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最後の剣  作者: 二口 大点
力と仲間
33/88

~その手に残るのは~

 ――白金の髪を後ろに流した男の傍らに、一人の少女がいた。少女は幼く、小さく、弱弱しい。花畑に座り込みながら天を見上げる少女が男の服の裾を引っ張る。


「お父様。声が聴こえる」


「……声? どんな声が聴こえるのだ」


「女の人が、とても優しい声でお話してくれるの。お父様には聴こえないの?」


 父と呼ばれた男は、少女の言葉に悲しそうな顔で微笑み返す。少女は父の表情が暗くなったことに気付いたのか、眉を寄せ不安を灯した眼で父の顔を覗く。男は少女の頭を撫でた。何も言わずにしゃがみ込み、ただ少女を抱き締めた。少女もまた抱き締め返すと、男はより強く少女を抱き締める。


「お父様、痛いよ」


「よくお聞き。きっとこれから、お前は辛い目に遭う。その声が聴こえることは素晴らしいことであるが、だからこそお前を苦しめることになるだろう。だが悲観してはいけないよ。その声が聴こえたことで、いずれはそのことがお前を助けてくれる。そして気付くときがくる。自分が特別な人間だということに。愛しい娘よ。父は常にお前を想っている。だから、だからもう少し抱き締めさせておくれ」


「はい、お父様」


「ああ、ティラ。どうしてお前が、私の愛娘がそんな運命を背負わなければいけないのか……!」


 男は涙を頬に伝わせながら、その顔をティラに向けることはなかった。父の温もりを感じながら、少女の眼にのみ映る女性はただ花畑の彼方で笑っていた。



 ――激しい剣閃が焔の影を切り裂き、青い輝きが縦横無尽にギルスレイを襲う。双剣を扱い、また影を操りながらその攻撃を捌くギルスレイであったが、防戦に徹しているわけではない。むしろお互いに攻め続けている。


 ギルスレイの影がアイオンに斬られてギルスレイの元に戻る。するとギルスレイは自らの影を自分自身に重ねてみせた。動きが二重となり、アイオンの目測を狂わせる。残影を作りながらアイオンに迫るギルスレイに対し、アイオンは一旦距離を取り、一気に踏み込んで横一文字に斬りかかる。それを跳んでかわしたギルスレイだったが、アイオンは即座にそれを追って空中に飛び上がり、水平になった刃を返し縦に剣を振り下ろして一撃を加えた。ギルスレイは双剣でそれを止めるものの、空中で踏ん張れるわけもなく押し負けて弾き飛ばされ、坑道の壁に激突した。


 呻くギルスレイに対し、着地したアイオンが迫る。しかしギルスレイが手をかざすと、アイオンの周囲の影が棘となってアイオンを突き刺した――かに見えた。棘同士が交差する絶妙な隙間を瞬時に見抜いたアイオンがそこに潜り込んでその攻撃を避けると、棘を斬り裂きその合間を縫ってギルスレイに襲い掛かる。


 だがギルスレイは逃げない。前進し、笑みを浮かべてアイオンの剣を受け止めた。重い剣撃が坑道内に響く。双方が剣を受け止め刃を重ねあう。


「さすがですね。よもやこれほどとは!」


「貴方はここで倒す!」


「この私を倒す? 出来ますか、その短い制限時間の間に!」


「成せねば勝てないなら、僕はそれを成す!」


 アイオンの力が勝り、ギルスレイの剣を弾く。わずかな隙が生まれた瞬間、ギルスレイの影がアイオンに向かって飛んできた。アイオンはそれを斬り伏せ掻き消すが、その影の先にギルスレイの姿がない。それに動揺して動きが鈍った瞬間、影で周囲の闇に溶け込んでいたギルスレイが真正面に現れ、二重の斬撃をアイオンに放った。アイオンはそれを危なげに受け止めるものの、一撃の手ごたえを受けた直後に影の一撃を喰らい、時間差のある攻撃に対応できずに力負けして今度は逆に弾き飛ばされた。よろめいたものの、素早く体勢を立て直して再び両者は睨みあう。


「剣の一撃と、それに遅れた時間差の影の刃か」


「ふふふ、戦いにくいでしょう? この私の前で一撃だけの攻撃を期待しないほうがよいですよ!」


 武器として使えば近付きがたく、そして壁として使えば攻めにくい。応用の利く影を操るギルスレイを相手取ることは、時間制限のあるアイオンにとっては相性の悪い相手であるのは目に見えて分かることである。しかし、ギルスレイにとってもアイオンは相手にしにくいことは変わりない。


 信望するノヴァの息子であり、そしてノヴァの配下だからこそ分かるその魔術の恐ろしさ。実際、影を瞬時に扱うことは出来ない弱点があった。形を想像し、確実にその形のものを望む位置に出さねばならないことから必ずタイムラグがあり、常人であれば気にならない時間であっても高速で動けるアイオン相手には致命的なことであった。だからこそ、狙った攻撃も捌かれている。


 影の刃が突き出てくる中を逃げ回るアイオン。その全てを避けながら確実にギルスレイに迫るものの、アイオンは攻めにいかない。ギルスレイも様子見するようなアイオンの動きに気が付いているのか、刃の影で周囲を守るようにして攻撃を続行する。


 ギルスレイが守りに重点をおいて堅固になったと見て、アイオンが動きを止めた。反射的にギルスレイは影の刃を一斉にアイオンに向けて放ったが、即座にアイオンの姿が消え、影同士がぶつかり合った。そして中心にいないと見るや、ギルスレイは瞬時に影の防壁を築き始める。しかし、それが出来上がる前に高速の一閃が影に入った。


 影の防壁と刃ごと斬り裂かれ、ギルスレイ自身も負傷する。胸を軽く切った程度だが、ギルスレイは心底驚いたようにして慌て、その場から離れる。しかしアイオンの姿を捉えられないまま、見えない剣撃に襲われるギルスレイは身体を傷つけながらも痛みと微かな気配に反応して急所は避けた。


 アイオンが動くたびに聴こえる微かな足音に反応するも、姿なく壁を蹴り跳躍しているアイオンの縦横無尽の動きの全てに対応できないギルスレイは、振り向くたびに別の方向から一撃を受け続ける。圧倒的な速度の差に驚愕したギルスレイは困惑と驚嘆の声を上げた。


「こ、この私が追い切れない!?」


 その時、ギルスレイの目に追い続けたアイオンが映る。アイオンは上段に構えたながら突進し、強烈な一撃をギルスレイに叩き込むと、ギルスレイは危なげにそれを双剣で受け止めた。だがアイオンの全力の一撃は『覚醒』状態により尋常ではない重さになっており、魔族でありながらもギルスレイはそれを支えきれず押し込まれた体制になってしまっている。受け止めたギルスレイの剣は止めた振動で震え、その一撃に耐え切れずに一本砕けて無惨に地面に散らばった。


 苦悶の表情でその一撃を止めたギルスレイは、壊れた剣の柄も使ってアイオンの剣を押し戻し、体勢を立て直して剣同士の押し合いに持ち込んだ。アイオンは息を切らしながら、消えかかる青い輝きをどうにか保っている。ギルスレイはそれを見てあと少しで魔術が切れると判断するも、自身も限界に近付いていることを理解していた。アイオンの本気を受け止めたものの、手は痺れて自身は満身創痍の上、得物自体も砕けて不完全なものになっている。影はまだ操れるが、この状況下では冷静に扱うことは不可能だと判断した。


「さすがは『覚醒』! 先ほどの様子見は、私の追える速度を確認していたわけですか」


「一撃で駄目なら、何度だって!」


 二つの力が交差する。戦闘が継続される中、坑道のほうから大きな影が現れる。


「グフゥ、やってやがる」


「アイオン達、まだ無事みたいね!」


 グーダラを利用したミーシャ達は、魔物を掃討して直ぐに坑道内へと駆け込んだ。魔力を辿ったグーダラに着いて来て、今合流したのだった。自分の影と戦うゴンドルがそれに気付く。


「な、魔族か!?」


 ゴンドルの声に続いてギルスレイとアイオンも気付いたが、双方が余所見した隙を狙ってすぐに戦闘へと戻る。ウェイドとラッセントが混じってゴンドルの影を打ち倒すと、ラッセントがゴンドルへ事情を説明した。


「ほう、ミーシャにのう」


「この人はあたしのおじいちゃんね」


「グ、家族が多いな……」


 また戦鎚を構えようとしたグーダラが、片手で頭を掻きながらそれを下ろす。その反応を眺めた後、ゴンドルが呆れた顔をミーシャ達に向ける。ラッセントとウェイドが苦笑いで返した。グーダラはそんなことなど目に留めず、周囲を窺った。


「ギルスレイの野郎以外に戦っているやつは――奥にいやがるな。女の匂いだ」


 その言葉に反応したウェイドが奥を注視すれば、自分の影と戦うティラの姿があった。必死に戦っているようだが、影自身がティラと同等の力を持っているようで、お互いに迫力に欠ける戦闘を繰り広げている。剣同士が当たればその力の反動でお互いがよろめき、重い鎧のせいで動きが緩慢であるなど、ギルスレイとアイオンの戦いに比べれば遥かに動作の遅い一騎打ちである。


 ウェイドらが無事なティラを見て安堵する中、グーダラは武器を手にしてティラに対して一直線に向かう。ティラがそれに気付くと、怯えたようにして後ずさり、足元のくぼみに引っかかって尻餅をついた。


「な、なんですか!?」


 ティラの影を先にグーダラが叩き潰すと、影が霧散してティラの元へと戻っていった。グーダラはミーシャを見るときのようにだらしない顔ではなく、至極真面目、かつ敵を見る戦士の堂々たる気を纏ってティラの前に立っていた。


「ティラ・シャンデリスだな? 俺様はアスラデルト軍、第五部隊部隊長のグーダラ様だ。随分と同胞をヤってくれたらしいじゃねえか。今ここで潰れてもらうぞ!」


 ウェイドがティラの危機に瀕し、すぐさまグーダラの前に出た。それにミーシャ達も続いて出るが、グーダラはミーシャを前にしても顔つき一つ変えない。


「どけい。慈悲深い俺様が生かしてやった命、無駄にすんなよ」


「てめえこそ、こいつがお前の同胞殺せるような奴に見えんのか? 人違いだろどう考えても!」


「グフゥ、馬鹿なやつめ。そいつがなにであれ、聞いていた容姿に似ている。それだけで十分だ。俺様は任務を果たすだけよ!」


 グーダラが戦鎚を振り上げる。ウェイド達が武器を抜いた瞬間、ティラが口を開いた。


「アスラデルト? あの者の手先なのですね。そうですよ、私がティラ・シャンデリスです。あなたの同胞を始末したのは私です」


 立ち上がったティラの目は今まで見たことがないほど冷たい怒りを灯している。周囲を凍りつかせるような雰囲気に、グーダラの動きが止まった。


「ティ、ティラちゃんよね?」


 ティラは答えない。ただグーダラを見開いた目で見つめている。グーダラも急に様子が変わったことに動揺しているのか、こめかみに汗を流している。


「主よ、私の魂は弱く、浅ましく、悲痛に蝕まれやすい。主よ、私を清らかなままに、そしてどうか未熟な私をお救い下さい。不浄なるものに真なる罰を、彼らの上には恐怖を、彼らの下には死を与えたまえ。主よ、私の魂を強く、美しく、高貴なものとして昇華させたまえ。私に不浄を迫る愚者を滅するため、私の未熟な魂、潔白なる心、無力なる身体に力を与えたまえ。慈悲深き主は私に報復する剣を下さる。主は不浄を払う心を下さる。主は誠実な魂を下さる。――私の敵はお前だ」


 冷たい声でそう唱えたティラの目の色が金色に変わると、ティラは自ら鎧を外した。鎖帷子のみとなり、その上で長剣を握る。その場でギルスレイとアイオンを除いた全員が硬直した。


「こ、これはまさか!?」


 ゴンドルは急変したティラの様子に心当たりがあるのか、興奮した一言を発した。


「知ってるの!?」


「聖騎士団時代、一部の人間が使っていたものによく似ている。魔術ではなく、わしらは法術と呼んではいたがな」


「グヒィ!? じじい、てめえ聖騎士団だったのか!」


 グーダラがウェイド達とも距離を取った時だった。ティラが一気に踏み込み、長剣を横に薙いだ。それはグーダラ目掛けた斬撃で、グーダラはそれを戦鎚で受け止めたがその巨体が一撃で吹き飛ばされ、坑道の壁に思い切り激突する。その音でギルスレイとアイオンの戦闘も止まった。ギルスレイが状況を確認したらしく、不適に微笑んだ。


「ほう、面白い。なんであんな鎧と剣をあのようなうら若き乙女が持っているのかと思っていましたが、そういうことですか。あれとあなた、二人とやり合うのは御免被るというものです」


「あれは、ティラなのか? 一体なにが――」


 ティラが誰の言葉よりも先に壁際でよろめいているグーダラに襲い掛かる。魔術を使う隙も作らせることなく大振りかつ乱暴な一撃を加え続けるティラに対し、グーダラは防戦一方となっている。しかし隙の大きい大振りの攻撃を裁いたグーダラが素手でティラを殴りつけると、ティラはそれを片腕で受け止めた。軋み、そして激しく折れる音が坑道内に響くが、ティラは顔色一つ変えず、また何一つ変わった様子もなく片手でグーダラに剣撃を入れた。


 グーダラの肩口にそれは叩き込まれ、赤い血が長剣を伝う。丈夫な骨と硬い筋肉、そして事前に入れていた一撃で勢いが足りずに止まった一撃であったが、グーダラは苦悶の表情でそれを戦鎚で押して抜き、ティラをそのまま柄の部分で腹を突いて押し飛ばした。微かに苦しそうな声を上げたものの、空中で反転して姿勢を整えると、間髪いれずにティラが前に出た。そこへ影が壁となってティラの進行を阻み、ティラを恐れたのか守りを固めていたグーダラを守る。


「ふふふ、アスラデルト公の配下を助ける日がこようとは。しかし、互いに満身創痍とはいえ、相手がこれではこちらの被害も大きなものとなりそうだ。ここはあなた方に譲りましょう。我々も今はまだ死ぬわけにはいかないのでね。後味の悪い幕引きではありますから、いずれ再戦を所望します! さらばです、アイオン君とそのお仲間諸君、そして狂信者!」


 ギルスレイがティラに対してそう吐き捨てると、グーダラと共に影に包まれて坑道内からその気配を消してしまった。それと同時にアイオンの青い輝きが消えてその場に膝を付く。苦しそうな呼吸を繰り返しながら、大量の汗を掻いている。


 ティラはというと、周囲を確認してから倒れこんだ。ラッセントとミーシャが確認すると、寝息を立てていることが分かった。豹変したことについて知るゴンドルは、宿に戻ったら話すと一言述べて、ティラの鎧を担ぐ。ラッセントがティラを背負い、ウェイドがアイオンを背負って坑道を出るべく動き始めた。


「終わったのよね?」


「ああ、勝ったんだぜ、俺達」


「勝ったにしては、なんとものう……」


 それは勝利であった。しかし、魔族が関わったことで彼らが想定していなかった終わりを迎えたことは間違いがない。全力で臨んだ戦いでバッフルトの脅威は取り除いたが、戦友となったはずの仲間の謎が深まり、本当の決着の着かなかった半端な勝利であった。


 アイオンは自身の力不足を痛感する。しかし疲れ果てた己の頭では自責もなにも考える余裕はないのか、今はただ望まない形で得た勝利であったにせよ、小さく拳を握り締めて確かな勝利を勝ち取ったことを喜ぶのだった。

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