6.重畳
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今度はオレが風邪ひいたみたいやわ、なんやめっちゃダルい以前にダサいなぁ、ウチの親父が今の今まで皆勤賞やさかい、余計にそないに思わされた、元気すぎる親を持つのも考えもんや、ひょんなことで卑下させられてまう。
頭が痛くて、病院行くのも嫌なくらい痛くて、せやからうんうん唸りつつベッドの上でもぞもぞ蠢いてた。
オレが弱ってるっちゅうのに、誰一人として連絡寄越してくれへん。
オレはそこまで人望のないニンゲンやっちゅうんか?
不義理やったとでもいうんかいな?
――そないなふうに思ったとか思わんかったとか。
寂しすぎてとりあえず兄貴に連絡したろうおもてLINE立ち上げたところで、着信があった。
<いっ、イクミ、今日はどうしたんだよ?>
LINEでどもるとか、あんま聞いたことないんやけど、わら。
<へ、返事しろよ。まったりできねーだろがっ>
めんどーな構文やな。
にしたって、まったり?
なんや、まったりって、笑
<風邪ひいたみたいなんやわ>
<だいじょうぶなのか?>
<病院行く元気もない>
<だったら待ってろよ。あたしが連れてってやるから>
意外すぎるくらい思いやりにあふれた返答。
いったいどこから引っ張ってきたんや、その優しいセリフ。
<アホぉ、来んなぁ。うつってまうぞぉ>
<そうかもだけど……>
<心配やってか?>
<う、うるさいやいっ、しょうもないなら行くかよ!>
ホンマ、カワイイやっちゃなぁ……。
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結局、アキラの奴は来てくれたんや。
そのつらさからベッドの上で「ぜはぁ、ぜはぁ」と一生懸命に息してるオレの顔を覗き込んでくる。
「め、めちゃしんどそうじゃないかよ」
「ビビった?」
「び、ビビったよ、いやマジで」
正直な感想に対してオレが笑ってみせると、吹き出すようにしてアキラもわろた。
「とか言ってもな、あたしは無能だからな」
「おかゆくらいは作れるやろ?」
「弁当屋の娘ってだけで、作れないって言ったんだ。でも、ほら」スクールバッグの中から、アキラはそいつを手にした。「スーパーで買ってきた。これなら簡単だからな」――それはレトルトのおかゆやった。自慢げに得意げに「えっへんだ、あっためるだけだぜ?」と胸を張るあたりは意味不明やけど――。
そのうち、おかゆがやってきた、トレイは見つけたらしい、麦茶もきちんと発見したらしい――まったくもって、ありがたい限りや、尊い食事や。
「ふ、ふぅふぅしてやったほうがいいか? ふぅふぅだ」
「あん? ふぅふぅ?」
「いいいっ、いや、わからないんだったら、いいんだ」
「とりあえず、いただくわぁ」
「そ、そうしろよ」
レトルトのくせに、ずいぶんとイケてるたまごのおかゆや。
作ってくれたニンゲンの愛が込められてるんやって信じたい。
ベッドの木枠を背にしてぺちゃんって座ったアキラはやっぱり「なっ、なぁ、イイイッ、イクミっ」とかどもりまくった。
「なんや? どないした?」
そう問いかけたところ、アキラは明らかに首をもたげてみせて――。
「じつはあたしは、あたしを女に生んでくれた母ちゃんも父ちゃんのことも大嫌いなんだ……」
きょとんとせざるをえーへんようないきなりで重苦しい物言いやった。せやさかい、なかば説くようにして、諭すように「そんなふうには見えへんし、そないにおもたらあかんぞ」って応えたった。
「あっ、あたしはエロいんだろ? わわ、わかってるんだ、そんなこと」
「とりあえず、胸のサイズを知りたい」
「はっ、はぁ?!」
「Eか? Fか? じつはずっとずっとその上やろう?」
ばしばし頭ぁ叩かれた。
「見た目に囚われてたら、大切なもんが指の隙間をすり抜けてまう。オレなんかはそう思うぞ」
「キザったらしいんだ、おまえは、いちいち」
「嘘は嫌いやさかいな」
しばしの間、空白。
「おまえの右隣の席の奴、クボタってんだけど」
「知ってんぞ、ダイスケやろ? クボタ・ダイスケ」
「……言い寄られているんだ、ずっと前から」
「ヤらせろってか?」
「そ、そんなんじゃないっ」えろう否定してくれたアキラ。「絶対に誠実なんだ、って、思うんだ……」
「オレが知ってる限り、即物的やって話なんやけど?」
「ききっ、きっとそんなんじゃないんだ、ほんとうだっ」
せやったら、なんでそのへんの事情を切羽詰まったように話すんかね。
それをそのまんま口に出したったら、アキラは唸るように「むぅ」とか言うて、それから肩の力が抜けたような静かさで「難しいよな、男と女って」なんて深いことを言いやった。
「ダイスケくんとオレとは、わかりあえるんかね」
そないなふうに、思ったところを述べたわけや。
そったらや。
アキラは立ち上がって、覆いかぶさるようにしてオレの顔面に顔、近づけてきやった、真剣なまなざし、面持ち。
どないしたんや?
そないなふうに訊ねたところ、「あたしはあたしのことでケンカなんてしてほしくない。絶対だ」との返答アリ。
オレは綺麗に言えば「微笑」してしもた。
「実際、オレは誰も敵やなんておもてへん。おまえのそばにいようとしてることで敵ばっか作ってんのは自覚してるけどな」
今度はオレの目の前で、アキラは泣きそうな顔をしやった。
「イクミ、おまえさ、あたしのためなら死ねるのか……?」
「嫌や、それは、死ぬかいさ。おまえのそばにずっといたいっちゅうてんのに」
するとアキラはついに大粒の涙をこぼし始めて。
えぐえぐえぐえぐ泣きだして――。
「ごめん……ごめんな? イクミ。ほんとうにごめんなさい……」
アキラの頭を不躾かつ乱暴に撫でてやったところで、風邪ひいてたことなんて忘れてもーた。
「だいじょうぶやよ、任せろや。ダイスケくんとはきちっと話ぃつけたるさかい」
「だからケンカに、ならないかな……?」
「そうなったらそんときや。腕っぷしでケリぃつけるんも嫌いやないぞ」
アキラが浮かべた表情は明らかに苦笑やった。
「どないや? 惚れそうになったやろ?」
「大阪弁っていうのは、どうしたって胡散臭いよ」アキラは笑った。「でも、おまえのことは、信じてみようかなって思うんだ」
そないに言うてもらえたら、もはや勇気凛凛、やな。
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翌朝、オレにしては早くに登校したった段にて、オレはオレの周りの机とか椅子とかを蹴り飛ばして蹴倒しまくった。クラスメイトはびっくりしたどころかドン引きしたと思われるんやけど、オレはオレとして、己の道を、ひたすら正しく一途に歩むだけや。
一つの机を挟んで向き合った相手は、とどのつまりはクボターー久保田さんちのダイスケくんや。
ダイスケは真剣な目。
案外、ええ男なんかね。
そのとおりなんやろう。
「ダイスケくんよぃ、アキラはおまえんこと、怖い言うてんぞ」
「そんなの信じらんねぇな。もしそうだってんなら――」
「面と向かって言わそうっちゅうんか? えらいひどい男やな。女の感情くらい推し量って汲み取れんもんかね」
「俺はべつに悪いことはしてねーぞ。アキラだってそう言ってたろ?」
「せやったら落としどころはどこやねんな? 言うてみてくれへんかぁ、ダイスケくん」
ダイスケくんが机をバンッって両手で叩いて、勢いよく立ち上がった。
「おまえが来なけりゃ、いなけりゃ、全部うまくいったんだぞ!」
オレは存分に皮肉が入り交じった嫌な顔でもって、「そりゃ嘘や」って断言した。
「うっ、嘘じゃねーぞ!」
「ダイスケくん、おまえは敗北者や。真っ向勝負で、オレに負けたんやよ」
「何をもって、そんなふうに言うんだよ?」
「さあな。とりあえず、おまえはアキラの好みやなかったんやろうさ」
ダイスケくんときたら、そりゃもうおかんむり。
右の拳を振り上げて、振り下ろす先を見出せへんで、結果として、オレの左の頬を殴りつけてくれた。
せやから、それをやったら負けやぞ、ダイスケくん。
わからんかぁ――?
ダイスケくん、もはや泣きそうな顔してやる。
とどのつまりは他の男に取られる――そうなってまうんが悔しかっただけなんやな。
このタイミングでアキラが教室に顔出しやった。
目ぇ丸くして、口もぽかんとまぁるく開けやる。
いつの間にやら椅子の上でふんぞり返ってたオレは立ち上がるなりダイスケくんの頭をばしっと叩いたってから、「全部、うまくいったぞ、美しい結果や」と言って、大げさなくらいの大声でわろてやった。
ホンマ、「良い結果」やとしか言いようがあらへん。
咄嗟のナチュラルな応酬やったけど、問題ナシやな、ああ、まさにかなりの重畳や。




