29.お悩みの、みゆきち
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みゆきちや。
つやつやとした長い髪に青いメッシュを織り交ぜている、みゆきちであるわけや。
昼休み、まさに弁当を食べたろうっていう段にあってみゆきちが訪れるのはいつものことなんやけど、今日に限って彼女はオレに対するアキラっちとさっちんの接近を許さへんかった。二人には遠くにいるように言うて、みゆきっちゃんだけがオレの机に机ぇ寄せやったんや。
当然、「理由は?」って訊いた。
そったらみゆきちは「まぁ、聞いて――なんだぉ」と眉を寄せて、なんだか苦笑いじみた――。
みゆきちは親友やさかいな。
なんやかて話があるなら全部聞いたる用意が常にある。
「私には好きな男子がいるかもしれないのだぉ?」
そのセリフは、オレにとってはかなーり意外なもんやった。
殊更、性に関して奔放なんは知ってるつもりなんやけどな。
かもしれないっちゅう軽率さとは無縁の言葉も気に入った。
「べつにええやん? っちゅうか、みゆきちがマジで恋できる相手なら、間違いないって考える」
「イクミくん、私はね? きっとセックスが上手だと思うのだぉ」
「いきなり何をおっしゃるのか」
「カラダ目当てじゃない男と結ばれたいのだぉ」
「ま、そりゃそうやわな」
オレはうんうん頷いて。
「にしって、なんや、焦ってる?」
「言い寄られまくったら、なんだか焦りたくもなるのだぉ?」
ま、それもそうか。
なんとなくやけど、わかるぞ。
「手伝ってよぅ、イクミくん」
「手伝う?」
「うん。言い寄ってくる男のコの中から、私にふさわしい人物を見定めてほしいんだぉ」
とんでもない大役や。
仰せつかるのはいささか、気が引けるってもんやけど。
「まあええわ、わこた。せやけどさ、絞り込むことくらいはできるやろ?」
「候補の話?」みゆきちは小首をかしげやった。
「うん。まずはコイツやってのを選んでくれや。そいつの査定を、俺がやったる」
「わかったぉ。その条件、飲むのだぉ」
「安心したれや。ちゃんとやったるさかい」
「期待してるぉ?」
みゆきちはにこってわろてみせた。
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みゆきちがオレに寄越したんはギャル男やった、いや、ギャル汚かもしれへん、なにせ清潔感がありゃせーへんねわ。
「えっと、おまえ、何年生や? 聞かせろや」
「二年生だ。っていうか、だから偉そうな口利いてくれるなよな、犀川イクミ」
なんや、気分悪い奴やな。
せやけど、引き受けてしもた役割ってのがあるさかい、真面目に対応したらなな。
「名前は?」
「下がいいか? 上がいいのか?」
「そったら、下」
「レイジだよ」
「ええ名前や。一転、好感持てるわ」
「ひとつ上だっつったぞ?」
「細かいこと気にしなや」
放課後の掃除も終わった、1-A。
オレは教室の机を挟んで、レイジと向き合ってる。
「みゆきちはセックスがうまいらしいな」
「知らねーよ。ヤったことねーんだから」
「そのへん期待しての求愛かぁ?」
「おまえ、みゆきちのこと、なぁんも知らねーだろう?」
「ちゅうと?」
アイツの母親、十代で二人のガキ抱えたシングルマザーだったんだぜ?
――ほぉほぉ。
「せやけど、だからなんやっちゅう話やな」
「そう言い切っちまうのかよ」
「みゆきっちゃんは今、そない不幸な顔、してへんさかいな。単純に恋をやりたいってだけなんやろう」
皮肉るような気分の悪い笑みばっか浮かべてたレイジやけど、一気にフレンドリーな空気をまとうに化けやったんや。
「とはいえや」
「とはいえ?」
「いや、な? みゆきちはかわいいさかい、そない簡単にはやれへんおもてな」
「親みたいな言い草じゃねーかよ」
「実際、そないな気持ちでおるんやよ」
じつは、のっぴきならねー事情がある。
――らしい。
「なんや、そりゃあ?」
「みゆきちの趣味……まあ、過去形なんだけどよ、なんだか知ってるか?」
「せやから、オレは彼女について、そない詳しくないんやよ」
「逆ナンだ」
「へぇ。それはまた、奔放なこっちゃ」
馬鹿みたいな学校の馬鹿みたいな男を調子こいてナンパして、結果、奴さんらからえらく目をつけられてる。
ほぅほぅ、そうなんか。
「不良の吹き溜まりなんて、こんな時代にもあるんか?」
「あるんだよ、オメーが知らねーってだけで」
「せやったら彼女の間違いは正したらんと」
「言うのは簡単なんだよ。やっつけんのが難しい」
せやったら、みゆきちのこと、諦めるんか?
「諦めねーよ。だから奴らとケリつけてやらなくちゃってな」
「頭数が足りへんねやったら言うてくれや」
「そのへんがわかんねーよ。犀川、おまえ、いったいみゆきちのなんなんだよ?」
「もはやなんやかてええやろうがぃ」呆れた気持ちで、オレは肩ぁすくめた。
「みゆきちはな、犀川よ、イレギュラーな人生歩んできちまったから、どっかでやっぱ、抜けてるんだよ」
「そうやとしてもやレイジくんよ、せやからこそ――」
「ああ、そうだ。正しい道に導いてやんなきゃなんねーんだ。アイツがまだ、ヴァージンのうちに、な」
ヴァージン?
笑いそうになった。
せやけど、「まあ、ああ、そりゃそうやわな」って納得させられた。
「ケンカだ、ケンカ。もうケンカだ。早々と決着、つけちまおうぜ」
レイジはジャケットの右のサイドポケットからスマホぉ取り出して。
どこぞに連絡しやった、険しい口調で、「出てこい」告げた。
「たぶん、おめーみたいなニンゲンのことなんだから、心配ねーとは思うんだけど」
「レイジは何が言いたいんや?」
「ヤバくなったら逃げろよ。全部背負い込むべきは、俺なんだからよ」
「逃げへんわ」オレはふんって鼻ぁ鳴らした。「そのかわり、約束や」
「約束?」
「事が終わったらメシ奢ったれや」
レイジはきょとんってなりやってから、ふっと柔らかく、表情を弛緩させてみせやった。
現状における一丁目一番地はみゆきちの解放、らしいわ。
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レイジ先輩――のあとをついていった次第、着いた先はもはや放棄されたような廃工場の一角やった。
H型の鉄鋼が積み上げられてて、せやけど誰かが管理してるとか、そないな雰囲気はない。
見るからに阿呆っぽいのが仕切ってるらしい連中ときたら、明らかに品行方正に欠けやる。
女のコもおるんやけど、クスリでもやってるんか、底抜けに気色悪い笑い声を上げやる。
まあ、「そういう集まり」やってんなら、それはそれでええんやよ。
不幸なことには思えへんくないんやけど、自分らを擦り減らしたいってんなら、そないしたらええ。
ヤりまくるんもええやろうし、そこに快楽だけを見て未来は見ぃへんってのもアリなんやろうって考える。
せやけどそこにみゆきちのことは巻き込んでもらいたくは、あらへんな。
「なんだよ、カマガクのおぼっちゃんズ。おまえのことは覚えてるよ、レイジだろ? こんなところになんの用だ?」
そないなふうに偉そうに述べてくれたのは先方のボスなんやろう。
なかなかにええ感じや、危なっかしい感じがする金髪男で、まともに相手はしたくないなぁって思わせてくれる。
「みゆきちのことだ。わかるだろ?」
絞り出すようにそないに言うと、レイジは前に歩み出て、しゃがんで、勢い良く、おでこを地面にこすりつけやった。
「頼む。彼女にはもう手を出さないくれ。お願いだ」
いきなりのレイジの下手な態度を見て、先方のボス殿――清潔感に欠ける金髪やろうは大笑いした。
「は? 馬鹿か、おまえは、レイジさんよ。なお、べつに今すぐヤッてやろうだなんて思ってねーよ。まずは俺無しじゃあいられなくしてやるんだよ。その上でハメまくってやんだよ。それが既定路線ってやつだ。ぎゃっはっは!!」
祖下座の体勢から、レイジはすっくと立ち上がった。
「やっぱそうなのかよ。だったらおまえのこと、ぶっ殺してやらねーとな」
「この人数相手にその啖呵、気に入らないってことはねーよ。でもな、どうにもならねーってことはあるんだよ」
「だけど俺は、俺たちは、やるとなったら勝っちまうぜ?」
「そっちの真っ白野郎がなんだってんだよ」
真っ白野郎。
間違いなく、オレのことや。
「気色悪いな、テメーはよ。アルビノってんだったか? にしたって、目の色まで白いってのは気色が悪すぎんよ」
言われ慣れてるこや。
せやからこそ、特段、相手したろうだなんて思わへん。
「で、どうやねんな、大将。オレらはたった二人なんやけど? 数で押しつぶそうとしやるんか?」
「オレはな、勝てる確率が最も高い方法を選ぶんだよ。手段は選ばねーってこった」
呆れてしもた。
弱いな、おまえは、大将閣下。
ガキの二人くらい、簡単にのしてみせろや。
「交渉決裂だな」レイジくんはあっさり言うた。「だったらやり合うしかねーよな」
「だから、べつにいいぜ?」金髪の大将閣下は言う。「ぶっ殺されたきゃ、かかってこいよ」
早速、鉄パイプを振りかぶって襲いかかってきた兵隊さんのことを――その顔面を――オレはおもくそぶん殴った。
えっらい吹っ飛んで、地面に転がってくれた。
まあ負けへんやろ、たぶん、くぐってきた修羅場の数が違うんやさかいな。
向こうさんの大将閣下はにぃとわろたのち、「突っ込めよ、おまえら。俺に恥かかすんじゃねーよ」――。
相当な恐怖政治なんやろう、兵隊どもは四方八方から拳なり得物なりでぶち殺そうと挑んでくれてきた。
にしって、メタ的な側面から観察しても、とりあえず、オレが負ける要素は見当たらへん。
レイジくんも強いんや、向かってくる連中をなんなく退ける、ああ、ホンマ、強いなぁ。
全部、ぶちのめしてやって、ついに大将閣下と対峙することになった。大将閣下は黒い手袋を身につけつつ、「まあ、待てよ。これしねーと、爪が割れちまうからな」――っていうことらしい、綺麗好きやと言うか、気色悪いと言うか。
「来い」空手か何かやろうか、しっかりどっしり腰を落として構えた大将閣下。
レイジはたまりかねたように、一目散に突っ込み、襲いかかった。
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まったく気持ちの悪い話やけど、男同士でなんやって話なんやけど、オレはまるで動けへんくなったレイジのことをおぶって歩いてる。
レイジは大将閣下に勝ったんやけど、なにせ互角やったもんやから、ダメージがデカいんや。
「先輩はようやったよ。どう考えてもあの大将はやり手やったさかいな」
「スマートな戦いぶりだとは到底、言えねーよな」
「勝てば官軍やっていうぞ?」
「まあ、そうかもな」
レイジくんは結構大柄な体型やさかい、それなりに重い。
「みゆきちはたぶん、どうあっても、俺んとこには来ねーし、俺になびいたりもしねーよ」
「そうかね。あんたんこと、確かめるには訪れるとは思うけどな。その上で、みゆきちなら何かあったんちゃうかって思うわいさ。みゆきちは結構、優しいさかいな」
「正直、俺に見込みなんてあるのかね」
「そりゃあんた次第やろ。いっぽうで、みゆきち次第なんかもやけど」
「……迷惑、かけちまったな」
べつにええよ。
オレはそないなふうにわろて。
「久々に刺激的やった。ヒトを殴るってのは、そういうもんや」
「ありがとう」
「しつこいぞ。うるさいわい」
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翌日の昼休み、アキラっちのこともさっちんのこともまるで寄せつけへんで、みゆきちはオレの手を引いたんや。
レイジくんのことについて、なんらか感づいてることがあるんやろう。
総じて女のコってのは、勘がええもんや。
着いた先はやっぱり2-A――もはや言わずもがな、レイジくんがおる教室や。
みゆきちはまるで迷うようなところもなく、教室の引き戸をガラって開けやった。
ホンマ、どこで情報、仕入れやったんやろうか。
とにかく全部、知ってるみたいやった。
顔中にガーゼやら絆創膏やらを貼ってるレイジくんの前に立つと、みゆきっちゃんは「私のせい?」とまっすくに訊きやった。いつものふざけたような調子やのうて、かなり真剣なふうに。
そんなんじゃねーよ。
――って言えるレイジくんは、やっぱりええオトコなんやろう。
「どこからか漏れたらしくって、私のメアド、向こうに知れちゃってたんだぉ」
「そいつはどっかで聞かされた」
「金髪野郎からのメール、メッチャしつこかったんだぉ」
「その物言いからして、もう来ちゃいねーってことか?」
「あれだけ頻繁だったのに、来てないんだぉ。……ねぇ、レイジ先輩」
何かを察したように、レイジくんは「やめろやめろ」とかぶりを振って――。
「一方的に、俺が好きだってだけだ。おまえは何も気にすることも気に病むこともねーんだよ」苦笑じみた表情を浮かべると、レイジくんは肩をすくめてみせた。「それより、悪かったな。オレがもっと早くに動いていれば、おまえに怖い思い、させちまうこともなかったんだからな」
みゆきちはぶんぶんと首を横に振って――。
「先輩に……レイジくんに何をあげられるのか、今のところ私にはわからないけれど、それでも、ありがとうなんだぉ」
「その言葉だけで十分だ。だからありがとうってのは、こっちのセリフだよ」
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1-A、我らが教室に戻った。
さっちんはもちろん、アキラっちも空気が読めるらしい。
二人はすぐ近くにおるんやけど二人しておしゃべりしてるだけで、オレはみゆきっちゃんと向き合ってた。
「みゆきっちゃんは、そう簡単にはなびかへんのな」
「イクミくん、それってなんのこと?」
「まさか、わかってへんこと、ないやろ?」
「まあ、そうだぉ。きっとレイジくんのことなんだぉ」
「求愛、いよいよされたようなもんやって思うけど?」
「それでもやっぱり簡単には折れないのだぉ」
それはそれで立派なことや。
一時の流れに身を委ねるんは、あんまり良くないやろうからな。
「私がそんなふうに思ってたとしても、レイジくんに関するイクミくんの評価は伺いたいんだぉ?」
「百点やろ。それくらい、くだんの先輩は潔くて、カッコ良かったんや」
「だったらまだまだ、未知の魅力はあるのかもしれないぉ」
「そうおもたってくれや。ホンマ、高評価に値するくらいの働きぶりやったんやさかい」
みゆきちが、「ねぇ、イクミくん……?」とか、いきなり低く、暗い声で言いやった。
「なんや?」
「恋愛って、重苦しいよね」
「それは考え方次第やろ。みゆきちが清々しく思う恋やかて、きっとあるわいさ」
みゆきちが目ぇ細めた。
細めつつ、右手を差し出してきた。
「どうかこれからも仲良くしていただきたいんだぉ。イクミっちは私にとって、唯一無二の存在になったんだぉ」
「それは嬉しい。おおきにな」
オレはみゆきちの右手を握った、握手や。
ちっこい手やったさかい、メッチャかわいいなっておもたんや。




