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最後の剣  作者: 二口 大点
力と仲間
22/88

~ティラの鎧~

 バッフルトまではラインベルクから徒歩で五日、シーアと呼ばれる馬に似た魔物に乗って走れば三日程の道程になる。


 アイオン達はシーアを所有していないので、徒歩で行くことになった。勿論、ラッセントとミーシャは不満を口にした。


 酒と食べ物の芳醇な香り漂う賑やかな酒場にて、ミーシャが分厚い木のテーブルを叩いた。ティラが体を震えさせる。


「ちょっと、五日も歩き通しなんて御免よ?」


「魔物車なり借りちゃえばいいんじゃないの?」


 それにゴンドルが溜め息混じりに答えた。


「それだけの資金が、今わしらにあるのかね?」


「団長の懐は暖かいはずよ。結構な重みの金袋持ってたはずだからね」


 アイオンがおもむろにダンカードから貰った金袋を取り出す。だが、アイオンはそれを見てから首を横に振った。


「これだけじゃ、とても魔物車なんて借りられないよ。僕たちが食べていく分しかないんじゃないかな」


「ぐちゃぐちゃ言うんじゃねぇ。お前らにも足は付いてんだろうが! 徒歩で行くぞ!」


 それが鶴の一声になった。無論ミーシャは反論するが、なし崩し的に徒歩で行くことに決定する。ラッセントはもうどうでもよくなったのか、酒をかっ食らって食事を開始した。


 それからは準備時間に一日費やし、一晩宿に泊まってから、アイオン達はバッフルトを目指して出発した。


 平原をひたすらに歩く。草の香りが風に乗ってアイオン達を包み込んだ。日差しは柔らかで、アイオン達がバッフルトへ向かうに絶好の日和となった。


 しかし、歩き出してから一時間もすると、進行速度に違いが現れ始めた。


 アイオンとウェイドは、ラインベルクでスケイルメイルを調達し、銅にそれを装備しており、腰には昔から使っている愛用の剣を差している。


 ラッセントとミーシャは軽装である。ミーシャはいつも通り、露出が多く見ようによっては踊り子のような衣装だ。ラッセントは下に羊毛で織られた服に、上着として滑らかな素材で出来たマントを羽織っている。それは至って普通の服装で、とても戦いに行くためのものではない。


 ティラとゴンドルは重装である。ティラは相変わらずぶかぶかの銀鎧と、両刃の長剣を背に、必死にアイオン達に着いていく。ゴンドルは重厚な白い鎧を着ており、手には斧槍を持っている。


 装備の違いは、明らかに体力の奪い方を変えていた。


「ティラちゃん重くない?」


「こ、これくらい何ともありません」


「息上がってるよん。無理しちゃ駄目だよー。大将、休憩しようよ」


「……そうだね。じゃあ少し休憩しようか」


 街道を外れて、草むらに全員が腰を下ろした。ラッセントとウェイドは寝っ転がって体を伸ばしている。


 ティラは汗を拭いながら、荒い息を吐いた。アイオンが彼女の脇に移動し、腰掛ける。


「ティラ、どうしてその鎧と剣を? 正直、君には合わないというか、文字どおり荷が重いんじゃないかな」


「す、すいません。私、早速足手まといになっていますよね。この鎧と剣は、唯一残ったものなんです。私のお父さんはセーデ国の騎士でした。でも、ある日魔族にセーデが襲撃されて、父は奮闘の末に死に、母もその戦争の最中に……。


それからは、親族の下に身を寄せました。でも、ただ黙って平穏に過ごしていくなんて出来なくて、気が付けば父の形見として残っていたこの鎧と剣を装備して、この国にやって来ていました。


この鎧と剣で戦うことが、仇討ちするに当たって意味があるんです。父と母の無念を晴らすために」


 ティラの表情は、語るにつれて神妙なものに変わっていった。組んだ手のひらを固く握り締める。


「父は、立派な騎士でした。強く、雄々しく、誇り高い人でした。私もいつか、お父さんのような騎士になりたかった。


でも、私は女ですから、そんなことは夢でしかあり得ない話だったんです。


それでも、憧れだけでも持てて、私は幸せでした。

私は、それら全てを、夢を、憧れを、大切な両親ごと掠め取ったあの魔族を許せません。


だから剣を手に取りました。だからこの鎧を着ました。思い描いていた姿とは程遠いけれど、それでも私は強くなって、いつかあの魔族を……!」


「そうだったのか。君も魔族に大事な人を奪われたんだね」


「君も?」


 アイオンはジリハマ村のことを話した。自分の村で起きた惨劇を、隠さずに伝えた。話す最中、アイオンが視線をずらすと、ティラ以外の全員もアイオンの話を聞いているようだった。


 話終えると、ウェイドが起き上がって拳を自分の膝に叩き付けた。


「野郎、今度会ったら八つ裂きにしてやるぜ!」


「ほう、若いのになぜ傭兵なんぞにと思うておったが、そんな理由がのう」


「ティラ、君の仇の名前は?」


「確か、そう。アスラデルトという魔族です」


 アイオンはその名前に聞き覚えがあった。ノヴァとハルバーティスの会話に挙がっていた、魔の三将軍の一人に違いなかった。


 数奇な運命。それによって導かれた仲間達が、アイオンの下にいる。


「さあて、そろそろ行こうぜ! バッフルトまでは長いんだしな」


「行くならちゃっちゃと行きましょ」


「なんだ泥棒。珍しいな」


「ミーシャよこの猪。歩くならさっさと行きたいだけよ」


「誰が猪だこら」


「あんたよ。それともガチョウ? ガアガア五月蝿いし」


 喧嘩ごしになる二人をゴンドルが宥める。ラッセントは笑いながらその様子を眺め、アイオンも微笑みながら立ち上がった。


 アイオンはティラに手を差し伸べ、ティラを立ち上がらせる。


「さあ、行こうか」


「はい、アイオン団長!」


 バッフルトまではまだ遠い。長い道のりを、アイオン達は着実に進み始めた。

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