8.タイヤ公園
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覚醒、甲高いピアノで、それって着信音――。
目が覚めたっちゅうても半分程度や。
枕元を手で探ってスマホを掴んで、なんとか通話、「誰やぁ?」と問いかけた。
『残念ながら、おまえの兄上だよ、イクミ』
ああ、たしかに、兄貴の声や。
にしても、残念ながらとはこれいかに?
オレはめっちゃ眠い目ぇこすりながら、「なんの用なん?」とちょい不機嫌に問いかけた。
無理やり起こされたに違いないんやから、到底、ご機嫌とは言えへんなぁ。
『いいさ、存分に目覚めろ。待っててやる』
「暇なん?」
『珍しく隣には女がいる』
ひょえぇ。
いっぺんに目ぇ覚めた、リアルに珍しいことでしかないからや、特定の女なんて作ったことないくせに。
『ところでだよ、イクミ、今という時間は無限で順調か? 素晴らしいものか?』
大げさな物言いやと思う――ものの、兄貴らしい言い方やとも感じた。
「好きな女のコがでけた」
『それは聞いた』
「かわいいんやぞ」
『それも聞いた。用件を言うぞ』
「はいな」
エッセイを書いてみないか?
いきなりすぎる提案やったさかい、つい「ううん?」と首ぃかしげてしもた。
「なんやぁ、兄貴、どういうこっちゃ?」
『出版社に勤めている友人から話があったんだ』
「兄貴への依頼やろ? せやったら――」
『あいにく俺は忙しい。その上で、俺の弟は面白いぞと逆に持ちかけてやった』
「えーっ」えっらい迷惑なことやないか、とはいえ「ギャラは出るん?」くらいは訊く。
『微々たるものらしい。あけっぴろげに雀の涙だとほざいてくれた』
オレはベッドの上でのそのそと身体を起こした。
刹那、考え、それからあらためて目ぇこすった、眠いんやわ、やっぱ。
「わこた。ええよ。引き受けたる。ヘンにバイトするより絶対楽やわ」
『面白いものを書けよ? 紹介したニンゲンとしての沽券にかかわる』
「合点承知」
『今日は? 外出か?』
「はて? なんでそないなことを?」
『おまえの兄貴だというだけだよ』
エッセイ、テーマは「なんでもオッケー」らしい、お任せなんやと、兄貴ってば信用あるんやな。
好き勝手できるぶん、逆にいろいろ考えなあかんなぁって考えるオレはきっと有能――。
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さっきからしきりにスマホが「LINEやぞー」って声上げやる。
確認するわけやけど、ぜぇんぶ、発信者はアキラやった。
意地悪するつもりは微塵もないんやけど、あいにく、オレは忙しい。
エッセイ書くんで忙しい。
せやけど、「待たせすぎるのは白状や」との結論に至り、せやさかい、相手したることにした。
今度はいよいよ通話の要求やいうさかい、ピッとすなわちぽちっとな、応じたった。
『わ、わぁっ、出たぁっ!』とか、アキラは明らかに驚いてみせやった。
「出るわいさ」と、オレはわろた。
少々の間。
顎引いて唇尖らせてるアキラの様子が目に浮かんだ。
『な、なんだよ、今日に限って訊ねて来ないとか。あ、あ、あたしのこと、嫌いになったのか?』
若干びっくりしたもんやから、オレは目をぱちくりさせてから、「あははははははっ!」って大声で笑った。
「スゲー、スゲー、めっちゃビビった、驚いた」
『ばっ、ちちっ、違うぞ! あたしは体調を心配しただけなんだ、それだけなんだっ!』
「ええよ、ええよ、細かいとこは。おおきにな」
『だだっ、だからおまえわっ、あっ、あたしはっ』
オレは気持ち良くノートPCを閉じた。
それから、「今から会いに行く。どこにおる?」と訊いた。
『べ、べつに来てほしいなんて言ってないぞ』
「この期に及んで意地悪してくれんなや」
『……いる』
「ああん?」
『おまえんちの前にいるぞ……?』
ホンマ、アホなやっちゃな、素直すぎるし、無防備すぎんぞ。
それが正直な感想やった。
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JRの線路沿いに近所に、通称「タイヤ公園」ってのがある。
あらゆる遊具がタイヤでこしらえられた謎の公園や、怪獣までいやる、タイヤで作られたゴジラ。
けっこうな人気があるのは間違いなくて存在自体が名物やったりする、知らんニンゲンはモグリや。
たまたま空いてたさかい、ブランコに並んで座ってる。
アキラはグレーのロンTにブルーのデニムパンツっちゅうシンプルなコーディネート。
下半身はそのタイトさでがしっとホールドされてる感じやけど、上半身は油断のカタマリや。
いくら小顔や言うても、いわゆる双丘? のそれぞれが奴さんの顔くらいデカいとなるとどうしたって目が行く。
案の定、「みみっ、見るなよ、あんまし」って、アキラは両手つこて自分の前を両手で隠した。
「アキラっち、今日は胸がバインバインやな」
「バインバイン言うな! バインバイン言うな!」
二回言いやった。
大事なことやからやろう。
「いつもはどうやって押さえつけてんのん?」
「小さく見せるヤツがあるんだよ」
「苦しいんちゃうん?」
「慣れたよ、もう」
「せやったら、なんで今日はバインバインなん?」
「だ、だから、バインバイン言うな」
にこっとわろた、オレ。
アキラの仕草とか物言いとか口調とか、そのいちいちがめっちゃツボ、好み。
「おまえアルビノ、だったよな?」
「うん?」
「そうなんだろ?」
「まあ、一応」
「今更だけど、白すぎて、なんか変だぞ」
「うわっ、ひっど」
「ううぅっ、嘘だ、ごめんっ」
なんて正直な奴やろう。
おもたことを言うてしもて、それが失敗やったらソッコー謝る、あたりまえのことができるんは偉い。
「女のコからは珍しがられて、好意的に受け止められることが多いんや。十代っての阿呆ばっかやな」
「そりゃ暴論だ。だってそりゃそうだろ、っていうか、珍しいっていうか、ぱっと見、そりゃあ――」
「綺麗やってか?」
「う、うん、そうだ。男のロン毛はどうかと思うけどな」
「じつはな、モテんくたってええんよ。たった一人、大切なヒトと会えれば」
「それはなぁ、そうだなぁ……」
アキラがぽかぁんと、せやけど感慨深げに言うたもんやさかい、オレは思わずにっこりになってしもた。
「よくよく考えてみればさ、恋愛なんて人生においてなくてもいいことだろ? だったらさ――」
「なくてもええことやけど、あったほうがええもんやさかい、みんな恋ってのをしたがるんや」
すると今度は文句でも言うようにして、アキラは「おまえ、よくそんなキザなこと平気で言えるよな」――。
ちびっこらが公園になだれ込むようにして入ってきた。
築山にのぼってって、てっぺんでぴょこんぴょこん跳ねやる、ガキってのもこれまた、阿呆極まりないな。
自分にもそないな時間があったっちゅう経験があるさかい、せやからこそ、ある種の優しい気持ちに浸れる苛まれる。
「まあ、とりあえず、会長のこと、訪ねてみようぜ」
「おぉ、アキラ、生徒会、ホンマにやる気なんか?」
「まずは話を聞いてみようってだけだよ」
「おまえ相手ならどこやかてついてくわ」
「い、言ってろ、馬鹿。あたしはそんなに簡単じゃないからな」
「バインバインはうるさいなぁ」
「な、名前みたく言うなっ」
アキラは「べー」って舌出してみせやった。
かわいらしい綺麗なベロ、ちょい大きめの桜の花びらを思わせるベロで、心底味わってみたいなって思わされた。




