~伝説の鼓動~
その晩は、酷い嵐だった。風が木製の家に容赦なく吹き付ける。家の中にはその衝撃が伝わり、ガタガタと家全体が揺れるほどのものだ。
天井に吊るされた弱々しい灯火の蝋燭を入れたランプは、かろうじてこの家の内部を橙色に照らす。家に住まう夫婦はベッドに固まり、皺だらけの老婆が狭い家の中を慌ただしく動き回る。
「もう少しだ、頑張れ!」
ベッドの上で力む女性。彼女は苦痛に顔を歪ませ、その手を夫である男性が握り締めて励まし続けている。そうしていると、老婆が少し古びた桶に産湯を入れて持ってきた。
「おどき。男は出産現場には邪魔なだけだよ」
男は妻から引き剥がされ、老婆が代わりに女の横に立った。
「さあアメリア、あと少しだ。根性見せな!」
「か、母さん、アメリアは大丈夫なのか? 子供は!?」
「五月蝿いね! ダイン、あんたは黙って神様でも悪魔でも、その辺のネズミでもいいから手を合わせて拝んでな!」
アメリアが苦し気に呻くと、その直後に産声が上がった。その声を聴いて、ダインが老婆を押し退けてアメリアに近寄る。
「う、産まれた、産まれたぞアメリア! 男の子だぞ、それもな、とんでもなく可愛いぞ!」
「いきなり親バカ爆発させてどうすんだい。でも、よく頑張ったね」
老婆が産湯に赤ん坊を入れる。それを見て、アメリアは力なく微笑んだ。
「私の……赤ちゃん」
「ああ、僕らの子だよ」
二人の親に微笑まれながら、赤ん坊は泣き止んだ。老婆はやれやれ、と呟きながらも、手の中にいる小さな赤ん坊を見て、頬が綻ぶ。
「あなた、この子の名前は決めているの?」
「もちろんさ。この子の名前は、アイオンにしようと思う。きっと誠実で、優しい子になってくれるよ」
「良い名前ね。ね、アイオン?」
アイオンは、名前を呼ばれると大人しくなった。その様子からか、ダインは嬉しそうに笑う。
「気に入ったか? 全く、可愛いなあ」
「あなたったら……。ほら、声を大きくするから」
アイオンが再び泣き出し、ダインは慌てふためいた。老婆はアイオンを腕の中であやす。
「なにやってんだい。本当にどうしようもない父親だね」
嵐の晩に、幸福の声が響いた。