5.邪な乾坤一擲
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その日の朝も登校時間のリミットギリギリやったんやけど、やっぱアキラの弁当屋にお迎えにあがったんやわ。きちっとしてるのがアキラやさかいもしかしたらもうガッコに行ってしもたとか考えてたんやけど、ちゃんとおってくれた。弁当屋の前で腕を組み組みしてたさかいオレが訪ねてくることを待ちわびてたように見えた。そこんところにツッコミを入れたると、「そ、そんなわけないだろ、バーカ、おまえは馬鹿だ、ばーか」といつもの憎らしくも愛らしい反論があったんや。それくらいでちょうどええんや。なにはともあれ一緒に登校できるっちゅう事実は嬉しいし尊い。
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アキラ嬢は本日も美少女然としてらっしゃる。そんな彼女がオレをカレシとして迎え入れたらしいってのがもっぱらの評判、あるいは評価で、アキラとオレんことはそれなりにガッコで話題になってる。殊の外の男嫌いのアキラが信じられへんことに恋愛に染まったんかって。そのへん、オレはどうやかてかまわへん。なんでってそれが事実であろうがなかろうが、とにかくオレはアキラのことが好きなんやから。アキラもまんざらではないように見えるとか、そないなことを妙な感じにのたまうつもりなんてあらへん。とりあえず、アキラが「嫌な状況やない」と感じてくれてれば、果てしなくとてつもなく御の字や。重畳っていう素敵な単語があることはこの場においても謳っとく。
教室でも席が隣同士。
もはや神様が描いた筋書き通りやないやろうか。
首ったけの異性がすぐそばにいることほど幸せなことはないんやからな。
――と。
「なあ、アキラ」昼休み開始のチャイムにかぶせつつ、左隣の席についているアキラに問いかける。「オレがおったら迷惑か?」
「そう言ったら、おまえは離れてくれるのかよ」アキラはプンスコな言い方をしてふんと鼻を鳴らした。
「そんなん嫌や、お断りや。せっかく会えた運命のヒトなんやぞ」
「ううぅっ、運命のヒトとかっ!!」
照れやるところはつくづくかわいい感じながら、話を進めることにする。
「正直なアキラ、オレが積極的におまえにちょっかいかけはじめたら、なんや、しょうもない視線を得られるに至ったんや」
「しょうもない視線?」
「おまえのそれは極端で危険極まりない美貌やさかいな。言い寄ってくる野郎は少なくないんやろう?」
「そ、それは……」
「オレは間違わへん。おまえの取り扱い、間違わへん。取り合いにかて完封したるわ」
するとアキラは何か言いたそうに俯いたり顔を上げたりしながら、「……馬鹿」とだけ小さく言うた。
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相手は四人も五人もおった。
めちゃくちゃ久しぶりにケンカなんてしたなあと思わせてくれた。
我が事ながら手加減はできへん性格やさかい、四人とか五人とかが失神するまで殴ったり蹴り続けたりした。街角でのことやったさかい、どなたか親切な方が公の犬殿に通報しくさってくださったんやろう、結果として、運悪く、おまわりさんに見咎められて、なんやかんやで一時拘留されることになってもた。
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ソッコーで「見舞い」?、に来てくれた兄貴に「馬鹿者」と一喝、叱られた。
「せやけどなぁ、兄貴、どうしようもないことやったんやぞ?」
「賢いおまえがしでかしたことだ。悪いことをしたんだろうだなんて微塵も考えていない」
オレは優しい気持ちになりながら、「なあ、兄貴、大好きな女のコとは、どないなふうに付き合ったらええと思う?」とか訊いたった。
「そんなことは自分で考えろ」
見張りがある中での署での面会やったんやけど、兄貴はすっくと立ち上がると「すぐに出してやるさ、任せておけ」と言い残して去ってった。
余計なことをいっさい言わんあたりが、メッチャ兄貴なんよなぁ。
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喧嘩っ早いもんやさかい昨日の一件で痛い目見たんは事実やけど、まあそれはそれでそれだけや。
梅雨っちゅうやつが近いんか、曇天にあって空気はとことん湿ってやる。
オレはその日も麗しき姫君を迎えるべく「七尾の弁当」を訪れた。
今日もきちんとアキラに会えるとおもたらめっちゃ「アガる」。
アキラが家の勝手口から顔見せた。
すると、オレの姿を認めるなり、げげっとでも言わんばかりに身をのけぞらせてみせた、平常運転――。
「オレ、弁当屋やってもええぞ」
「ななっ、なんの話だよ」
「婿入りしてもええっちゅうてんねん」
「あ、甘くみるなよ、弁当屋だからって」
「がんばる言うてんねん」
アキラは顔を真っ赤にした。
わっかりやすいリアクションはイケてるし、少々申し訳なさそうにする仕草にも超が付くくらい好感が持てる。
「……なんでだよ」アキラは暗い声で言う。「なんであたしなんかにそこまでかまうんだよ……」
「好みの塊なんや、おまえは」オレはふっと笑った。「運命やって、言うたやろ?」
「おまえ、恥ずかしくねーのかよ。よくそんなこと正面から言えるよな」
「仲良くしようや。でもって、オレんこと信じてくれや」
「わ、わかったよ、うるせーな。ででで、でも、いきなりあたしに触れるとか――」
「せやさかい、そないなこと、おもてへんってば」
もうとっくにけっこう触ってんねんけどな。
そうやとは口にせず、オレはただただ「おおきにな」とだけ伝えたんや。
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本日、アキラはお休みや。なんでも一度ひいた風邪をこじらせたらしい。インフルエンザやないみたいやけど、高熱にうなされて、それなりにしんどい思いをしてるらしい。かわいそうではあるんやけど、なんやつまらん奴なぁとも内心思いながら、さっちんとみゆきちと机を寄せ合って弁当食ってる。そないな最中にあって、なおもオレは二人に「最近、アキラに変化はないかぁ?」ってぼんやり訊ねた。
「これまでより幾分、他者に心を開いてる気がする」とはさっちんの言葉。
「なんだか気持ちが溶けてきてるみたいだよぉ」と言ったのはみゆきち。
「せやけどなぁ、そのへんまるっと言うてまうと――」
さっちんが「あんたが成したそれを、良くないと思ってる男はたしかにいるよ」と念押しするように言うてくれた。
小さな声でしゃべれとジェスチャーされたので、オレは静かに「どういうことなん?」とさっちんに訊ねた。
「ちょっとベランダに出よっか」と、さっちんは言い。「早く食べちゃいなよ。早く話したいから」
言われたとおりにしたわけや。
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あんたの席の右隣にいる男なんだけど。
さっちんはそんなふうに切り出した。
「あいつクボタっていうんだけど、知ってる? ああ、知らないだろうって私は思ってるからね」
「ご名答。知らんわ、モブ男子のことなんて、ホンマのところや、ホンマに知らんがな」
「そのモブ男子がなんだけど、めちゃご執心なんだ。あのままじゃあ、カミカゼアタック、無茶するかもしれない」
「そないに危なっかしいん?」
「じつはそんな感じの男、校内にはいるっちゃいるんだよ」
なんで?
そんなふうに訊いたったわけやけど、じつはそのへん、理解できる範疇ではある、「先達ての件」もあるしな。
「本人、がんばって隠そうってしてんのになぁ」
「いやイクミっち、隠せてないでしょ? アレはエロスの集合体だから」
「まぁ、そか」
つまるところ、さっちんは何が言いたいんな?
オレがそないに問うと、さっちんは真剣な顔をして、「イクミくん、ホントにアキラのことが好きなら、大好きなら、ちゃんと守ってあげてよ」って答えた。「物理的にも、論理的にも守ってあげて」ってことやった。
てっきり命令口調で指示されることやっておもてたんやけど、意外や意外、さっちんってば「お願いします」って頭まで下げやったんや。そない言われたら、ううん、言われんでも、これは強い結束や約束や、かったい契約や、破るわけにはいかへん。にしても、アキラはええ友だち持ったな。ああ、そうや。ヒトに恵まれてる。
「わこた。オレは全身全霊で、あいつの矛にも盾にもなったるわ」
「ホント、お願いね?」
さっちんはなんや、泣きそうな顔をしたんや。
今日の放課後も、オレはアキラんとこに行ったろうって決めた。
アキラにはやっぱ、この先もずっと、健全に、「七尾の弁当」の看板娘、やってもらわへんとな。




