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最後の剣  作者: 二口 大点
変革時代
13/88

~ひび割れる日常~

 ダンカードが再び村を訪れて二日あまりが経った。アイオンは中々ダンカードと話す機会を作れずに、自警団としての仕事をこなしていた。


「ウェイド! 右だ!」


「判ってるっつーの! おら、お前は左だ左!」


 アイオンとウェイド、それに自警団数名は村の窮地に奮闘する。


 森に現れた魔物は、アイオン達がこれまで見たことがなく、尚且つ強い。


 鋭い牙の並んだ裂けた口を持つ馬面で、頭部には横に伸びた角が二本生えている。焦げ茶色の体毛に覆われており、手足は猿に近い。上半身に比べて下半身が小さく、アンバランスな体格をしている。二足歩行と四足歩行を使い分けているが、主に二足歩行しながら移動している。


 それが二方向から村を襲撃してきたのだ。だが一方をダンカードが引き受けたために、アイオン達は全力をもってもう片方に当たっていた。


 アイオンの剣が見慣れぬ魔物の皮膚を切り裂いた。だがその魔物の肉は分厚く、そう簡単には怯まない。アイオンに対してその腕で一撫ですると、アイオンの体は宙を舞った。


「ぐっ!?」


 アイオンは宙で体を捻って地面に着地するが、魔物の追撃はその眼前に迫る。だがアイオンは避けようとせず、魔物から放たれた拳を見据えた。その攻撃を受けた瞬間、剣を傾けて拳の力の向きを微弱に変えつつ、刃を立てて敵の皮膚を斬り流した。一直線に斬れた魔物の腕から血が噴き出て、ようやく魔物は後ずさる。


 そこを、今度は魔物ではなくアイオンが追い討ちを掛けた。


 白銀に煌めく輝きに、赤い液体が張り付いている剣をアイオンは薙いで、剣に付いた血を魔物目掛けて飛ばした。それは魔物の片目に入り、魔物の視野を狭める。


 アイオンが迫った。魔物がそれに迎え撃つ。先制したのはアイオンの剣だった。魔物の片足を斬りつけてから体を回転させて、さらに力を込めた一撃を魔物の片足に叩き込んだ。魔物が平衡を崩したのかよろめいたのを見て、アイオンは魔物の背後に回る。


 魔物もその動きに着いてこようとしたが、脚の怪我が響いているのか動きが遅く、アイオンはそれを好機と斬りつけた脚をさらに斬り裂いた。さらに剣をその脚に突き立てて、深々と刺さった剣を勢いよく引き抜くと、アイオンに濁った血液が降りかかった。


 魔物が悲鳴を上げて転倒する。三本脚で立ち上がろうとするが、アイオンに慈悲の二文字はなかった。


 アイオンは先に傷付けた魔物の腕に向かって駆け、勢いよく踏み込んで剣で薙ぎ払った。魔物の拳が腕から切断されて、魔物は地に伏せる。


 それでも立ち上がろうとする魔物を前にして、アイオンは躊躇わずに接近し、懐に飛び込んだ。


「終わりだ」


 輝く一閃が走ると魔物の首に線が入り、そこから血の雨が降り注いだ。アイオンがそこから少し離れると、魔物はその体を徐々に崩していき、最後は倒れた。


 鼻と口から血を流す魔物を、アイオンは冷血な目で見つめてから、仲間の援護に向かう。


 討伐が終わった頃には、日は落ちはじめていた。自警団は久方ぶりの大仕事に疲れながら帰宅していく。


 アイオンとウェイドは、村に程近い森の出入り口の木陰に座り込み、疲れを癒している。


「はあー、いやいや久しぶりの大物だったな。これぐらいじゃないと、戦いって気がしないぜ」


「そうかな。あんなに手強いのが何度も出てこられたら、堪ったものじゃないよ」


「馬鹿だなアイオン。戦いってのは生温いもんじゃ駄目だろが。緊張感と緊迫感がなけりゃ、それはただのお遊びになっちまうぜ?」


「そうだとしても、僕は生温い方でいいよ。皆が傷付かない方がいいに決まってるよ。……今回は、こちらがわの被害者も出たしね」


 ウェイドが口をつぐむ。何か言いたいようなのだが、その口から言葉を発せられないようだ。


 今回の戦いで、一人が死亡、二人が重軽傷を負った。自警団は決して多くないために、痛手でもあり、何よりも悲しいことだった。


 アイオンは仲間の死に胸を痛めながらも、はっきりとした疑念を口にする。


「やっぱり変だ。魔族が動き始めたにせよ、どうしてこの村にだけこんなに強い魔物が出没するんだろう?」


「そうか? おっさんの話だと、各地でって話だろ」


「本当にそうなのかな。ドラゴンだって出たし、下級の魔族も現れた。そして今回はあの魔物だ。各地って言っても、どうしてこんなにこの村に来るのさ? 何か原因があるんじゃないかな」


「原因ね。でもよアイオン。俺達はこの村しか知らない訳だし、他の町や村もこんな感じなのかもしれないだろ? お前の考えすぎなんじゃねぇか」


「それなら、いいんだけど」


 アイオンは腑に落ちないらしく、腕組みをしてさも難しそうに怖い顔をする。ウェイドはそれを眺めてから、溜め息を吐いた。


「ま、難しく考えるだけ意味ねぇよ。答えなんか出やしない問題じゃんか。それより、お前早く家帰んなくてもいいのか? お袋さん、体調悪いんだろ」


 はっとして顔を上げたアイオンは、ウェイドに慌ただしく別れを告げてその場を走り去っていった。


「元気だなあいつ。しかし、確かに最近魔物の数が多いよな……」


 ウェイドの視線の先で、森がざわめいた。


 アイオンは急いで帰宅した。ドアの前で息を調えてから、ドアを開ける。


「ただい──」


 アイオンは見知らぬ人物が家の中にいるのを見て、思わず固まった。その人物はアメリアのベッドの側にいて、真っ黒いローブを深々と着ている。


 その姿に、アイオンは幼い日に見た奇妙な人物を思い出した。予言者のような、狂人のような人物だった。だが、その人物ではなさそうだと判断できた。


 ローブから覗く顔の部分から、真っ白い髭が覗いていたからだ。


「だ、誰?」


「おや、これは失礼。君は、まさかこの女性の子かね?」


 男にしては高い方の声だが、やはり年もあるのか微かに嗄れている。


「そうですが、母さんの知り合いですか?」


「そうとも、そうとも。彼女とは古い馴染みでね。ようやく発見することが出来た」


「母さんには記憶がないんです。過去のことは全て。貴方は本当に母の知り合いなのですか?」


「うん、うん。まあ簡単には信じてもらえないとは思っておるよ」


「いえ、信じてもいいですよ。だからこそ問います。魔族にしては堂々と現れますね?」


 老人は高笑いをした。アイオンは真剣な眼差しを老人に発した。


「ほう。やはり判るのかね。さすがはノヴァ・グランケの娘よな」


「声で分かりませんか?」


「失敬、息子殿」


「ノヴァ・グランケとは母の名ですか?」


「質問ばかりだな、少年。その通りだ。それにしても数奇な運命の下に生まれ落ちたな、息子殿」


 アイオンは睨みを強めた。そして剣に手を掛ける。


「どういう意味ですか」


「クハッ、いずれ知ること、後で知るがよい。さて、起きているのだろうノヴァ。いい加減に目を覚まして、息子と話してやったらどうかね」


 アイオンはアメリアを、ノヴァに目を移した。いつもと変わらない容姿の母が起き上がる。だがその目は冷たくアイオンに向いた。


「お帰り、アイオン。ごめんなさいね。ご飯はないわ。そして、帰るべき場所も今日限りでなくなる」


「か、母さん?」


「母と呼ぶな。私の過ちよ、せめて母と慕った私の手で安らかに逝きなさい」


 ノヴァの隣で、老人が笑みを浮かべる。アイオンは茫然と立ち尽くしていた。


「紅蓮よ、万物を消却する灼熱の力よ。灰塵だけを遺すその力を我に! 我は汝を縛る者、ノヴァの名の下に、『火』よ、我に従え!」


 ノヴァの周囲に顕現した炎を目にして、アイオンはようやく我に返った。手に炎を集めるノヴァを止めようとするが、アイオンはその手を止める。


 その目からは涙が流れていた。アイオンは拳を握り締めて、家から飛び出した。老人の高笑いが響く。そして、アイオンの生まれ育った家は、自らの母によって灰と化した。


 アイオンは剣を抜き放ち、自宅跡地に向ける。


 焦土となった跡地には、アイオンによく似た女性が立っていた。炎を纏いながら、アイオンを見つめるノヴァ。震える手で剣を母に向けるアイオン。


 運命は、分かたれた。

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