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最後の剣  作者: 二口 大点
力と仲間
34/88

~陽炎の記憶~

 日は沈まず、高く天に座して坑道から出てきたブレイブレイド一行を迎えた。ウェイド達は薄暗い坑道から出てきたせいか、目を細めたり手で日差しを遮ったりと眩しそうに外を見回し、バッフルトへ向かい始めた。アイオンは魔術の反動が今まで以上に大きく、疲労で身動き一つ取れない状態。ティラは寝息を立てて深い眠りについている。町に戻る道すがら、アイオンを背負うウェイドがゴンドルと歩調を合わせた。


「なあ、爺さんよ。ティラのあれはなんなんだ?」


「む? ああ、法術のことか。ラッセント坊は知っておるか?」


「いやあ、俺はよく知らないよ。ただ、聖騎士団には魔族に対抗できる特殊な術があるとは聞いていたけど」


「そうか。法術とは、ある特別なカストーン教徒のみが使える術でな。お主らも見た通り、団長の魔術が如き鬼神の力を引き出す対魔族の切り札とも呼べるものじゃ。過去数百年の間に続々とその術者が発見されておるようでな、それがあったからこそ魔族と人類は戦えてきたと言っても過言ではない。各国の英傑達による力も確かに大きいが、魔術と同等の力を発揮できる法術は魔族にとっても脅威であったのも確かなようじゃ。ゆえに魔族の本拠に近い北西に位置するカストーン教発祥の国、ヘイルダムは未だ健在でおるのよ。数百年の戦いにも屈することなくな」


「そんなのがあるなんて初耳だぜ」


「まあ、法術というものは公にはされておらんからな。誰でも出来るものではないし、なによりそんな力があると知れれば国民感情がどう動くか分からんから、という考えが上にあるらしい」


「過度な期待なんてさせるもんじゃないしねえ。支持されている間は良いだろうけど、もしそんな力があるにも関わらず敗北したときの反動は大きいだろう。今でも不安定なものを、必要以上に不安や焦燥が募ったらどうなるやら分かったもんじゃないだろうし」


 ラッセントが真面目に考察していると、ミーシャとウェイドが不可思議なものを見るような顔でラッセントを凝視している。それに気付いたラッセントが二人の顔を交互に見比べてから、ぎこちなく笑んだ。


「え? な、なに?」


「いや、お前そういうの考えられるんだな」


「頭空っぽじゃなかったのね」


「あはは、なんか馬鹿にされてる? 腹立つわー」


 ラッセントが暗い表情で笑った。そのやり取りを見て、ウェイドに背負われたアイオンが白い顔で力なく笑う。


「特別な、教徒っていうのは?」


「団長、話して平気か? ああ、特別な教徒というのは天の声を聴くことができるもののことでな。カストーン教圏内ではそういったものたちを天に愛されしものとして、賞賛されるべき存在とされておる。わしは聴こえんからなんとも言えんのだがな。それを聴くことができるもののみが、あの状態になることができるようじゃ。先天的に常人とは異なる身体能力を持っているそうで、聖騎士団では発見次第向かい入れて特殊な訓練を施すとはかつての仲間から教えてもらったのう。無論、カストーン教団自体もそういったもの達を発見次第、神に近く仕えるものとか称して教団に迎えると伝え聞いたが」


 ゴンドルが思い返すようにして空を眺め、髭を撫でる。全員の視線がティラに注がれるが、ティラは眠ったまま目を開けない。


「特殊な訓練ねえ。その割には自分の思い通りにあの法術とかいうの使えてるわけじゃなさそうだったよな。あんなん使えるんだったらあの猿共に囲まれたときに使っただろうし」


「グーダラが名乗った直後に様子が変わったよね。感情が抑えられなくなったら発動できるのかな?」


「ていうか、天の声ってなによ? 神様の声でも聴こえるわけ?」


「わしも深くは知らん。だが――わしはそういった通常の人間が見れぬ存在に気付けるものたちを天の声を聴くものと呼んでいるのではないかと思う。感受性が強く、純粋な心と魂を持ったもののみが法術を使えるのではないかと。


そしてこうも思うのだ。特殊な訓練とは、そんな彼らの純粋さを利用した洗脳に近いものではないかとな。法術とは、ただ自身を鬼神と思い込ませるもの。恐怖を捨てた人間となること。それが正体なのではないかとわしは感じる」


「それって……!」


「聖騎士団が精鋭揃いとはいえ、魔族に太刀打ちできるものは多くない。利用できるものは利用するじゃろう。勝つために、安寧のために。恐怖を知らぬ戦士たちを率いれば、たとえ魔族が相手であろうと戦えるじゃろうて。死を省みずにその命を燃やすものほど、恐ろしいものもおるまい?」


「そんな狂戦士になることを親が許すのかよ!?」


「さっきも言ったじゃろ、そもそも法術自体が知られておらんのじゃ。だからこそ、教団に連れて行かれる子供が狂戦士になるなど分かるはずもない。たとえ親が教団に委ねたくなくて子を庇おうと、教団は是が非でも手に入れようとするじゃろうし、法術を知るものであればそれはカストーン教団に属するものであるから、自分の子供だけを贔屓するわけにはいかんじゃろうしな。上手く操作されておるのよ。


随分それらしいような体でものを言ってしまったのう。天の声を聴くものを捜しておるのは本当であろうが、洗脳だとかそういう話はわしの推測による話で、完全にその通りである確証があるものではない。ただもしかしたらこういう話なのではないか、という考えだということを理解してもらおう」


 ゴンドルの話が真実か否か。各々考える中で、アイオンはギルスレイが去り際にティラを狂信者と言ったことを思い返していた。それがギルスレイなりの皮肉であったことをアイオンは察していたが、その言葉がゴンドルの推測で現実味を帯びた発言へと変わっていた。ゴンドルの話に納得がいかない様子のウェイドをラッセントが宥め、それぞれが語りながらジグ山を下りた辺りでミーシャが思い出したようにして声を上げた。


「そういえばあの法術やらに圧倒されてすっかり忘れてたけど、ティラちゃんあの豚に殴られたときに骨折れるような音してなかった?」


 ウェイド達が顔を見合わせ、ラッセントが背負っているティラの腕を窺う。しかし、その腕は平常時と変わらない様子だった。一応ミーシャが触ってみるものの、鎖帷子の上からでも分かる人の腕がそのままにあるだけで、不自然に曲がったり柔らかかったりといったことがない。


「気のせいだったのかしら」


「いやあ、無事ならよかったよかった」


「ふむ、恐らくは本当に折れたのだと思うぞい」


 安心していたラッセントとミーシャがまた驚いてゴンドルに注目する。


「常人とは異なる身体能力を持っておると言ったと思うが、天の声を聴くものは自己治癒力も非常に高いと聞く。ここまで高いとは思わなんだが、もしかしたらあの詠唱は鬼神になると同時に身体にもなにかしら変化を与えるのかもしれんのう。いや、変化を与えるのじゃろうな。ティラだけ傷がすっかり癒えておる」


 視線がティラに集中していると、ティラの目が急に開いた。ウェイドとミーシャが驚いて声を上げると、ティラの目が二人に向けられる。


「どうしたんですか? あれ? 私どうしてラッセントさんに背負われてるんです? あっ!? 戦闘はどうなりましたか? あの魔物はいずこに!?」


 頭も急に覚醒してきたティラがラッセントの上で状況を飲み込めずにパニックになっていると、ラッセントが困ったようにして笑う。


「まあまあ、落ち着きなよ。今降ろすから」


 ラッセントがティラを降ろし、ゴンドルが事情を説明する。すると、ティラは小首を傾げて不思議そうに訊ねてきた。


「魔族――ですか? 戦った記憶がないんですけれど」


 その素っ頓狂な言葉にウェイド達が困惑する。


「なにを言うておるか。ブラントハイム・ギルスレイに初めの一太刀を浴びせたのはお主で、後々現れたオークに対しては法術で圧倒しておったろうに」


「ええ? 私、坑道に入るためにみんなで分かれたところまでしか覚えていませんよ? それにあの、法術ってなんですか?」


 ティラは本当に分からないらしく、申し訳なさそうにそうゴンドルに訊いてくる。その様子に嘘を吐いているような素振りはない。これには全員が状況を飲み込めないでいたが、やがてラッセントが結論を出したのか、小声でゴンドルに告げる。


「これ、法術の副作用じゃない? 使用すると前後の記憶が飛ぶんだよきっと」


「ふーむ、そう考えるのが妥当じゃのう」


「それにさ――特殊な訓練が洗脳って話、あながち間違ってないかもよ」


 ティラ本人が法術を知らない。その事実がゴンドル達をより混乱させた。自分の推測が的を得ている可能性を感じてか、ゴンドルは堅い顔のまま無言で髭を撫でる。ラッセントはティラを目の端に捉えると、溜め息混じりに首を横に振る。そしてティラに向き直ると満面の笑顔を作って見せた。


「ま、なにはともあれティラちゃんは無事! 魔族も魔物も追っ払って完全勝利だねえ!」


「勝った気はしねえけど、まあ勝ちは勝ちだな」


「よ、よく覚えてないんですけど、バッフルトの人達はもう平気なんですね? 良かった……」


「そうだ! 今回の依頼、魔族まで出張ってきたんですもの、報酬はガッポリいただかないとね!」


「気楽なやつらじゃな。まあ、祝杯を上げるには今日が最適よな」


「それじゃあ、帰ろう。バッフルトへ」


 魔物狩り専門の傭兵団ブレイブレイド。彼らの最初の依頼はこうして幕引きとなった。それは仲間に疑念を生み、また好敵手との出会いをもたらしたが、それらは決して偶然ではない。必然であったことを彼らが知るのはまだ先の話である。


 死線を潜り抜けた彼らはバッフルトに到着し、アイオンは自分の足で立って町長に依頼達成の報告をする。メイヤーは魔族に勝った事実に驚き、また町が救われたことに対して涙した。


「なんとお詫びとお礼を申し上げたらよいでしょう。ありがとうございました」


 深々と頭を下げる町長に対し、アイオンはその思いを感じてか町長の気が済むまでそのお詫びの言葉と感謝を受け取った。


「あなたがたのおかげで、またこの町も賑やかになるわ。どうぞ、またいらしてください。鉱物を採って、町に人が戻ってくればまた鉱山と鍛冶の町、バッフルトとして甦っていることでしょう。武器や防具が入用になったときはいつでも頼ってくださいな」


「ありがとうございます」


「今アイオンさん方が装備しているそのアイアンメイルはそのままお譲りいたします。どうか使ってください。今私にできるお礼なんてそのくらいしかできなくて、申し訳ないのですけれど」


「いやいや、充分だろ。今まであの蝋燭の炎みてえな頭した魔族に色々抑えられたり徴収されてたんだからな。今は俺らより、町の復興を頑張ってくれよな」


 ウェイドが笑いながらそう言うと、町長もまた微笑んだ。ミーシャも笑ってその様子を眺めているものの、和やかな雰囲気に包まれた町長やアイオン達から顔を背けると、残念そうに溜め息を吐いた。


「こんな雰囲気で金くれなんて言えないじゃない」


 小声でぼやくミーシャだったが、まあいいか、と今はこの暖かな雰囲気を味わうことにしたらしい。


 ティラも喜んでいたものの、時折その表情には影が落ちる。ラッセントはそれに気付いていたが、無視して見て見ぬ素振りで踵を返した。


「それじゃあ、無事依頼も達成したし、今日はあと酒場で祝勝会ってことで!」


「お、いいな! よし、行こうぜアイオン!」


「うん、行こうか」


「あたしも参加したげるわ。高い料理頼むからね!」


「やれやれ、元気なやつらじゃのう。だが、確かに腹は減ったな」


 町長と別れ、宿屋兼酒場になっている場所を目指す。ティラだけが他五名よりも後ろを歩いており、眉を八の字にして悩んでいる様子だ。後ろを見遣ったアイオンがそれに気付いて歩調をティラに合わせる。


「悩んでも仕方がないこともあるさ」


「アイオン団長、でも私……」


「君は一人じゃない。僕らが一緒だ。たとえ記憶がなくなっても、僕らがそれを憶えていれば君に教えてあげれるよ」


「そうですけど、自分で思い出せないなんてなんだか気持ち悪いです」


「そうだね。でも今どうしようもないことを悩んでいても仕方がないよ。僕だって混血というどうしようもないことを抱えている。きっといつか、それだけで僕を拒絶する人が現れるだろう。でも、それはもうそうなるべくしてそうなってしまうことなんだ。


大丈夫、ティラの記憶障害は医学に詳しい人なら治し方を知っているかもしれないよ。少しの間はバッフルトで休んでからラインベルクに戻ろう。王都ならきっと君の問題を解決できる人がいるさ。そこでも駄目ならそのときは――僕も一緒に悩んでると思う」


 優しげに微笑むアイオンを見て、少しの間なにかを考えているようだったティラも笑みを取り戻した。


「そう、ですね。団長の言うとおりです。思い出せないのに思い出そうとしても上手くいきませんよね。今すぐに解決出来ないことを考えていても、ただ悩んで動けなくなるだけですね! ラインベルクに行くまではこのことは保留にしておきます」


「僕はその方がいいと思うな。ああ、着いたみたいだ。さあ、今日はみんなで祝おう」


 酒場に着くと、アイオン一行は席に着くなり大量の料理を注文した。そこに笑わないものは誰一人いない。考えるべき問題は明日に流し、今日一日は宴に従事することに決めたアイオン達の笑い声は夜が深くなっても途切れることはなかった。


 彼らにとっての長い一日はこうして幕を閉じる。明るい表の顔に隠れて心の内に闇を忍ばせるものもいるが、仲間という光を得たことは全員が同じであった。未だ己の内を晒さないもの達にとって、その光がどうその目に映っているのかはそのもの達にしか分からない。


 旅は始まり、軌跡は続く。

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