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23.右隣のクボタ

*****


 一日における計四、五回の休み時間あるいは昼休みのたびにオレんとこ訪れるのはアキラっちで、そのアキラっちに恋焦がれてたんがオレの右隣の席を陣取ってるクボタ・ダイスケくん――のはずやったんやけど、アキラっちはなにせエロい身体つきしてるさかい、思春期にあるオトコはそないに簡単に諦められるはずもないおもてたんやけど、いやはや、思いきりがいいとっちゅうかなんちゅうか、そのクボタくん、否、クボタ・ダイスケくんは、今、キャッキャキャッキャ言う女のコ連中に囲まれてるんや。長い髪に赤い差し色――赤いメッシュのさっちん、長い髪に青いメッシュのみゆきちが、それぞれ甘ったるい感じのするその唇を近づけてきやる。さっちんいわく、「モテるんだよ基本、クボタくんは」――ということらしい。


 ほぉー、なるほー。

 そかそか、ダイスケはモテるんかいなぁ。

 やっぱやっぱし――って感じやなぁ、容赦のない男前やもんなぁ。



*****


 オレんとこに来てくれやる女のコは少なくないんやけど、ホンマ、隣の席のクボタ・ダイスケんとこ訪ねてくるオナゴのほうが多いんや。そんなんやから、自然とダイスケくんのことに目ぇやる時間が増えた。うん。フツウにイケメンや。玉木宏に似てるっちゅうたらきっとわかりやすいやろう。オレは、ひょんなことでしかなかったんやけど、ホンマもんの彼のこと、札幌で見たことがある。いやあ、それはもう、幼心にばちこん決め打ちされてまうような、鬼のようなイケメンやった。せやさかい彼に近しい風貌のダイスケくんの男前さかげんに隙はないっちゅう評価になるわけや。


 机を挟んで正面の位置――アキラっちが前のめりになって、オレの耳に唇寄せてきた。


「思うんだよ、イクミ。やっぱさ、ダイスケにはあたしなんて必要なかったじゃんかよ」


 是々非々にはそうなんかもしれへんけど。

 にしたってなぁ。


「なあ、アキラっち」ひそひそ。

「な、なんだよ」ひそひそひそ。


「ダイスケとか下の名前でゆーな。気分悪いぞ」


 そったらアキラは身ぃ引いて、それから皮肉るような笑み浮かべて。


「はっはっは! あっはっは! なんだよ、イクミ、妬いてんのか?」


 アキラらしからぬデカい声やった。

 周囲の学友はびっくりしたことやろうし、オレに関して言うと難しい顔するしかなかった。


「あっはっはっ、あっはっはっ!」

「ええかげん、やかましいぞ、アキラ」

「あっはっはっ、あっはっはっ!!」


 一通りわろた上で、それから腕組んで胸ぇ張ってみせたアキラっち。


 要らん隙、見せてしもたな。


 オレもまだまだ至らんらしい。



*****


 クボタ・ダイスケくんがやってきよった。

 隣に連れてるのはえっらい美人さん。

 胸はぺちゃんこやけど腰から下――足がおっそろしく長い。

 どっかで耳にした覚えがある、スタイルの良さを評価するにあたって、胸の大きさは最たるファクターやないんやぞ、と。


「俺、こいつと付き合うから」


 と、ダイスケくん。


 オレは「ふんふん」と頷いてから、「こいつ呼ばわりはよぅないぞ」と指摘したった。


「知ったふうな口、利くんじゃねーよ。俺とこいつはもう、そういう関係なんだ」


 ダイスケくんは美人さんの肩を乱暴に抱き寄せた。


「せやけどなぁ、正直言うてええか、ダイスケくん」

「んだよ、イクミさんよ」

「おまえは軽いニンゲンなんやな」


 ダイスケくんは苦笑のような表情を浮かべて。


「言われると思ったよ」

「否定したろうってわけやない。たった一つ、言えることがあってやな」

「それは」

「恋愛なんて数打つもんやない。せやさかい――」

「幸せにしろってんだろ? わかってるってんだよ」


 睨み合うような格好になった。

 ――そっと破顔したダイスケくんには、なんとも言えへん力強さがあった。



*****


 アキラっちと二人して、くだんの雑色駅近くのタイヤ公園。

 今日も運良く、放課後、ブランコで並んで座ってる――。


「なあ、バインバインなアキラっちよ」

「ば、バインバイン言うな、バインバイン言うなっ」

「ダイスケくんはさぁ」

「ダイスケが、っていうか、クボタだな、もはやクボタだ。――って、奴さんがどうかしたのか?」


 オレは腕組んで、それから「うーん」って首を右に傾けた。


「ときどき思うんや」

「ときどき思う? 何をだ?」

「いや、せやからさ、オレがおらへんかったら、それなりに事はうまく運んだんやないか、って」

「あっ、ぁっ、あたしはクボタに抱かれてたんじゃないとか、そそそっ、そんな話か?」

「うん、かなり明らかに、まさにそのとおり」

「か、軽い調子で言うな!」


 アキラはぶんぶんと首を左右に振った。


「せやけど、その可能性があったっちゅうのは、否定できへんやろう?」

「かもだけど、そ、そうかもだけど」アキラは俯いて、暗い顔しやった。「でもそんなの、今だから言えることだけど、妥協わぁ、ヤだよ……」


 ふむ、妥協、か。

 まあ、そいつは確かに言えることやわな。


「バインバインのくせに生意気な」

「だ、だから、バインバイン言うな、バインバイン言うな」


 オレは幸せにありつけたっちゅうわけや。

 オレがそないに言うと、アキラはいよいよこっち向いた、真剣な表情、眼差し――。


「でもさっ」と語尾跳ねで言うと、「何事も、あたしはそんなに難しくは考えてないんだぜ?」と続けた。


 難しくは考えてない?

 どういうこっちゃ?


 脚でこいで、きぃこきぃことブランコを揺らし、鳴らす、アキラ。


「女が誰を相手にどういうかたちでヴァージンを失おうが、それは自然の成り行きなんだ。だからこそ」

「だからこそ?」

「あ、あたしは神様に感謝してる……っ」


 オレは思わず目をしばたいた、ぱちくりさせてしもた。

 ああ、そうか、そういうことをおまえは、アキラは言いたいんか。


「だ、だからって、いつでもいいってわけじゃないんだぞ。順番ってのが、あるんだぞ」

「まあ、せやろな」

「そうだよ。まあ、そういうことなんだ」


 今日もおうちまで送ったるわ。


 そない言いながら、オレはブランコから立ち上がって、アキラの正面に立って、彼女に右手を差し出した。

 ポッと頬染めやるのが可愛いこと、可愛いこと。


 アキラはオレの右手を両手でしっかり包んだ。


「おまえ、髪も肌も目も真っ白だけどよ、あたしは知ってるぜ、おまえは誰よりあったかいんだ」


 自分ではわからへんさかい、「そうかぁ?」って問いかけた。

 アキラは「間違いないから、心配するな」とか力強く応えてくれた。


 ぎゅって、繋いだ手にそれぞれ力ぁ込めて、歩き出す。


「一言、言っていいか……?」

「ああ、なんや?」

「くどいみたいでなんだけど……」

「ああ、なんや?」

「思いの果てが見えなくて、どこまで、えっと、求めちゃうんだろうな、って……」


 なんてかわいいことを言うてくれるんやろう。

 ――せやさかい、余計に、「アホぅ」やなって。


「あ、アホ言うな。失礼だぞっ」

「ラブラブすぎるさかい、イタイ未来が見えへんなぁ、って」

「言ってろ、馬鹿。油断しやがったら容赦なく浮気してやるんだぞ」

「ホンマに?」

「あ、あぅっ、嘘だ、冗談だ、ごめん」


 むしろ、心配してるのはあたしだ。

 ――と、アキラが打ち明けた。


「おお、おまえはモテすぎるからな。だ、だから、あたしなんかで、えっと、そんなふうに、そう……」


 いちいちどもるんが愛おしい。

 ぶきっちょやさかい、愛情にも拍車がかかるっちゅうもんや。


 アキラっちを家まで送り届けた。別れ際、押し出すようにして左手でお尻、叩いたった。「セクハラだセクハラだっ」って騒ぎやったけど、それは明るい調子に終始する声やったさかい、コンプライアンス的には見逃してもらえたんやろう。


 前を行きながら、右手でバイバイって手ぇ振りながら進む。


 そったらや。

 後ろからダダダって駆けてきた人影に、がしっと腰に手ぇ回された。

 体幹がっちしなオレはまるで揺るぎもせんかったわけやけど、勢いの良さは、著しく伝わってきた。


「へっ、ヘンだ。で、でも、抱きつい、ちゃった……」

「ラブラブやなぁ」

「う、うるさいやぃっ」


 オレは戒めを振りほどいたって、ずんずん、進む。


 後ろから、アキラが「ありがとうな!!」と大きな声を出した。


 何が「ありがとう」なんか不思議におもたんやけど、せやけどそのうち、いろいろと心当たりが芽生えたもんやから、まあええかって考えて、「おう!」とだけ返事したった。


 まあ、ええやんか、そのへん。

 他者との距離の詰め方って、それはもう、楽しいもんなんやから。


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