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最後の剣  作者: 二口 大点
力と仲間
30/88

~影を見る対峙者~

 町長の家に赴くと、ウェイドが訪ねていったときとは違いすぐにドアを開けてくれた。アイオンはドアノブが不自然に曲がっていることに疑念を持ったようだが、その注意をウェイドが必死に逸らした。通された町長の家の中、客間で椅子に腰掛けるよう言われるが、椅子が足りないために座ったのはアイオン、ウェイド、ミーシャの三人だ。ミーシャは疲れたとごねて席を奪っただけで、話の進行自体ははアイオンとウェイドがすることになった。ウェイドが真っ先に話を切り出す。


「ばあさん、魔族は採掘場にいるのか?」


 町長は何も言わずに頷いた。


「近道はありますか?」


「はい。ジグ山から入るのですが、まずあの山の麓には二つ道があるのです。正面の道はそれらしい道に見えなくもありませんが、その実、その先の道は道なんて呼べるものではありません。あそこは起伏の激しい岩が多くて、人が動きやすい道にすることができなかったのです。形としては道のようにはなっていたと思いますが。


正面の道ではなく、ジグ山の側面を東に沿って歩いていくと整備された道があります。そう道幅が広い道ではありませんが、そちらから採掘場までは一本道になっています。無論、そこにはあの魔物達が待ち構えているとは思いますが、皆様なら問題ではないでしょう。その先の採掘場の手前には、遅くまで作業する作業員のために用意した小屋があります。採掘が自由に出来た頃にはそこを休憩所として使ってもらったものですが、今は恐らく魔族が活用しているでしょう」


「ありがとうございます」


 アイオンはお礼を述べて立ち上がった。それを見てゴンドルらも客間を出ようとしたが、それを町長が呼び止めた。


「ろくに装備も整えないのは危険です。持っていっていただきたいものがあります。お待ちください」


 そう言ってメイヤーは客間を出て行った。少ししてから金属質な音が聞こえ出し、それは客間に入ってきた。町長は鉄製の鎧を抱えており、少し辛そうにしながら運ぶとアイオンの前に置いた。


「あと二着だけ、良い鎧があります。使ってくださいな。まだ多くの職人達が鉄を叩いて生計を立てていた頃、この町の鍛冶屋が鍛えたものです。そう古いものではありませんし、倉庫に置いておくのはもったいないですから」


 私にできる手伝いなんてこんなものです、とメイヤーは申し訳なさそうに頭を下げ、さらに二着の鎧を用意した。どれも鉄製の鎧だが、鈍い色を放つその姿には傷一つない。新品同様でとても良く出来ている。先の戦闘で鎧を失ったアイオンにとっては嬉しいことで、その申し出を快く受けた。


 アイアンメイルを着たのは特に戦線を支えられるアイオン、ゴンドル、ウェイドの三名だ。それをその場で装着すると、いよいよアイオンらは採掘場を目指して町長の家を後にした。各々武器を確認し、戦う準備を整える。隊列も変え、アイオンを先頭にミーシャ、ウェイド、ティラ、ラッセント、ゴンドルの順に並んで進む。先頭にいる二人は動きが早く敵の気配に敏感な二名とし、中列にいるウェイドとティラは索敵に難がある二人で、敵を発見した際に前後どちらにも動ける援護、迎撃の役割を担う。後列にいるラッセント、ゴンドルは背後からの敵を受け持つ。敵の挟撃や奇襲といった危険性を考慮し、地形を見て軽口ながらも敵の動きを考えられるラッセントと、技量の高いゴンドルがその役目に従事することになった。


 慎重に、かつ迅速にジグ山に向かって進んだ。言われたとおりに正面を避けて東に向かって側面に沿って進んでみると、二人分程度の狭い小道があることに気付いたアイオン達がそこに入る。整備されて歩きやすい道を突き進み、一気に採掘場へと向かった。周囲は寄せられているものの、大小異なる岩に囲まれており、見通しは悪い。アイオンらは武器に手をかけながら周辺を窺いつつ歩みを止めない。


「静かじゃのう」


 ゴンドルが周りを見回しながら呟く。一向に敵の気配はない。ラッセントはその呟きを聞いていたらしく、確かに、と漏らした。


「ねえ、敵の姿なんて形もないんだけど」


「そもそも生き物の気配すらしないなんてなにか変だ」


 アイオンは妙な感覚を覚えていた。それは焼け付くように肌に張り付き、アイオンの顔を顰めさせた。


 拍子抜けするほど、あっけなく採掘場の手前にある小屋にたどり着いたアイオン達は、それでもなお警戒は怠らない。散々確認してみてもなにもおらず、それぞれ武器を手に意を決して小屋へと踏み込むが、誰かがそこに住んでいる形跡だけが残っており、魔族自体の姿はどこにもなかった。


「いないじゃない」


「となると採掘場か?」


「でも、誰かが住んでるみたいだねえ」


 ラッセントやミーシャが少し中を調べたものの、変わったものは特になにもない。アイオン達は小屋を出てその先にある採掘場へと向かった。道なりに進んでみると巨大な岩があり、それに沿って道が延びている。岩には削ろうとした跡があり、この岩を退かしたかったらしいのが読み取れる。その岩に沿って歩き、曲がろうとしたところでアイオンとミーシャが立ち止まる。それに合わせて後続も止まった。


 岩陰に身を潜めたアイオンとミーシャの視線の先には採掘場と思しき坑道があり、そこをあの猿のような魔物が出入りしている。しかし成体ではないようで、最初に襲ってきた若い固体と同じくらいだ。


「あれは運搬係なのかしら」


「どうだろう。見張りかもしれない」


 見ていると、出てくるときに細かな岩の欠片を持っているのが分かった。どうやら掘ったときに出たものを外に運び出す仕事をしているらしい。一匹二匹ではなく、往復しているのは十数匹はいるだろう。


「しゃらくせえ。俺が行って全部ぶった切ってやらあ」


「待ってウェイド。子供が運搬しているなら、きっと大人は鉱石を掘っている。つまりあの坑道内には敵が詰まっていると考えていい。単独では動かないで」


「じゃあどうすんだ? このまま観察してたってしょうがないぜ」


「単細胞ねえ。相手がガキなら好奇心旺盛に決まってるわ。なにかで注意を引けば集まるんじゃない?」


「つっても道は一本だ。誰かが注意を引いたって、道なりに来られりゃ意味ないぜ。隠れられるようなところはないしな」


 しばし立ち往生してしまうものの、そのおかげか敵が出てくるまでに随分時間がかかることが判明した。


「随分と深い坑道みたいだな」


「ああいうのって割と複雑な構造してるもんなのよねえ。敵が大勢いるっていうなら、どこから敵が飛び出してくるか分からないところで戦うのは危険よ。全包囲なんてされたら堪ったものじゃないしね。ここで少しでも数を減らしておいたほうがいいんじゃないかしら」


「どうせなら中にいるやつら全員引きずり出してやろうぜ。この狭さなら、連中も思うとおりには戦えないだろうぜ」


 ここで二手に分かれることにし、アイオン、ティラ、ゴンドルが採掘場より先に進み、道のない起伏のある岩の合間に身を潜める。ウェイド、ミーシャ、ラッセントが注意を引き付ける役を担い、入り口で音を立てて巨岩側へと移動し、敵が出て来るのを待ち構えた。ウェイドが一人仁王立ちして敵を待ち、ラッセントとミーシャが岩の後ろに身を隠す。


 程なくして若い魔物が数匹現れ、ウェイドらを発見して大声で叫んだ。山に響く音が木霊すると、返しの鳴き声が坑道から木霊する。若い固体が多数出てきた後、奥から成体が現れた。成体の一鳴きに呼応するようにして戦闘が始まる。若い魔物の群れが一斉に鋭い爪と牙を剥いてウェイドらに襲い掛かるものの、勢い良く抜いたウェイドの剣一薙ぎでそれらは肉片と化し灰色の岩を朱に染めた。


「相手にならねえな。おら、こっちだ着いて来い!」


 ウェイドが背を向けて逃げ出すと、生き残った若い固体、そして成体の魔物がそれを追う。成体の魔物は十数体ほど坑道から飛び出してウェイドに迫ろうとするが、狭い道では一匹単位で進むのがやっとのようだ。岩をよじ登る固体もいたが、それが岩の上に着く前に若い固体の悲鳴が上がった。


 岩陰に潜んでいた二人の刃が、ウェイドを追ってきた魔物に襲い掛かったのだ。不意を突かれて眉間や首を一突きにされあっさり絶命した魔物が倒れてきたのを見て、後続の魔物が警戒して巨岩の手前で後退して動きを止める。しかしそれを見計らったようにウェイドが逃亡から一転して岩陰から飛び出し、魔物の前に躍り出た。


 咄嗟とはいえ魔物は目を怒らせて鋭利な鉤爪をウェイドに振り下ろすが、ウェイドはそれを体を捻ってかわす。体を回転させて剣を魔物の振り下ろした腕に叩き込んで切断すると、断末魔の叫びが山に響いた。それでもなおウェイドに残った腕のほうにある鈎爪で襲い掛かるが、すでに懐に潜り込まれており、それが届く前に魔物の顔に一線が走った。そのまま岩の後ろに下がったウェイドを睨んだまま、静止したように動かなくなった魔物は後続の魔物に押されてやっと前に倒れこんだ。


 仲間の死体を踏み越えながら、成体の魔物達は前進していく。ウェイド達を追って巨岩の向こうにその姿を消すと、アイオン達が動いた。邪魔者がいなくなった坑道へと入ると、中には松明が通路上に設置されており、意外なほど明るい。成体の魔物が通れるだけ通路も広く取られているものの、中は迷路のように複雑な作りになっているようで、入り口から中に入った時点で既に四つ以上の通路が地下のほうへと延びている。


「どこにいけばいいのやら、検討がつかんな」


「ひとまず、奥を目指してみませんか?」


 ゴンドルとティラは内部を見て困惑するものの、アイオンはなにかを感じ取っていた。二人がどの道を通るか悩んでいるのに対して、アイオンは自然に足を前に出した。一人坑道の分かれた道の内、一番左端を進んでいくアイオンをティラが呼び止める。


「団長、そっちでよろしいんですか?」


「うん、この道でいい。この先に魔族がいる。そんな気がしてならない」


 ゴンドルとティラが顔を見合わせる。根拠らしいことは何も言わなかったがアイオンの表情に迷いはなく、二人はそれを信じてその道を進むことを決めた。


 曲がりくねる道を進んでいく。道中、かつての採掘場としての跡が残ってたものの、それでも魔物が通るために拡張され、大体は様変わりしてしまっている。奥へ奥へと進んでみると、徐々に通路の幅が増え、巨大な空間が広がる部屋に出た。


 そこでは鉱石らしいものが地面に転がっており、また一人の男がその部屋の壁を眺めている。アイオンはその男を見て立ち止まった。


 その男は髪を立たせており、また癖毛なのかその全てがうねっている。髪色は赤で、そのせいか特徴的な頭は炎を連想させる。耳は尖っており、肌は白の強い灰色だ。赤紫色のコートを着ており、それには金色の縁が取り付けられていせいか異様に派手である。腰には二本の剣を差している。


「中々、良い採掘場ですね。これだけ掘ってもまだ枯渇する気配を見せない。武具の生成もこれならしばらくは安泰でしょう。ああ、ところでそこにいる人間諸君。私になにか御用でしょうかね? ペットもお貸ししたというのに」


 後ろ向きでアイオン達に語りかける魔族には余裕があった。背を向けられているにも関わらず、アイオン、ゴンドル、ティラはその背に刃を振り下ろせには行けないでいる。隙がない。直感的に三人がそう思ったからこそ身動きが取れずにいたのだ。アイオンはその背を注視しつつ語り掛ける。


「あなたがバッフルトの町を支配している魔族か?」


「如何にもそうです」


 魔族がアイオン達のほうへと向かい直ると、アイオンを見るや髪と同様の赤い眼が見開かれた。


「な、き、君は? そんな馬鹿な話があるはずがない。いやしかし、他人の空似にしては似すぎている」


 魔族はアイオンを見て動揺しているようだ。それを見てなにかを察したアイオンがその疑問に返答した。


「僕の名はアイオン。アメリアの、いやノヴァ・グランケの息子だ。あなたにはそう言ったほうが分かりやすいでしょう?」


「やはり、ノヴァ様の……! しかし、純潔の魔族ではない。君からは人間の臭いが混じっているじゃあないか。いや、その身に魔を宿しながら人間側にいる時点で人間の血が混じっているとでも言うのか? 混血の子だと? あのノヴァ様が、人との間に子を設けたというのか!?」


「母さんを知っているようだけど、あなたは一体何者だ」


「失礼。取り乱しましたか。私としたことが礼儀すら忘れるとは不覚。我が名はブラントハイム・ギルスレイ! 君の母だという、ノヴァ・グランケ様の忠実無比なる刃と自負しております」


「そんな男がこんなところで鉱石を掘る仕事を?」


 アイオンの鋭い目を見て、ギルスレイはその身を震わせた。恍惚とも取れる表情でアイオンを眺めた後、一息いとおしげに吐いた。それを見てアイオンが眉を顰める。


「その顔、正にノヴァ様だ。そしてその疑問もまた鋭い。炭鉱夫になった覚えは、私にもありませんからね。もっとも、なにをしているのか答える気はありませんが」


 ギルスレイが二振りの剣を抜く。片刃の双剣が火の輝きで歪んだ輝きを放った。アイオン達も武器を握り締めて身構える。貫くような視線が交差し、張り詰めた空気が流れた。


「君達が何者だろうと構いません。邪魔者は排除します」


「相手が魔族だろうと僕らは負けない。絶対にあなたを倒す」


 アイオンが魔族と対峙するのは、自らの母ノヴァ以来である。そして奇しくも対峙した魔族、ギルスレイはノヴァに心酔する配下の一人であった。アイオンの中で沸々と沸く魔族への怒り。そしてギルスレイが感じているのは親愛なる魔将軍の息子へ剣を向けねばならない罪悪感であった。敵を前にして、二人の心は複雑な色を浮かべていた。

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