団員の数もいないからそこは仕方ないわね。
でもいずれ団が大きくなれば人は増えて、当然古参のあたしが指揮する部分もできるはず。そうなればあたしは労せずお金を稼げるじゃない? 今は未来に投資してるってことで我慢してあげるわ」
「お前ってなんでそう上から目線なんだ? ま、ブレイブレイドがでけえ傭兵団になるってのは俺も目指すところだな!」
「あんたほど偉そうにはしてないわよ。俺も目指すところって、あんた副団長じゃない。あくまで団長のアイオンがそういう決断をするんだし、あんたが言ってもねえ」
「あんだと? アイオンと俺の傭兵団だぞ!」
「あはは、まあまあお二人さん。でも、ちょっと今後の方針は気になるよね。その辺どう考えてるの、大将?」
振り返るラッセントに対し、その後ろを歩いていたゴンドル、ティラと並んで歩いていたアイオンは困ったように微笑む。
「傭兵団の方針かい?」
「そうそう。傭兵団の維持費は今よりかかるけど、安定した戦力は欲しいじゃない? ラインベルクに戻ったら、もう数人くらい仲間に引き入れてみたらどうかなあ。
少数が魔物専門傭兵団の特徴だって言っても、それは依頼を受ける請ける時の話で金額に見合った人数をその依頼先に派遣するって形を取っているのが大体の傭兵団のスタイルになってるでしょ? うちもそれと同じやり方をするのはどうかなあ」
「確かにのう。今は数が少ないゆえにこうして全員で動いておるが、今後人数が増えれば全員では動きにくくなるじゃろう。その場合はラッセントの言うとおり、人員を分けて依頼先に派遣する形を取るほうが効率的かつ能動的で良いと思うが、団長はいかがお考えか?」
「そうだね、確かにそれも悪くない。でも導入するのはまだ先の話になるかな。ラインベルクで新しい団員を募れば戦力の増加になるし、今回王都に戻ったら募集しようかとも思ってる。でも僕らはまだまだ新米だし、お金の面でも信頼の面でも不安なところが大きいからね。もうしばらくは少数のままにしようと思ってる」
ミーシャはお金と聞いて計算しているのか難しそうな顔で腕組みして歩き、ウェイドは仕事をどんどんこなせばいい、とすぐにでも傭兵団を拡張しようと述べるが、それをミーシャとラッセントが維持費などの問題をウェイドに分かりやすく解説して無理だと宥める。ゴンドルは慎重かつ堅実にいこうとするアイオンの意見に賛成したが、ティラはウェイドの意見も取り入れることをアイオンに申し出た。
「ちょっと考え方は極端ですけど、ウェイドさんの意見も一理あると思うんです。一気に仕事をこなせ、とかじゃなくてもいいんですけど、今は簡単な依頼を二つ三つ請けて、人員を分けて派遣する形にするのはどうでしょう? 皆さんの実力は今回の一件でよく分かりましたし、下位の魔物退治くらいなら全員で参加する形じゃなくてもできると思うんです。それで、そういう風に依頼を請ける前にまず王都で団員を少数募集するのはいかがですか? 一度に依頼を請ければ簡単なものでもお金は手に入りますし、そうなれば維持費の問題も和らぐと思うんですけれど、私の意見を団長はどうお考えでしょうか」
アイオンはティラの意見に対し言葉を探しているのか、視線を落として考え込む。ブレイブレイドは新興した傭兵団で、今しがた最初の依頼を終えて拠点としているラインベルクに戻る最中である。その初依頼の報酬金は依頼を受理した王都のギルド兼酒場で貰うことになっているが、報酬金は今回の魔族出現等をバッフルトの町長が伝書鳩でどう伝えたかで依頼のランクが変化する可能性があったため、どの程度になるかは把握できなかった。
それにより増員する余裕ができればしようと考えていたアイオンだったが、ティラやウェイドの言うとおりに依頼を複数請けることもまた実力をつける意味でも戦力の増強もできるということでも悪くないと考えていた。依頼を複数請けて解決すれば当然報酬金は比例して大きくなるし、それによって傭兵団は懐が潤い戦力も整うことはアイオンにとっても悪くはない。
しかしそれは傭兵団の維持費をその日働いた分で賄おうという考えでもあり、安定したものではない。むしろその日暮らしの不安定な方法である。その上相手は魔物で、また今回のように依頼を詐称している場合もあることが依頼内容の不確実さを漂わせていた。
多くの地に赴くことが、村を滅ぼした魔族の情報を得ることに繋がる。また、それに伴って多くの依頼をこなすことでお金を手に入れられ実力を身につけられるが、その代わりに命を失うリスクは増大する。
「確かに傭兵団を創った以上は大きくしたいと思うよ。でも、まずは信頼を築いていくことが大事だと思う。僕らは新米だから、きっとギルドのほうも僕らを信用していない。みんなの実力は今回で見せてもらったし、きっと人員を割いても依頼を達成することは可能だと思うよ。でも、だからといって依頼を請けさせてくれるかといったら、それはギルド側で受理するかを判断するものだ。きっとまだ実力不足ってことで一つ二つ請けるのが関の山さ。
仮にいくつか請けれたとしても、戦力を分散させた状態で魔族が出てきた場合やあの魔物のような群れを相手にするのは難しいと思うんだ。
まずはもう少し簡単な依頼をみんなで請けて、みんなでそれをこなそうと思う。お金はあまり稼げないだろうけど、今はやっぱり慣れていくこと、傭兵団としての信頼を勝ち取ることが肝要だと僕は考えている。今は全員で動く、依頼も一つ請けてそれを達成する。新しい人員も自分たちの資金を考えて増やすか決める。自分たちの命を賭ける以上、慎重かつ堅実に動きたい、というのが僕の今持っている考えだよ」
「相手は魔物だ、必ずその通りっていう依頼のほうが少ねえと思うがな。危険は承知の上だぜ。今は自分たちを売り込んででもガンガン依頼請けて稼いで傭兵団強くしたほうがいいって!」
アイオンの考えに、ウェイドが反発する。慎重なアイオンと行動派なウェイドの意見は噛み合わず、中々両者の意見は纏まらない。ラインベルクに向かいながらも、討論は続く。
「そもそも今回の依頼でなにが駄目だったって、人が少なすぎたことだ。もう何人かいりゃあもっとマシに動けたんじゃねえのか?」
「それは結果論じゃないか。ラインベルクで募集したときはゴンドル達が集まってくれただけでも運が良かったのに、それ以上を求めるなんて出来なかったろう? 大体、あのときウェイドは二日酔いで顔合わせも参加出来なかったじゃないか」
「うるせえ! あんときは羽目外しすぎたんだよ。だから今度は俺が人員募集してやっからもっと人員を増やそうぜ! 戦力さえ整えちまえば後はドンドン傭兵団をでっかくするだけよ!」
「僕らはなにより資金がないんだ。駄々をこねても出来ないことは出来ないよ」
「だから稼ぐためにとにかく依頼をだな」
「分からないかなあもう! 新米の僕らにそんな信頼はないよ。依頼だって一つ二つ回してくれるだけありがたいっていうのに、そんなに上手くいくはずがないでしょ!」
「今回魔族と戦って生き残ったんだぜ? その話が伝わってりゃあ信頼の一つや二つ!」
口喧嘩になりつつある二人をゴンドルが諌めた。そのところでラッセントがなにか思いついたのか、怪訝な表情でアイオン達を呼び止めた。
「ねえ、思ったんだけどさ」
全員がラッセントへ視線を移す。
「バッフルトの町長さん、今まで魔族の言いなりになってたわけで、俺らみたいな新米傭兵団を誘い込んであの魔物の餌にしてた――って話だったよねえ? そうしないと自分達が餌にされるからって」
「うむ、言い方は少々引っかかるが、そういう話であった」
「俺らが魔族を退かせたってギルドが知ってたらさ、そのこととは別に今まで詐称して依頼を出していたことをギルドに伝書鳩で報告して、あの町長さん無事でいられるのかな?」
その言葉にアイオン達は口を噤んだ。誰一人なにも言おうとしなかったのは、相手が魔族だったとはいえ、幾人もの犠牲を出していたことには変わりがなく、魔族がいることを伝えられない状況であったことも間違いはなかったが、依頼を詐称し、敵対すべき魔族に従っていた事実は変わらない。カストーン教圏内である以上、その教えに反する行動を取っていたバッフルトの町長は無事で済むはずがないと考えていたからである。
「なんだよ、全員黙っちまって」
ウェイドは雰囲気で黙っていただけだった。重い雰囲気の中で、ただ一人事情を把握していない。アイオンが暗い顔でウェイドに説明をしようと口を開きかけたところで、地響きが一行の鼓膜を振るわせた。
それはアイオン達が進んでいた方向――ラインベルクの方角からだった。土煙を巻き起こす白銀の集団が、真っ白な旗を掲げてアイオン達に迫る。
「み、道を開けよ。あれはカストーン聖騎士団じゃ!」
アイオン達が道の端に避ける。荘厳な白銀の鎧を纏った騎馬隊が悠々とアイオン達の脇を通っていく。その中には鉄製の護送馬車も混じっており、仰々しい鎖と鍵が付いている。明らかなのは、それは要人ではなく咎人を運ぶためのものであることだった。
白い旗には十字の剣を手にした翼を持った男が紋章として描かれており、それはカストーンの使いであり従僕であるとした自分たちを描いたものである。アイオンは初めて見るその騎士団に、言いえぬ恐怖を抱いていた。
数十人単位の少ない人員であったが、彼らは紛れもなくバッフルトに向かっており、それが意味することを理解した一行は何も言わずにラインベルクへと足を向ける。
「お、おい、あいつらバッフルトに向かってったぞ? 今更騎士様が到着したって魔族もなにもいねえのになあ」
「あんたって底抜けの馬鹿ね」
「あんだと!?」
「いいから、先に行くよ」
「でも、団長。私達、なにもできないんでしょうか?」
「できないさ。なにもできない。だってそうだろう? あの町長さんは覚悟しているはずなんだ」
アイオンは悲しそうにそう言い放った。なにかしたい、どうにかしたい。その心はティラ達に確かに伝わっている。誰かを捕らえる準備を整えていた聖騎士団が赴いたということは、バッフルトの町長メイヤーが魔族とその魔族に支配されていたときのことを伝えたということに他ならない。
罪と呼べるのか。アイオンがそう呟く。強大な敵に支配され、逃れられず伝えられない状況下であったのは間違いがない。魔物は町の周囲を囲み、影を操るギルスレイが飛ぶもの一つ逃さない監視網を布いていたのも確かである。しかし、自分達が助かるために見知らぬ誰かを犠牲にしていたことも確かであった。自責の念こそが罪の意識。それを理解したからこそ、アイオンはラインベルクに足を向けたのだった。
前を見てこれからの傭兵団について考え、時折振り向いては過去を眺める。僅かに進んだ軌跡であっても、アイオンはそれを眺めてしまう。それでも前に進むことを止めないのは、まだアイオンの前には光が差しているからだ。
アイオン達の遥か後方、バッフルトに程近い道の端で聖騎士団が自らの脇を通り抜けるのを見ることもなく、アイオンが向かった方向を注視する者は深々と被った白いローブの中で静かに微笑む。
「それで良い。あなたには前に進んでもらわねばならぬのです、選ばれし運命の子、呪われた血を持つ王子殿。あなたに後悔する暇などないのですから」
あなたが倒れたとき、それは世界の死を意味する――そう言い残し、一陣の風が吹き去った直後、白いローブの人物はその場から忽然と姿を消した。




