~団長として~
アイオン達は平原を抜け、バッフルト近辺の山々を越えた。そしてようやく目的地、バッフルトへとたどり着いた。
バッフルトは山に囲まれていて、特産物として鉱物が盛んに採れる長閑な町である。鉱物がよく採れるせいか、鍛冶屋が何軒か立ち並び、金属を叩く音が町中に響いている。町人は作業中なのか、人通りはあまりない。
アイオン達はまず、町の中央付近にある酒場を見付け、中に入って入り口脇にあった木製の丸いテーブルに着いた。
町の位置する場所のせいか、あまり酒場内には活気はない。町の人間とおぼしき連中が、細々と酒を飲んでいる。彼らは店に入ってきたアイオン達を、ちらちらと見て気にしている。
「ふう、やっと着いたな」
「もうへとへとよ。今日はしっかり休みましょ」
「あはは、足がパンパンだ。今日といわずにしばらく休んだらどうかな」
「何を言うとる。この町は今、魔物の被害に苦しんでおるんじゃぞ。暢気に休んどる場合ではない」
テーブルに、三つ編みの女の子が近寄ってきた。
「ご注文は何になさいますか?」
「へえ、可愛いねぇ。ここの娘さんかな?」
「いきなり口説くんじゃねえよ。てか、お前女なら何歳でもいいのか?」
「あ、あのう……」
「すいません。僕は水で」
「儂は肉が食いたい。あと酒を頼む」
「あたしはそうねぇ。温かいスープでもいただくわ」
「えと、私はパンとミルクを」
「俺は飯! 店のおすすめで」
「そーねぇ、俺もウェイドと一緒で」
注文をしてから、アイオン達は各々椅子の上でくつろぎ始めた。少しして、さっきの女の子と店主らしい大男が料理を運んできた。
ウェイドとゴンドル、ラッセントは運ばれた食事にがっつき、旨そうに食べ出した。アイオンは水を一口飲んでから、大男が自分を見ていることに気が付く。
「あの、何か?」
「あんたらがブレイブレイドか?」
「はい、そうです」
「待ってたぜ。ラインベルクの方から伝書鳥がきたからな。一息いれたら、町長に会いに行ってくれ。依頼の詳細を聞ける」
「解りました」
「……若いな。あんたみたいな傭兵がいるとは驚きだ。団長はそこの爺さんかい?」
「いや、団長は儂じゃなくて、あんたが今まで話とったそこのお方よ」
大男が驚き、声をあげた。
「おいおい、冗談だろ。家の娘と大差なさそうじゃないか」
アイオンは苦笑する。店主はそれから少し話して、またカウンターまで戻っていった。
「若いっていうのは、そういう誤解を生むもんじゃ。信頼はこれから勝ち取ってゆけ、団長」
「ええ、わかっています」
店主は、アイオンが団長だと聞いて明らかに残念そうな顔をしていた。それは、明らかな偏見であった。
アイオンが絶対に逃れられない障害。それは若さだった。若すぎることは、どうしても傭兵業ではデメリットでしかない。経験がないと判断されてしまうためだ。
食事が済んだアイオンとゴンドルが、町長に会いに行くことになった。ウェイド達は宿を探すことになり、アイオンは町の奥にある一際立派な家へと向かって、そのドアを叩く。
アイオンとゴンドルを迎えてくれたのは、細身の老婆だ。優しそうな瞳にアイオンを映すと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「いらっしゃい。どうぞ」
老婆に案内され、居間の大きなソファーに座るように言われたアイオン達は、言葉に従いソファーに座る。テーブルを挟んで向かいにある椅子に、老婆が腰掛けた。
「さて、私に何かご用かしら」
「バッフルトの町長さんで間違いないでしょうか。酒場から話があったと思うのですが、山の魔物を退治するためにラインベルクからやって来ました、ブレイブレイドです」
「私が町長のメイヤーよ。そうなの、あなた達が、依頼を受けてくださる傭兵団なのね。遠い所からわざわざありがとう。もしかして、貴方が団長様?」
「はい。ブレイブレイドの団長、アイオンと申します」
「お若いのねぇ。私の孫よりはお兄さんだけど。ああ、話をしなくちゃね。
山に住み着いた魔物を退治してもらいたいの。そいつらはどうも知能が高いようでね。中々手を焼いているのよ。作物を荒らすし、鉱物を採ろうにも山を縄張りにしている魔物だから、山に入れば襲い掛かってくるしで、私達は頭を悩ませています。
魔物は主に、ここいらの山の中でも一番大きな山で、ジグ山という山に巣くっているようです。他の山にもいますが、その山が大元。それは魔物に襲われた町人達の話から割り出しています。
どうか、あの魔物達を退治してくださいませ」
町長が頭を下げてきた。アイオンは彼女が頭を上げるのを待ってから、口を開いた。
「お任せください。必ず魔物は打ち倒します」
町長は嬉しそうに笑って、お礼を述べる。アイオンはそれに返答してから、ゴンドルと共に町長の家を辞した。
「いや、理解のある方で良かった。正直言ってひやひやしておったのよ。実際に相手を見てから依頼を断る輩も多いと聞いておってな」
「あの人は、僕達を信用してくれました。それには応えなければ」
「気張りすぎで倒れるでないぞ」
ゴンドルがからからと笑う。アイオンはそれを聞いて、気を付けます、と言って笑った。
宿にてウェイド達と合流したアイオンは、仲間を集めて作戦会議を開いた。宿の一室で、部屋の真ん中にバッフルト周辺の地図を拡げ、その周りを全員で座りながら囲む。
「明日、魔物狩りを実行する。ええと、村長さんの話だと、ジグ山に巣くっているらしい。ここの窓から見える、あれだ」
アイオンの指先に、岩肌の灰色と木々の緑、その二色に分かれた山がある。そここそがジグ山だ。
「あそこに潜む魔物を狩ることになる。皆、しっかり休んでおいてほしい。まず、相手は群れで頭もいい。バラバラに動くのは危険だ。単独行動は控えてほしい。よってなるべく離れずに、全員で纏まって行動したいのだけど、それについて意見は?」
「半々で分かれて行くのは?」
「それも考えたけど、戦力にばらつきが出ると思うんだ。魔物の知能は高いそうだから、戦ってみて弱い方に殺到してくると思うんだ。それは危険だ」
「ふむ、纏まっていくとして、配置は?」
「前には、僕とウェイド。中列にミーシャとラッセント、後列にティラとゴンドルでどうだろう。中列の二人には、前列後列の援護を頼みたい」
「いいんじゃなーい?」
「ま、いざとなったら誰か盾に出来そうだし、あたしも構わないわ」
「頑張ります!」
「敵の数によっては、配列の関係なく入り乱れての乱戦になるだろう。くれぐれも気を付けて。じゃあ、この並びで明日出発する!」
全員の賛成を得て、アイオンはジグ山を睨む。
かつてジリハマ村でやっていたことをやるだけ。唯一の違いは、アイオン自身が仲間の命を預かっていることだった。
責任感を強めながら、アイオンはまだ見ぬ敵に武者震いをする。遂に、己のため、仲間のために剣を振るう時がきた。




