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最後の剣  作者: 二口 大点
変革時代
10/88

~変異~

 魔術の修練、そしてウェイドのくすぐり攻撃により地に寝転んでいたアイオンがようやく起き上がり、ウェイドと共に村に向かって歩き出した。


 森は繁栄していて、深い緑の葉が揺れている。足下には、地中から地上に隆起している木の根があり、ウェイドが時折躓きかける。魔物の皮で作られた鎧の留め具が、喧しく音をあげた。


「しっかし、なあアイオン。あのドラゴン以降、面白いことねぇよなぁ」


「ええ? 何度も魔物が村を襲ってきたじゃないか」


「そんなん、雑魚しかいなかったろうが。俺達が十歳くらいの時に、ようやく初陣を飾ったの覚えてるか? 確か、ブルーウルフが村を襲ってきた時だ。子供の俺らにいい様にやられてた、あの犬共を忘れたのかよ」


 アイオンは少し腕を組んで思い返していたが、すぐに、ああ、と少し目線を上にして言った。


「た、確かに手応えはなかったけど。なら、その次のロックリザードは? 体が硬かったし、大人よりも大きいから力も強かった」


「あー、あいつらは強かったな。でも、鈍重だったし、なにより間接部という弱点をあっという間に見抜いたのはお前だったろ。弱点が解ってからは、余裕だったろうが」


「そうだっけ。他に何かいたかな。確かあの後はバレルワームとか、シャドウバードとか……」


 急にウェイドは頭をばりばりと掻いて、唸るような声を発した。そして、自分の剣を引き抜く。


「だー、もう。そんな下位の魔物ばかりじゃ俺の剣が錆びついちまうぜ。やっぱり、もう一回あのドラゴンと戦いてぇな!」


「危ないから、剣を納めてよ。ドラゴンって、無謀だよ。師匠ですら苦戦していたのに、僕らが勝てる要素がどこにあるのさ」


「馬鹿野郎! いいか兄弟。戦士たるもの、自分と同等、あるいは格下と戦ってても腕は上がらねぇんだよ。やっぱり、強者に挑んでいかないとな!」


「強者に挑むにしても、相手は選ぼうよ。いきなり最上位の魔物と戦っても、腕が上がるどころか人生が終わっちゃうよ」


 ウェイドがようよう剣を納めながらも、終わる気配のない無謀な挑戦願望の話に相槌を打ちながら、アイオンとウェイドが村に着いた時だった。何か慌ただしい村内に、二人は顔をしかめた。


 アイオンとウェイドが駆け足で村を走り回ってみると、南の森に自警団の面々が揃っているのが見えて、すかさず二人はその中に合流した。


「おう、アイオンにウェイド! 遅かったじゃねぇか」


「頼むよ、お前らが切り込み隊なんだからさぁ」


「よし、今だ押せ押せ!」


 無精髭だらけの顔をした男や、年老いた男、細長い男など、村の男衆が武器を手に集まって、魔物と対峙していた。


 敵は豚のような頭に、人の体を持った亜人。身体中が毛むくじゃらで、腰にぼろ布を巻いている。手には棍棒や斧、剣と人の武器を握っている。


 村の男衆には、こいつらが何者なのかが解っていない。なぜなら、アイオンとウェイドも初めて相対する魔物だったからだ。


「なんだ、こいつら? 不細工だな」


 ウェイドが呟くと、突然魔物が一斉に甲高い声を上げた。どうやら怒っているらしい。


 アイオンが剣を抜いて構えると、一匹の豚頭が槍を手に前に出た。


「グヒッ、女か?」


「しゃ、喋った!?」


 自警団員がどよめく。アイオンもまた驚いていたが、すぐに魔物を鋭く睨み付けた。


「生憎と、僕は男だ」


「ナァンだ。まあいいか、邪魔くさいし、とっととくたばれ!」


 豚頭が槍をしごいてアイオンに攻めかかる。アイオンは槍の鋭利な切っ先を剣でいなし、それを自らの横に逸らした。豚頭が槍を返す間もなく、アイオンは槍に沿って剣を滑らせて、一気に豚頭の首を斬り込んだ。


 豚頭の首から、黒っぽい血が吹き出る。アイオンはそれを被りながら、前進して他の魔物にも剣を向ける。


 豚頭は全部で七頭いた。その内一頭をあっさり斬り捨てたアイオンに対して、豚頭達はたじろぎ、驚きを隠せないようだった。


「ぶ、ブヒィー!!」


 一頭の突撃を皮切りに、豚頭達は一斉に襲いかかってきた。だがアイオンは敵を見据えて微動だにしない。


 自警団の面々が、アイオンの応援として豚頭達と激突した。鉄の打ち合う音が拓けた森に響く。


 数ではアイオン達が優勢だったし、なにより実力が違ったため、豚頭達は戦い出して数合打ち合った後、自警団に押されて敗走を始める。


 それをよしとしなかったのがウェイドとアイオンだった。素早い追撃をかけた二人は、豚頭を数頭背後から斬って倒し、残り二頭ほどを逃したが、それでも立派に戦果を挙げた。


 アイオンは、斬った数頭の方を振り返り、息のある一頭に近寄る。


「お前達は何者だ? ここらでは見慣れないし、しかも喋る魔物なんて初めてみたが」


「ぐ、グヒヒ、俺達はオーク。魔物じゃあなくて、魔族よ!」


 自警団員にどよめきが走る。アイオンは冷静にオークを見つめる。


「おいおい、魔族だってよアイオン! こいつぁやべぇな!」


 そう話すウェイドは、楽しそうだった。アイオンはそれを見て溜め息を吐いてから、オークを睨み付けた。


「どこから来て、何の目的でここに来た!?」


「グヒヒヒヒ、さあな。まて、お前から何か臭うな。……こ、これは、これはまさか!?」


 そう言うと、オークは体を地面に擦りながら後ずさる。アイオンが片眉を吊り上げて、不審そうにオークを注視する。


 オークは怯えていた。先程まで不遜な態度をとっていたのに、アイオンの匂いを嗅いでから、誰でもないアイオンに対して恐怖を抱いているようだった。


「お、お前、まさかあのーー」


 その言葉が終わる前に、オークは絶命した。突然、風を切って飛んできた一本の剣が頭に突き刺さったからだ。


 アイオンが、剣の飛んできた道を振り返る。


 そこには、波打つ金髪と漆黒の鎧を纏った剣士、ダンカードが立っていた。

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