~王都ラインベルク~
アルトリア国は歴史が深い。それは国というものが生まれた時代まで遡る。
慈愛の女神アルアリアには、双子の妹である運命の女神アルトリアがいるのだが、このアルトリアこそがこの国と関わり深い。
かつてアルトリア国の王都ラインベルクのある辺りに降り立った運命の女神は、人々に予言し、その生活を助け未来へと導いた。
それは人々の文化が、彼女の見ている未来を創るために遅れていたからこその救済だとも、慈愛の女神の命で行った善意ある救済だとも言われている。
アイオンは今、そのアルトリアが降り立ったという王都、ラインベルクを前にしていた。
ジリハマ村から南西に三日の距離で、途中にある村で身を休めながらここまでやって来たアイオンとウェイド、ダンカードは、さすがに疲れた様子を見せる。
王都ラインベルクは、四方を堅牢なる石積みの壁に覆われ、さらにその周囲には堀による水路があり、王都に入るためには一本の橋を渡らなければならない。
いざ攻められても万全の防御を整える王都を、ウェイドは口を開けて見上げる。
「でっけぇなあ。さすがに家の村とは大違いだぜ」
「ラインベルクはアルトリアの王都、つまりは要となる場所だからな。柔な所ではない。さて、止まっていないで、中に入るぞ」
ダンカードは臆せずに橋を渡る。アイオンとウェイドは、旅慣れていないこともあって、たどたどしくその後を着いていく。
巨大な門を前にすると、アイオンがそれを見上げた。
「大きい……」
門の前には兵士が二人立っており、ダンカードを見るやいなや、両足を揃え背筋を伸ばし、緊張した面持ちになった。
「ダンカード様、お久し振りです」
「開門、開門!」
兵士が叫ぶと、城壁の上から人の頭が覗く。そして少し経つと、重々しい門の扉が開き始めた。ウェイドはそれに驚いたのか、開いた瞬間は肩を竦め、開いている今は門の仕掛けに興味深々となっている。
アイオンは、門の中に広がる世界に釘付けになっていた。白い壁に赤い屋根の家々が連なり、目の前一直線に伸びる石畳の道には、ジリハマ村とは比べ物にならない程の人達が交雑している。
ダンカードが、兵士に礼を述べて中に入るのを見て、アイオンはウェイドを引っ張ってその後に着いていく。
初めて見る風景にアイオンは戸惑っていた。しかし、同時に新鮮でもあるらしく、見るもの全てに目を輝かせていた。
ダンカードがどこかの店に入る。アイオンとウェイドがそれに続くと、内部はお祭り騒ぎの男や女達で大盛り上がりとなっていた。
丸いテーブルには四つの席が付けられており、それが全部で十ある。カウンター席は八つ程とそれなりに広い酒場で、ダンカードは迷わず開いていたカウンター席に着いた。アイオンとウェイドがその隣に腰かける。
「すげぇ場所だな」
「あの、師匠。ここで何を?」
「食事だ。ここでは酒以外も取り扱っているのだ。なあ、店主よ」
そういうと、口髭を蓄え太った店主が笑う。
「ああ、たっぷり食っていけよな坊主とお嬢ちゃん! ガハハハハ!」
「お嬢ちゃんじゃないです」
「うん? なんだちゃんとついてんのか? これは失敬失敬! ガハハハハ!」
アイオンは怒れずにいた。目の前にいる店主の大声に押され、どうにも言葉が続けられないらしい。
少しして、サラダと豪快に切られた肉盛り、そしてパンが出され、ついでだとミルクを出された。ウェイドは早速料理にがっつき、アイオンは細々と食べ始める。
「美味い! おっちゃん料理上手いんだな」
「ガハハハハ! ありがとよ坊主!」
「あの、師匠。ここにいる人って、もしかして……」
「ほう、気付いたか」
そういうと、ダンカードは店内を見回した。アイオンもそれにつられて見渡す。店内には武器を所持した大男や、ナイフを腰に下げた女など明らかに一般民ではない連中ばかりが揃っている。
「ここは、傭兵登録もしている場所でな。だからお前たちを連れてきた訳だ」
「あん? なんだなんだ、ダンカードさんよ、この小僧どもが傭兵になるってのか?」
「ああ。魔物退治専門のな」
「冗談、じゃないな。あんたは冗談を言わない男だ。よし解った! お前ら、この書類にサインしな!」
ペンと紙が出され、出された紙にアイオンとウェイドが署名する。それを店主は受け取り、判子を押した。
「おめでとう。これで晴れて傭兵登録完了だ。今日からお前ら、しっかり働けよ!」
「ふむ、では後は任せる。アイオン」
「はい?」
アイオンの手に、ダンカードは手のひらサイズだが、重そうな袋を渡した。アイオンはそれが何なのか判らないらしく、目でダンカードにこれは何かと訴える。
「それは金だ。これから入り用になるだろう。残念だが、私には行かなければならない場所があってな。ここでお別れだ」
「そうなんですか」
「なんだよ、どこ行くんだよ?」
「すまん。ではな」
そう言って、ダンカードは足早にその場から立ち去る。ウェイドは出された食事を口に詰めて、忙しなく顎を動かしながらその背中を見ていた。
「なんなんだろうな、おっさんは。でも、なんかあっさり傭兵になれたな」
「そうだね。あ、あのすいません。傭兵の仕事ってどうやって受けるんですか?」
「ガハハハハ! そう、先走るな。依頼はほれ、カウンターの脇にあるボードに、山程紙が貼ってあるだろう。あの中から選んで、俺に渡してくれれば依頼を受理したことになるぜ!」
「成る程な。簡単じゃねぇか」
「名が売れると、名指しで指名なんてのも有り得るから、そうなるのが理想ってところだろう。ああ、あともう一つお前さんらに言っておくとだ。基本的に魔物退治専門の傭兵業ってのは、少数メンバーで行ってもらう。人間の方は数がいるんだがな、魔物退治の方は、ちょいと面倒臭くてな」
「なんだよ?」
「人間の戦争のために傭兵集める時は、やっぱり数の多い傭兵団が活躍出来るもんだ。だが、魔物退治専門の方は違う。なぜかって、依頼主が違うからだ。傭兵団雇う連中ってのはその国の偉い奴、対して魔物退治の方は、貴族から市民、村長に子供までと幅広い依頼主がいるわけだ。だから、はっきり言うと雇う金額が少ない奴らが人気なんだよ。つまり、支払う金の少ない少数精鋭の傭兵団ってことだな」
「なんか、世知辛いな」
「ガハハハハ! 魔物が貴族と王族だけ狙えば良かったんだがな」
「あの、傭兵団が雇われるってことは、僕達もどこかに属すか、自分たちで作るかしないといけないんですか?」
「うん? ああ、そうだった。まあどこかの傭兵団に入れてもらうのが一番だが、自分たちで立ち上げても問題ないぜ。ただ傭兵団と名乗る以上は、最低でも五人以上は欲しいな」
「なんでだよ? 俺らこう見えても結構強いんだぜ?」
「安い傭兵団が人気って言ってもな、限度ってもんがある。金を払うのは依頼主だからな。確実に依頼をこなす実力が欲しい、しかし出費は抑えたいってのが心情な訳だ」
「成る程。いくら安くても、数が少ないと依頼を達成出来ないと思われて、信用されない訳ですか」
「そうだ。まあ魔物退治専門の傭兵団ってのは、大体は十人前後の数が相場なんだな。だから少なくとも五人は欲しいところだ。なんなら、俺が人を募集してやろうか? ただし、人材の保証はしねぇけどな」
「おっ、じゃあ頼もうぜアイオン」
「そうだね、じゃあお願いします」
「ああ、その前に傭兵団を立ち上げるなら、その団の名前と団長を決めてくれ」
アイオンとウェイドが顔を見合わせる。すると、ウェイドがいやらしい笑みを浮かべて、アイオンは嫌そうに顔をしかめた。
「団長は、アイオンで!」
「えっ、ちょっとウェイド!」
「そうだな、後は団名か」
「勝手に進めないでよ。なんで僕が団長なのさ?」
「よし、アイオン。お前が団長なんだから、お前が決めろ!」
「……話を聞いてよウェイド」
アイオンは溜め息を吐きながらも、渋渋考え始めた。腕を組み真剣に悩むアイオンの傍らで、勝手に決めてアイオンに押し付けたウェイドは、我関せずといった様子でまた食事を開始した。
「ブレイブレイドっていうのはどう?」
「勇気の剣、か? ブレイヴとブレイドを合わせるあたりが憎らしいなおい! いいと思うぜ」
「じゃ、その名前で登録しておくぞ。さて、人を集めるのは時間がかかる。そうだな、明日の昼ぐらいまでは待ってくれ。ああ、宿は王都に何件かあるから、そのどっかに泊まるといい。まずは傭兵の仲間入り祝いだ。ただで飯食わせてやるから、じゃんじゃん食いな!」
アイオンとウェイドは、ここで新たな役目と居場所を作る。アイオンは決意に燃える。村の惨劇による、守れなかった後悔、父への仇に対する憎悪、そして母を止めるという思いを秘めて、少年の魂は燃え上がっていた。




