~永劫の別れ~
そこには絶望のみがあった。アイオンは疲労した肉体で立とうとするが、足が痙攣して動かない。
「終わりね」
ノヴァがアイオンの頭目掛けて、剣を振り下ろした。だが、アイオンの頭に届く前に鉄がぶつかる音が響いた。ノヴァの剣を、別の方向から伸びた剣が受け止めている。アイオンがそちらを見れば、ウェイドが必死の形相で剣を突きだしていた。
「ウェイド!? 逃げたんじゃ!?」
「馬鹿野郎! 俺一人生き残ってどうすんだよ!」
ウェイドが顔を赤くしながら剣を重ねて押した。だがノヴァは涼しい顔でそれを押し返し、ウェイドを弾き飛ばした。ウェイドはよろけて数歩下がると、そのまま尻餅を着いた。
「話にもならない」
ノヴァが再びアイオンを見た。剣を構えて、アイオンの顔の横に当てる。
「……僕を殺すことが母さんの思う運命だっていうなら、好きにすればいい」
「死を、受け入れるというの?」
「父さんだって、同じことを言うよ。でも、それが本当に母さんのしたいことであるなら、だ」
ノヴァの手が止まる。アイオンは強い光を目に映した。
「私の、本当にしたいこと?」
「そう。僕を斬りたいのか。それとも、それに迷うなら何がしたいの?」
「私は――」
言葉を切って、ノヴァはアイオンの目を見つめる。そして、亡き夫の方を眺めた。
その時、村の奥から家が崩れ落ちる音が轟き、ノヴァは瞬時にそちらを見遣った。
「……ダンカード。あの男とハルバーティスは戦いに夢中のようね。こちらを見ている余裕はなさそう」
「くそっ、おばさん、なんでこんなことするんだよ!」
立ち上がったウェイドが猛る。ノヴァはアイオンから目を離さずに、ウェイドに横顔だけを見せた。
「これが本来の私だからよ。そう、情なんてなかったはずなのに」
ノヴァはそう言うと、ダインの亡骸に歩み寄る。そしてその場に片膝を着いて、ダインの腰辺りに差さっている鞘に巻き付いていた、ペンダントを手に取った。
「この人、ペンダントだっていうのに首に下げるのが嫌いでね。まぁ、中身を見られると困るから、わざわざ目立たないようにしていたのだけど」
ノヴァがアイオンの顔の前にそのペンダントを投げ付けた。そして再びアイオンの手前に立つと、手をアイオンにかざした。
アイオンは震える手でペンダントを握ると、目を閉じる。ウェイドは慌てて剣を手にノヴァに向かって走ろうとしたが、ノヴァの詠唱の方が早かった。
「その身に宿る生命よ。汝の運命を守るため、その身に受けし苦痛を消し去れ。我が言葉に従い、汝の肉体を『治癒』せよ」
柔らかな光がアイオンの身を包む。ウェイドはノヴァが攻撃していないと察したのか、足を止めた。
アイオンは勢いよく立ち上がった。それを見て、ウェイドは声を上げ、アイオン自身不思議そうに自分の体を見ている。
「今のは、覚えておきなさい。きっと役に立つわ」
「どういうこと?」
ノヴァはアイオンに背を向けた。アイオンの目に、母の華奢な体が映る。
「呆けている暇はないわ。早く行きなさい」
「え……?」
「早く行きなさい! 逃げるのよ、アイオン。そして、剣なんて捨てて、家族を作って、平和に暮らすの。そしてウェイド君と一緒に笑って、泣いて、怒って。幸せになりなさい」
「母さん」
ノヴァの肩が震える。アイオンの目から涙が零れた。
「母と呼ばないで! 私は人間に非情になれる。だから慣れ親しんだ村人達だって、躊躇いもなく斬り殺したわ。でも、でもね。駄目なのよ。アイオン、貴方は斬れない。生きてほしいのよ!」
「……勝手だよ。勝手すぎる!」
アイオンもまた、ノヴァに背を向けた。左手に握ったペンダントを、より力を込めて握る。
「どんなことをしても、どんな人でも、貴女だけが僕の母さんだ。だから、母さん! 今まで、ありがとう。僕は母さんが大好きだ。たとえこれから、その絆が断たれることになっても!」
「アイオン、愛しているわ。だから行きなさい。いつの日か、会わないことを祈りたいわ。いいえ、もしも貴方が剣を捨てないのなら、私を、止めてみなさい」
アイオンがダンカードが投げ付けてきた剣を右手に握り締めながら、左手で目を擦る。
「さようなら、母さん」
「さようなら、アイオン」
アイオンは凛とした面持ちで、森に向かい歩みだした。
「行こう、ウェイド」
「で、でも村が――」
「生き残りがいると思う?」
アイオンは決して後ろを振り向かなかった。ウェイドは村を眺めて、歯を食い縛る。
血が大地に零れ、家々は何かの力により切り裂かれ、形を保っているのが不思議な程だった。
村の奥の方から、音が聞こえる。だが、それは戦いのものとは思えないほど静かで、何が起きているのかは判らない。
不意に、ウェイドが見ている風景がぶれた。次の瞬間、大地に一直線の傷が付いた。
「な……!」
「行こう、ウェイド。もうこの村に生き残りはいない」
「なんでそんなに冷静でいれるんだよ! まだ判らないだろ!」
「冷静?」
アイオンがまだ濡れた眼でウェイドを睨んだ。
「冷静でいられるものか! 悔しいよ、恨めしいよ、出来るならどうにか皆を守りたかったさ! だけど、だけど僕達に何が出来るって言うんだ!」
ウェイドが黙る。反論しようにも、彼にはその言葉がなかった。
「師匠なら、きっと大丈夫。ドラゴンとも渡り合った人だ。それに、僕達がいたら師匠の足を引っ張ることにもなる」
アイオンが口惜しそうにそう吐き捨てて、前に進む。ウェイドは死んだ村を眺めながら、その後を付いていった。




