表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/34

28.犀川牧場

*****


 日高やよぉ。

 まったりのんびり、帰郷したんやわ。


 電車、バスと乗り継いで、最終的にタクシーから降りたときのことやった。


「ほぇぇ、ホントになんにもないんだなー」


 ――って、アキラは放り投げるように言いやった。


「そうやぞ。オレんちは田舎なんやぞ」オレは悪びれることなく力強く言うて。「目新しいやろう?」

「そりゃあな。目新しいっていうか、真新しいよ」

「早速、おとんとおかんと面会や」

「おっ、おうよ、連れていけよ」


 朝の仕事がはけたら手が空く。

 せやさかい、頃合いを見計らって、アキラとオレは家にお邪魔したっちゅうわけや。


 おかんはめっちゃ喜んでくれた、「よぅ来たねぇ、よぅ来たなぇぇ」言うて。

 おとんかて不機嫌やないみたいやった、しょうもないことでへそ曲げるような人格でもないんや。



*****


 昼間っから、おとんは寿司をとってくれた。

 オレの隣のアキラっちは、のっけから申し訳なさそうにしてる。

 せやけど、一定以上、アキラが気まずそうにするようなことはなかった。

 おとんもおかんもにこにこしてるし、自分が歓迎されてることもわかったからやろうな。


「じつはなおとん、ナマモノは昨日も食べたんやわ」ってオレは正直に言うた。

「ばっ、おまっ、そんなことここで――」とアキラはびっくりしたように。

「あはははは」オレはわろた。

「性格悪いぞ」言うてから、アキラは不満げに口を尖らせて。


 仲がええのはええこっちゃ。

 胡麻塩頭のおとんは豪快にわろた。


「ところでや、イクミ、おまえはアキラさんのどこに惹かれたんや?」

「そりゃもう、おとん、その豊満すぎる胸に――」

「死ね死ね死ねっ」


 アキラっちはオレの左の肩をぽかぽか叩いた次第――。


「人間性が、綺麗なんやよ」オレは正直に謳った。「少なくともオレがおうてきた中に、こないなコはおらへんかった」


 おとんは腕組むと、満足そうにうなずきやった。


「アキラさん」

「ははっ、はいっ!」

「どうかイクミのこと、よろしくお願いしますわ。親バカや言われても、イクミはええ奴やさかい、ホンマ、どうか」


 深々と、頭ぁ下げやった、おとん。

 アキラは「やっ、やめてくださいっ」って手のひらをぶんぶん振った。


「あたしのほうがお世話になりっぱなしなんです。ほんとうに、お世話に……。ですから、どうか気になさらないでください」


 おとんは顔を上げると、オレのことをじっと見つめてきた。

 臆することなく受け止めてやると、今度はおかんが「アキラさん、お寿司、食べちゃいなさいな」――。

 べつにそないにするこたないのに、アキラっちは急いた様子でぱくぱくぱくぱく食べやった、茶碗蒸しまで食べやった。


「泊まっていくんやな?」

「あかん言われてもそうさせてもらうぞぉ」

「おまえの部屋しか空いてへん」

「兄貴の部屋は?」

「めでたく物置や」


 ってことは……。


「アキラっちよ。今日もおまえとオレは同じ部屋や」

「い、いいよ、それは、べつに。お父様とお母様がいいっておっしゃるなら」


 なんや、堅苦しい口調で言いやったな。


 おかんお気に入りの取り寄せのあんぱんを食べ終えたところで――。


「さて、晩飯までヒマやぞぅ。ゲーセンもカラオケもないさかいな。アキラはどないしたい?」

「えっと、支障がないなら、馬のところに行きたい、馬を見たいんだ」

「そんなんで、ええのん?」

「だっ、ダメか?」

「やとさ、おとん」


 あかんなんてことはない。

 おとんは鷹揚にわろて。


「ぜひ見たってください。ウチのコらも喜ぶやろうさかい」


 おとんの言葉を受けて、アキラは目をきらきら輝かせた。

 立ち上がるなり、「早く行くぞっ」とオレの左手を引っ張りやる。


 べつに馬はどこにも逃げへんねんけどな。


 しゃあないさかい、アキラに手を引かれることを良しとした。



*****


 放牧場の柵の手前に立ってると、こっちんこと見つけたんやろう、喜び勇んでって感じで、芦毛の馬が駆けて近づいてきた。

 芦毛――若いうちは灰色っぽいんやけど、年を重ねるにつれて白くなる毛色――「彼」はもう真っ白や、年寄りなんや、それもあって、ちょっと走っただけで息切らしやる。そんなんやったら慌ててこぉへんかってええのに、ゆっくり来たらええのに――ええ奴なんや。


「スゲー、まさに白馬だ」


 アキラはおっかなびっくりってなふうに前に手を伸ばす、「触ってだいじょうぶか?」と訊いてきた。

 オレが「だいじょうぶやよ」って答えると、鼻面をそっと撫でやった。

 白馬の彼はくすぐったそうに目を細めたように見えた。


「あ、あうぅ、かわいい、かわいいぞぅ」


 たまりかねたように、アキラはその頬に頬ずりしやった。


「このコは若いのか?」

「いや、ずいぶんと年寄りや」

「生産牧場なんだよな? だったらどうして?」

「引退した馬を引き取ったりもしてるんや」

「引退したら、悠々自適ってわけだな」

「そうでもないぞ。コイツはずいぶんと運がええんや」


 アキラは首をくりっとかしげやった。

 今度はオレが白馬の彼の顔を撫でたる。


「いくら競走馬や言うても、全部合わせたら、年間に何千頭も生まれやる。幸せなかたちで往生できる馬は少ないんや」

「じゃ、じゃあ、引退したら、どうなるんだ?」

「言わな、わからへんか?」

「いや、嘘だ、わかるよ」アキラは暗い顔をして、だけど切り替えが速く、すぐに顔をしっかり上げて。「コイツは強かったんだろ? だから、余生を引き取ってもらえたんだろ?」


 それが、強いわけやなかったんやな。

 現役時のあだ名は「ブロンズ・コレクター」――。


 その名のとおり、「銅メダルばっかやったんやわ」、オレの頬は自然と緩んだ。


「三着ばっかりだったのか?」

「ああ。ホンマにそうやったんや。どれだけ大きなレースでも、どれだけ小さなレースでも、一生懸命走ってるんやろうけど、三着より上にはなれへんかった」

「不思議だなぁ」

「ホンマに」オレは細めた目で、その功労者を見る。「どうあれ奥ゆかしいんや。そないなとこがウケてやろ、今でもちょくちょく、熱心な競馬ファンが訪ねてくる」


 つくづく素晴らしい馬なんだな。

 アキラは感心したように首を縦に振り。


「今日はお日様が高いけど、馬も暑いのか?」

「寒さには強いんやけど、暑さは苦手や」

「だったらおうちに帰してやったほうがいいんじゃないのか?」

「外に出て走りたい言うんは、コイツなんやよ」


 へぇ。

 偉いんだな、おまえ。

 何がそうなんかわからへんけど、アキラっちは愛おしそうに彼の頬に手ぇ当てやった。


「退屈やろ? 馬しかおらへんねんから」

「そんなこと」と返してきた。「すっげー楽しい。ずっとこうしていてもいいくらいだ」


 やっぱ、心の優しい女のコやな。


「イクミは乗馬ができるのか?」

「まあ、そりゃあ、ガキん頃からやってたし」

「まじかーっ」

「人並みに、っちゅうだけやよ」

「いいなぁ、すごいなぁ、日高、別世界だなぁ」

「アキラっちも、乗ってみるか?」

「へっ、いいのか?」


 素人を背にできる馬も、ここにはおる。


「乗ってみたい、乗ってみたい!」アキラは声弾ませた。

「そいつもちゃんとサラブレッドやさかいな。元気ええし、怖いぞぅ?」

「あ、あぅっ、だったら、やめとこうかな……」


 アキラの手ぇ引いて、柵沿いを歩く。

 柵の向こうで、白馬の彼はとことこついてくる。


 その後、アキラはヘルメットをかぶって、鹿毛の男のコに跨った。


「ひゃあぁ、たけーっ」


 言葉のわりに怖がっているところはなくって、むしろ馬上からの景色を楽しんでるみたいやった。


 勘がええ。

 いっさい下を見ぃへんのがええ、気持ちええ。


 そのうち引馬やめて、手綱を委ねたった。

 制御できてるなんてのは言いすぎやけど、歩かせることは自然とできてる。


 走り出したら危ないよな?

 なんてビビったことも言いやらへん。


 ただただ楽しそうに、アキラは前だけ向いてやる。


 まあ、仮に鹿毛のコが暴れて振り落とされるようなことがあっても、自己責任や。

 ――って、オレはおもてる、ちょいヒドい話かもしれへんけどな。


 ――と、約一名、オレと同じくらいの年恰好の男子が近付いてきた。

 短く刈り上げたヘアスタイルに、着古した感のある紺色のツナギ姿。

 背がちっこくて細身の彼は、オレの隣に並ぶと、馬に乗ってる――馬の上のアキラを見やる。


 そう、彼女んことを優しい目で眺めやる。


「おかえりなさい、おぼっちゃん」


 おぼっちゃんはやめろって、いっつも言うてる。


「スゴいですね。彼女、馬に乗るのは初めてですよね?」

「そのとおりなんやわ。どうやら才能があるらしいわ」

「あのコは振り落としませんし、安心です」


 あのコ――アキラが乗ってる鹿毛の彼は、元競走馬や。


 なんとかかんとか御して、アキラが戻ってきた。

 額に汗ぇ浮かべて、「うあぁぁぁ、メッチャ楽しい。乗馬って楽しいんだなぁ」って声ぇ弾ませた。


「まあ下りろ。そろそろ下りろ」

「えーっ、もう少しくらい、いいだろ?」

「このコ、長く走らせるには脚が悪いんやよ」


 アキラはびっくりしたような顔をした。


「えっ、えっ、そうなのか?」

「左の前脚が良くないんや。それで引退したんやよ」


 だ、だったらすぐ下りるっ。

 物分かりのいい彼女はそない言うた限りやけど、オレの隣の男のコ――大野くん――は、「ゆっくりでいいですよ」と抜群に人懐こい笑みを浮かべた。


 初の乗馬とはホンマに思えへんくらい、アキラっちはスムーズに下馬しやった。


 ごめんなさい、ごめんなさい。

 そないなふうに繰り返して、大野くんに頭ぁ下げやった。


「いいんです。このコはヒトを乗せるのがとても好きなコですから」

「なんていうんですか? 名前です」ってアキラは訊きやった。

「ダッシュです。ココイチダッシュ号です」


 いい名前ですねっ。

 アキラは語尾跳ねでニコってわろて。


 重ねてにこりとわろた大野くんが、手綱引いて、ダッシュくんを導きやる。

 オレもついていく次第やけど、アキラに関していうとダッシュくんのすぐ後ろを歩きやる。


 オレは感心した。

 フツウ、蹴られると思わへんかぁ?


 そないなふうに訊いたると、「いや、ダッシュくんは賢いだろ。蹴とばしたり、絶対にしないだろ」――と、確信を得ているような物言いやった。


 実際、蹴りませんよって応えたのは大野くん。

 彼はいつやかてにこにこ笑いやる。


 アキラっちも大野くんのことが気に入ったんか、彼の隣に並びながらにこにこ話しかけやる。


 ちょい嫉妬。

 せやけど、大野くんは極端なまでに、ええ奴やさかいなぁ。


 ダッシュくんを馬房に帰した大野くんが、詰め所に戻ってきた。

 丁寧で、かつ手際良く、リンゴ、剥いてくれた。

 馬連中にくれてやるやつに違いないんやけど、ウチはええもん、彼らにくれてやってる。


 いただきまーす言うて、早速しゃくしゃく食べ始めたアキラっち。

 うまいうまい食べるんやから、かわいいとしか評価のしようがないんやわ。


「大野くんは相変わらずか? 楽しくやってるんか?」

「おぼっちゃん、それは当然です」

「おぼっちゃんはやめてろってば」

「でも、事実ですから」大野くんは悪戯っぽく、ぺろって舌ぁ出してみせた。「おぼっちゃんは順調ですか? 東京はいいところですか? 僕からしたら想像もつきませんけれど」

「わりとええところやわ。早速、生涯の伴侶とも巡り会えたし」


 麦茶を飲んでいたアキラがげほげほむせた。

 わっかりやすいリアクションやなぁ。


「でもです、おぼっちゃん」大野くんは言う。「やっぱりご両親は、あなたに牧場を継いでほしいはずなんです」

「そうかね」オレは苦笑し、肩ぁすくめた。「まあ、本気でそない言われたら、考えなあかんねんけど」

「ぜひ、考えて差し上げてください。僕もそうあることを望んでいます」


 オレは苦笑いを深める。


「大野くんは? 競馬学校、行くんか?」

「行きたいです。騎手になるのは、やっぱり夢ですから」

「競馬学校?」むせてた状態から復帰したアキラっちが、くりっと首ぃかしげやった。「そんな学校があるのか?」

「JRAの騎手になりたいとか、厩務員になりたいとか、そういうニンゲンはそこに行くんや」

「キュームイン?」

「馬の世話する職業な」


 ほぇぇ。

 アキラは感心したように目ぇ丸くしやった。


「スゴいんだな。物凄く程度の高い専門学校みたいなもんか。でも、大野くんなら余裕なんだろうな」

「アキラさん、僕はそんなことはないだろうって思っています」

「そうなのか?」

「厳しい世界ですから」


 ちゅうたかて、まあ、大野くんならなぁ……。


「大野くん、あたしはまた来るぞ。絶対に来るぞ。ダッシュくん、もはやお気に入りなんだ」

「ええ。待ってます。ダッシュもきっと、待ってます」



*****


 その日の夜、アキラっちとそれぞれシングルサイズの布団に入りながら――。

 お互いに背ぇ向け合ってるのはなんでかっていうと、今はその態勢が楽やからや。

 そのうち、寝返り打って、自然と向き合うかたちになるやろう。


「いいじゃん、おぼっちゃんよ」左隣のアキラはおかしそうにわろた。「あたしはいいぞ。牧場の息子に嫁いだって」

「オレもその職には魅力を感じへんわけやないよ。馬はメチャクチャ好きやさかいな」

「だったらどうして継がないんだ? シャル兄もだ。シャル兄は馬が嫌いなのか?」

「いんや。オレ以上に好きかもしれへん」

「だったら、どうしてなんだ?」


 その理由はたった一言、あるいはたった一人の存在に尽きる。


「大野くんや」

「大野くんが、どうかしたか?」

「なにより牧場が好きなコなんよ」

「えっ、競馬学校がどうとか、騎手がどうとか言ってたじゃないかよ」

「いや、牧場で育成に関わりたいんや。それはずっと変わってへん」

「じゃあ、じつのところは――」

「ああ。この牧場を、ずっと続けたいんや」


 優しい気持ちになって、オレはつい、口元に笑み浮かべた。


「兄貴よりもオレよりも、誰より馬を愛してるんが大野くんなんや。いくらウチの牧場や言うても、そんな彼を差し置いて、軽々しく継ぐなんて言えへんわ、言えへんやろ?」

「そりゃあまあ、たしかにそうだな」アキラは納得してくれたようやった。「お父さんは、どう考えてるんだ?」

「おとんはもうわかってる。兄貴とオレが出てったもんやから、暗黙の了解みたな感じで、みんなみんな、理解してる」

「そうかぁ。そういうことだったのかぁ」アキラっちの声が近くなった、寝返り打って、こっち向いたんやろう。「優しいんだな、シャル兄はもちろん、イクミ、おまえも」


 クサいセリフを照れなく言いやるとは。

 アキラっちよ、おまえは成長したな。


「大野くんもじつはわこてるんさ。せやから誰よりも時間かけて、誰よりも働いてる。べつに牧場が大きくならへんかったってええんや。食い扶持は大切やけど、最低限でええんやよ」

「立派だなぁ」

「ホンマ、ええコやさかい、どないなコミュニティーに入ってもうまくやる思うんやけどな。彼が望むなら、その望みを尊重したるっちゅうのが人情ってもんやろ」


 オレも寝返り打った。

 電気消した暗闇の中にあっても、見つめ合ってるのがわかる。


 そのうち照れたように、アキラが向こうに寝返り打ちやった。

 オレは身体寄せて、後ろから抱き締めたった。


「ぎゃーっ!」そないなふうに、アキラは悲鳴上げた。「やめろやめろ、離せ離せぇぇっ!」


 首筋の匂い嗅ぐみたいにして鼻と唇を近づけて、乱暴にTシャツん中に下から右手突っ込んだった。


「ややっ、やだぁ、やめろやめろやめろぉっ」

「いや、挟まれてるさかい、手ぇ抜こうにも抜けへん」

「挟まれてるとかっ」

「めっちゃ挟んでるやろ」

「挟んでるとかっ」


 実際アキラっちはオレん右手、がっちり「谷間」でホールドしてくれてるんやけど。


「き、来て、良かったぞ」

「どこにや?」

「ここに、だ」


 まあ、そうやろうな。

 オレの周りのニンゲンは、素敵な奴ばっかやさかいな。


「大野くんは、あたしたちと同じ、高校生なのか?」

「いんや、中学卒業してからは、ずっと住み込み」

「スゴいなぁ、偉いなぁ」

「ええ奴にはええ奴が寄ってくる。きっとええ嫁さん、もらいやるさ」


 だよな。

 アキラは穏やかな口振りでそない言いやって。


「――で、だ、イクミ、いいかげん手、引っ込めろよ、怒るぞ」

「お断りや。今日はこのまま寝たるんや」

「むぅぅ……」

「おやすみや、眠いぞ」

「わかったよ。仕方ないってことにしてやる」


 観念したように息を吐いた、アキラっち。

 アキラの肌はあったかい、ヒトより少し、体温が高いんかもな。


 オレが眠るって段になって、アキラの静かな寝息が聞こえてきた。


 寝入ったのは、同じタイミングやったんやろう。



*****


 翌朝、早めに実家を後にすることにした。

 べつに急ぎの旅やないさかいゆっくりでも良かったんやけど、いたところで何かするわけがあるんでもないしな。

 長居してまうと、離れるのが寂しいってことにもなりかねへんってのもある。


 最寄りの駅まで送ってくれるっておとんは言うてくれたんやけど、来た時と同様、タクシーでの移動を選んだ。

 おとんには「贅沢するな」って叱られたけど、「じつは稼ぎがあるんや」って告げると、感心された。


 家の前。


「シャルは? 元気なんか?」

「知らへんのん? LINEは?」

「返事はしてくれるんやが、あいつはしんどくてもしんどいなんて言わへんやろう?」


 それはそうや、親父殿、あんたの言うとおり。


「せやけどまあ、機嫌ようやってるみたいやよ。ええ会社にええ給料。さすが、兄貴やなって」

「俺の息子なんや。当然や」


 親父は胸張ってみせやった。

 痩せ型の人物やけど、胸板の厚さは結構ある。

 オレの丈夫な身体も、きっとおとん譲りなんや。


 オレは「大野くんよぃ」と声かけた。

 大野くんは「はいっ」って元気良く返事しやった。


「ウチのコらんこと、頼むな? ホンマに頼む」

「おぼっちゃんが……シャルさんとイクミさんが誰より優しいのは知っています。だからこそ――任せていただいているんですから、僕は精一杯、がんばります」


 大野くんのこと、抱き締めたる。

 土と草の匂いばっかする。

 このコにならだ丈夫、大事な牧場、任せられる。


 タクシーに乗り込む前に、振り返ったアキラっちが親父らに「ありがとう!」って大きく両手を振りやった、おっきな声で「また来ます!!」って伝えやった。


 タクシーは進む。


「いい環境で、おまえは育ったんだな」

「そういうこっちゃ」

「ああ。間違いないぞ。おまえはイイヤツだからな」


 こっちを見て、にひひってわろた、アキラ。

 照れへんで言うあたり、かなり珍しい。


 オレと彼女との距離は、また一歩、近づいたんかな?


 そうであると思ってるし、そうに違いないとも考えてる――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ