~確信~
アイオンが限界を迎えたことに感付いたウェイドは、さすがに焦ったのか額に汗を浮かべた。他の仲間が状況を掴めていないことなど構わず、ウェイドは動けないアイオンだけを気遣う。
「ア、アイオン? どうした」
「ご、ごめん」
そう言いながら膝を立てて立ち上がろうとするが、足が震えるばかりでアイオンは立てない。顔色は悪く、明らかに苦しそうに息を吐く姿を見て、仲間が心配そうな目を向ける。
「ちょ、どうしたの?」
「魔術を使った代償だよ。あんだけ強力な力なんだぜ? なんも副作用がないわけないだろ。つーか、アイオン! お前無茶していやがったな!」
「さ、先に……早く進まないと」
「変だと思ったぜ。力使ったってのに倒れもせずに歩いていやがったからな。仕方ねえ、運んでやるけど町についたら一発ぶん殴ってやるからな!」
ウェイドは悪態を吐きながらアイオンを背負うと、そのまま先頭に立って山を下り始めた。アイオンはただ一言、ごめんと呟いた。その様子を呆気に取られながら見ていたゴンドル達は、先に進んでいくウェイドを見て我に返り、慌ててその後に続く。悪路においてもウェイドはアイオンを抱えたまま、変わらないペースで進み続ける。それを見てラッセントは口笛を吹いた。
「いやはや、大将も凄いけど、副大将もある意味人間離れしてるよねえ」
全員戦闘後のため、疲労は蓄積している。特にウェイドは真っ先に飛び出していき、最も死に近い敵の真っ只中で奮戦したにも関わらず、今アイオンを担ぎながら、道なき道を最初と変わらない速度で下りていく。
アイオンの魔術制御のためにその練習に付き合ってきたウェイドは、『覚醒』状態のアイオンと打ち合えるだけの常人離れした反射神経と筋力を獲得していた。加えてぶっきらぼうな性格であるものの、自分が強くなるための努力も怠らなかった。
昔からアイオンを剣の練習に誘っていたのもウェイドであり、強くなるための努力は惜しむことがなかった。アイオンが魔術の練習に明け暮れている間、自分はその練習相手になれるよう、アイオンの剣を捌けるだけの力を付けるべく、基礎体力を磨き自身を鍛えに鍛えていたのだった。
その結果が今に繋がる。ミーシャは呆れたような顔でその後ろ姿を眺めていた。
「確かにね。アイオンも化け物並みだけど、あいつも同類ね」
「だが、さすがに不味いのう。こんな状況ではまともな戦いは出来んだろう。ティラ、お主はどうだ」
息絶え絶えにティラが返事をするのを聞いて、ゴンドルは首を横に振る。
「限界のようだのう。さあて困った。副団長殿も団長を背負ったままではろくに剣も振れまい。いざとなればわしとミーシャ、ラッセントの三名でどうにかせねばなるまいな」
「悪いけどおじいちゃん。あたしは戦力外としてみてよね。さっきだって戦ってたように見えてたかもだけど、相手の攻撃避けて同士討ちさせてただけだから。混戦で、なにより広い場所だったからできただけでこんな狭い場所じゃそれも無理よ」
「いやいや、ミーシャちゃん。ナイフだけでお猿さん倒してたじゃん? 曲芸士みたいな身のこなしでさ」
「あんなのまぐれに決まってるじゃない。暗殺者でもあるまいし、百発百中で相手の眉間に叩き込めるなら最初からしてるわよ。いけそうだと思った時に上手くいっただけ。この時の感覚はスリの時と一緒だしね」
「成る程ねえ、それじゃそのいけそうな状況を作れば活躍してくれるんだ? なら俺とゴンドルでその状況作るから、頑張ってねん」
それを聞いたミーシャがあからさまに嫌そうな顔をする。ゴンドルはそれを見て少し笑った。
「では期待するとしようか」
「げ、冗談でしょ!? こんなか弱い乙女を寄って集って!」
少し場が和らぐ。ウェイドも歩きながらそれを聞いていたらしく、先頭で馬鹿笑いした。
その後慎重に進み敵の警戒をしながらジグ山の麓まで下りてきたものの、結局魔物の襲撃はないままだった。敵が自分たちへの攻撃を諦めて撤退したとアイオン達は胸を撫で下ろす一方で、まだ完全には安心できないのか先を急ぐべく足を速めた。ティラはその際、ついに疲れで倒れそうになったところをゴンドルに支えられて、ようようアイオン一行はバッフルトに生還する。
ボロボロのアイオン達を見て、道ですれ違う町民達は慌てて道の端に避けていく。道中で邪魔もなく宿屋に到着すると、宿屋の主人が驚いた顔でブレイブレイドの一行を迎い入れた。そのまま部屋に到着すると、アイオンとティラ、ミーシャ、ラッセントがベッドに倒れこむ。それぞれがそのまま装備を寝ながらだらしなく解いてベッドの脇に寄せると、薄着のまま眠りについていった。アイオンの鎧を脱がしてベッドに寝かせ、そのベッドの隅に腰掛け、薄手の赤い服に着替えを済ませて一息吐いたウェイドが窓の外を見遣れば、既に日が沈みかけている。
「休まんのか」
寝息だけが聴こえる部屋において、鎧を脱ぎ筋肉質な上半身を露にしたゴンドルが体を拭きながらそうウェイドに話しかけてきた。
「あの町長のばあさんに用があるからな。これから行くつもりだ」
「確かに行かねばならんが、団長に黙って行ってよいのか」
「アイオンはしばらく動けねえよ。その間に動ける奴が動かねえとな」
ゴンドルも薄手で茶色の服を着ると、壁に立てかけた武器を手にした。ウェイドも剣を腰のベルトに差し込み、立ち上がる。
「行くというならわしも供に行こう。お主一人ではなにをするかわからんからな」
「変なことはしねえよ! 相手もばあさんだし、理由次第で一発ぶん殴るだけにしてやるさ」
「……お主の供は骨が折れそうじゃな」
少しの休憩をとってから、ウェイドとゴンドルは武器を持って宿屋を出た。町長の家に向かう最中、町の人間が二人を見て少し怯えている。なにか昨日と様子がおかしいのは間違いなかった。その視線を感じてか、ゴンドルの顔の皺が険しくなる。ウェイドは言葉こそ吐かなかったが、微かな怒気を発して周囲を威嚇する。一睨みして周囲の町人を怯ませてから、町長の家へと歩を進めた。
町長の家に着くと、ウェイドは一応ドアを叩いて町長が居るかどうかを確かめる。中から返事はなかったものの、痺れを切らしたウェイドがドアノブを何度か回し、開かないと判断すると強引にこじ開けて勝手に中へと入っていく。ゴンドルはそれを諌めるものの、ウェイドは聞く耳を持たずに奥へと進んだ。
各部屋を探していると、通路の突き当たりにあった寝室で町長を発見した。彼女は怯えており、ウェイド達を見るや後ずさる。そんなことは関係なしにウェイドは突き進んで、町長メイヤーの襟首を両手で掴んだ。
「ひ、ひぃっ!?」
「副団長! わしらは話に来たのであって、殴りにきたのではないぞ!」
「知ってるよ。だから殴ってねえだろうが!! おいばあさんよ! なんで呼んでも出てこねえ? 客が来たら居留守なんて使える立場じゃねえよな。ノックが聴こえないなんて嘘は必要ねえ。出なかった理由、それはあんたが俺達が来るのを窓かどこかから覗き見してたからだ! 俺達と話すのは都合が悪いんだろ? それはなんでだ。あの依頼でなにか隠してることがあるからなんじゃねえのか!?」
ウェイドの怒号が響く。鬼の形相を浮かべたウェイドに、町長はすっかり怯えて言葉を失っている。それをゴンドルが宥めて、少しの間の後にようやくウェイドは町長の襟首を離した。そのままメイヤーは床にへたり込む。そして震える声で語り始めた。
「あ、あの依頼は確かに虚偽の申請をしていました。ランクとしては最低のレベルになるような内容で依頼を出して、傭兵団をジグ山へ呼び込むようにしていたんです」
「なぜそんなことを?」
「わ、私は……私達が生きるためにはそれしか方法がないんです! 言いなりになるしか手が! さもなければあの魔物たちに食べられてしまう!」
「あの猿共に脅されたってのか?」
「あれも恐ろしいものです。戦闘技術のない私達など数匹だけでも一体何名の犠牲が出るやら。だけどあれよりももっと恐ろしいものです! あの山には今、魔族が住んでいるんです。それがあの魔物を操って、この町を支配下に置いているんです。私達は逆らうことが出来ません。逃げることも、この周辺の山々が許しません」
「なんでそんな大事な話をもっと早くにしねえんだよ!」
「大抵は、腕っ節に自慢があろうともあの山に一度行けば戻ってはきません。今回もそうだと思った。だからなにも言わなかったんです。だってあの依頼は、弱い傭兵団を誘ってあの魔物の餌にするのが目的だったのですから」
ウェイドが再び町長に掴みかかる。今度は片手で襟首を掴むと、そのままメイヤーを宙に持ち上げた。ゴンドルがまた宥めるものの、今度は下ろさない。ウェイドの目は怒りに燃えている。
「てめえ、自分の命惜しさに何人のやつらを犠牲にしてきやがった!」
「町のためです!! 私一人ではなく、この町全員の命を救うためには仕方がなかったんですよ! やつらの要求を呑まなければ、週に一度、私達の食料と一緒に町の人間が最低でも十人以上あの魔物の餌として連れて行かれるんです! 一体どれだけの人が連れ去られたことか、どれだけ苦しかったことか。逆らったがために私の息子夫婦も連れて行かれました! これ以上の犠牲はたくさんよ!」
町長は涙を流して答える。それを聞いてからしばらく睨んでいたウェイドは、一度目を伏せると彼女を床に下ろした。
「強い奴らに頼むとか、そういうことはできなかったのかよ」
「依頼書を出すときは、魔族とあの魔物たちの監視の下書かされています。隠れて出そうにも、ここは周囲が山でしょう? それぞれの山々にはあの魔物が常にいて、出入り口や山道なんかを見張っています。だから怪しいものが見つければ排除され、またそのときは町に制裁が加えられるのです。
あの魔物は本当に賢い。人の顔を憶えるし文字も多少なら理解できるようでして、そのせいもあって私達は何度も失敗しています。決して直ぐに今のような服従を良しとしたわけではないのです……」
「魔族が関わっておるとはな。しかし、その魔族の狙いはなんじゃ? なぜこのバッフルトなのだ」
「山に篭っているところと、私達の採掘場を乗っ取ったところを見ると鉱石が目的のようです。もともとこの近辺の山々からは良質の鉱石が採れますの。それらを採って自分たちの武具に役立てようとしているのか、それとも単にこちらの資源を押さえることでなにかを狙っているのか。私にはその真意が読めませんが」
「ふん、随分気前良く話すじゃねえか」
「今更隠すのは無理でしょう。それに、話そうと話さまいと関係ありません。この町に踏み込んでしまった以上、出ることは不可能でしょうから」
「俺達が死ぬって言いてえらしいな」
悲痛な表情でウェイドを見上げる町長を、ウェイドが力の篭った目で見つめる。そして自分の胸を叩いた。
「魔族なんぞ俺達がぶっ潰してやる! そいつはあの山にいんだな!?」
「え、ええ」
「倒してやるよ! その代わり、今日までしたことはしっかり反省しやがれ! 死のうなんて考えんじゃねえぞ! それは罪を償うとは言わねえ。それはただの逃げだ! 自分がしたことが罪だと思うなら、死ぬまで自分の胸に残しておいて、その反省をするために生きやがれ。それもできるだけ長くな。毎日毎日そのことを思って、潰れそうな思いをしながら生きるんだ。辛い人生になるとは思うがな、あんたが犠牲にした連中の未来はあんたが消したんだ。それぐらいのことはしねえと償いってのにはならねえだろ」
メイヤーは俯き、静かに頷いた。ゴンドルは髭を撫でつつ、ゆっくりとした足取りで退室する。ウェイドは町長を一瞥してから寝室を出た。メイヤーのすすり泣く声が微かに聞こえる廊下を進み、そのまま町長の家を出て行った。
「ドアを壊したままだが、良いのか」
「鍵が壊れただけだ。閉じることは閉じるだろ」
「まあ、確かにそうだが。しかし、冷や冷やしたぞ。本当に殴り飛ばすのではないかと思ったからのう」
「殴るつもりだったぜ。けど、性根までは腐ってねえみてえだったからな」
「ふふふ、そうじゃな。しかし、人気がない町だとは思っておったが、ああいう理由があったとはのう。団長の予感は的中しておったわけだ」
「今すぐに叩き潰しに行ってやりてえところだが、今はアイオン達が動けねえ。俺が離れてるところに襲撃喰らっちゃたまらねえ。ここは全員が全快してから行くっきゃねえな」
「意外に頭は回るようだの」
「へっ、相手が魔族だって言われちゃあな! ……軽い考えで動いて痛い目見るのはこりごりだ」
ゴンドルはウェイドが冷静なわけではないことを察していた。勇猛果敢なウェイドから感じるもの。それは魔族に対する怒りと――当人が気付いていないであろう肩の震え。すなわち恐怖であった。




