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最後の剣  作者: 二口 大点
変革時代
15/88

~種族の差~

 アイオンは泣きそうな顔でダンカードを見た。ダンカードはアイオンに一度目をくれると、またすぐにハルバーティスに目線を戻す。


 ノヴァはアイオンの側に立っていたが、その視線は一つに留まらない。ダンカードを見て、アイオンを見て、そしてダインの亡骸を眺める。


「……なぜ今なの」


 アイオンはノヴァの声に振り向いた。ノヴァもまたアイオンの動きに気付いて、アイオンに視線を動かす。


「なぜ今、私は再び剣を取ることになったのかしら。ねぇ、アイオン」


「母、さん?」


「魔族として認めたくはない。私は魔王ギルヴァネア様に仕える三人の魔将軍の一人であるというのに。でも、それでも私は、ダインを愛していた。勿論、アイオンのことも愛しているわ」


「なら、戦うことなんかないよ!」


「アイオン。私は愛していようとも、お前と戦わなければならない。それが生まれ持った運命!」


 ノヴァが再び剣を構える。アイオンはたじろぎ三歩程後ろに下がった。


 ノヴァの目から、一筋の涙が零れる。優しさが籠った眼差しは、再び鋭く冷たいものとなった。


「さあ、覚悟しなさい! 私の過ち、愛しいアイオン!」


「種族なんか関係ないよ。父さんだって言っていたじゃないか!」


「人間は言葉で簡単に言えても、私達魔族には言えないわ」


 アイオンは、ダンカードから聞いた魔族の話を思い出した。魔族は強者に従う。それは魔術の如く、言霊によって縛られていることだと。


「魔王に従わなければ、どうなるって言うんだ」


「アイオン、貴方のそもそもの間違いは、魔族には従わない、という選択肢がないことよ。魔術と同じで、従わせてしまえば後は自分の思うがままに操るだけ。私達も同じよ。一つの意志の下に動けるからこそ、魔族は人間よりも優れているのよ」


 ノヴァの剣がアイオンの腹を狙って薙ぎ払われた。アイオンはそれをかわし損ね、腹を覆った鎧に傷が付いた。


「でも、そうね。感情までは操れないのなら、抗う力は生まれるのかもしれないわね……」


「ぐぅ、母さん!」


「母とは呼ぶな。私には、母である資格はない」


 悲しげに微笑んで、ノヴァは再び剣を振る。アイオンはそれを紙一重でかわし、ダンカードが投げ付けた剣を抜いた。それを構えて、ノヴァと相対する。


 二人が剣を振り抜き、剣が重なる。激しく打ち合った剣から、高い音が鳴り響いた。鍔ぜりあいをしながら、ノヴァはアイオンを睨み付けた。アイオンは、その瞳を潤んだ目で見つめる。


「どうしても、やるしかないんだね」


「ええ、そうよ。もっとも、勝負にはならないけれど!」


 アイオンが押され、後ろに仰け反る。その隙を突き、ノヴァの蹴りがアイオンの腹に炸裂した。アイオンがさらに後退したところで、ノヴァは剣を構え直して、鋭い突きを繰り出した。


「もらった!」


 アイオンは咄嗟に動けなかった。だが、その攻撃は横槍が入ったことで逸れ、アイオンの脇腹をかすめる。


 ノヴァの体に体当たりを仕掛けたのは、ウェイドだった。


「ぐっ、貴様!」


「おっと、危ねぇな」


 ウェイドはノヴァの剣を避けて、自分の剣を抜いた。ノヴァは距離をとったが、自警団の生き残りが参戦し、ノヴァの周囲を囲む。そしてウェイドがアイオンの側に寄った。


「へっ、何がどうなってんのか知らないが、助太刀するぜアイオン!」


「だ、めだ」


「何だって?」


「皆、逃げるんだ! 母さんと戦ってはいけない!」


 自警団員が反応する前に、一人の首が飛んだ。それはウェイドの横に転がってきて、ウェイドは情けない声を出してそれを避ける。


「鈍いぞ、民兵ども」


 一方的だった。銀の線が空を走っただけだった。剣を振るうこともなく自警団員はあっという間に斬殺され、ウェイドとアイオンはそれを見ているしか出来なかった。否、動くことすら出来ずにいた。


「嘘だろ、十人近かったのに、もう皆……」


「ウェイド、師匠は?」


「あっちで変な爺さんと戦ってる。おっさんは援護無用とかいうから、今いた連中とお前を助けに来たんだ。けど、これじゃ自分が生き残るので精一杯じゃねぇか」


 アイオンはしっかりと地面を踏み締めて、ウェイドの前に出た。そして剣を構えると、呼吸を調える。


「ウェイド、逃げてくれ。僕が母さんの足を止めるから。だから」


「ふっざけんな! 一人で逃げるなんて、御免だぜ」


 ノヴァが笑う。笑い声を聴いて、ウェイドとアイオンはノヴァを凝視する。


「残念ね。その心配は必要ないわ。誰も逃さないからね」


「いいや、僕が守ってみせる。絶対に!」


 アイオンの体から、青白い光がほとばしる。ウェイドはアイオンから少し離れた。


「束縛されし魂よ、汝の輝きを示し、その光を解き放て! 我は言葉を紡ぐ者、アイオンの名の下に『覚醒』せよ!」


 アイオンが纏う光が強まる。それを見て、ノヴァは目を見開いた。


「高等な魔術を使うわね。息子としては誇らしいけど、敵としては厄介な!」


 ノヴァが手をかざすが、アイオンは一気にノヴァとの間合いを詰めて、両手で握り締めた剣を振り下ろした。ノヴァがそれを片手で握った剣で受け止める。


「ぐっ!?」


「詠唱はさせない!」


 そのまま連撃を繰り出して、ノヴァの手を休ませないアイオン。ノヴァは詠唱出来ずに、防戦一方となった。



 ノヴァはアイオンの斬り上げをかわすが、即座にアイオンは体を捻って回転斬りに移行し、ノヴァに反撃の暇を与えない。ノヴァが舌打ちをする。


「流石に、厄介な力ね。でも、混血のお前には無理がある魔術よ!」


 アイオンは優勢に見えるが、実は非常に焦っていた。ノヴァは人外の動きをするアイオンの斬撃を受け止めて、さらにはかわしたりと、傷ひとつ負っていないのだ。


 人間が魔族と対向出来ているのは、あくまで数で勝っているからである。素直に力では魔族の方が上で、だからこそ魔族は数を補うために魔物を生み出した。


 アイオンは今、種族間にある力の差を思い知った。


「この状態で、互角なのか?」


「アイオン、それは違うわ。剣では互角でも、私は魔族よ? 魔術を使って初めて本気と呼んでいいの。貴方は私の半分の力と互角なのよ」


 アイオンがその言葉に驚いた隙に、ノヴァが反撃に出た。互いの剣が幾重にも交わり、攻防一進一退の戦いが繰り広げられたが、遂にアイオンの魔術が限界時間を迎えた。


 アイオンが地面に崩れ落ちる。そして地に伏したアイオンが見上げた先には、息一つ切らさず、ただ氷のような冷徹な眼差しをアイオンに発したノヴァの姿があった。

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