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20.獅子堂ネモちゃんは、つぉい

*****


 昼休み、透明の、でっかいゴミ袋ぉ持って、中庭の掃除に勤しんでたんやわ。

 生徒会メンバーのつらいところや、こういう雑事も率先してやったらなあかん。


 今、オレと一緒におるのがネモちゃんや。


 獅子堂ネモちゃん。


 アッシュグレーの長髪に長身、ただの日焼けでは説明がつかへん黒い肌――体躯はボディビルダーみたいにゴツい。

 女のコなんは間違いないんやけど、ここまでマッチョな異性は見たことがない、これも「多様性」の一環なんやろうか?(謎)


 喧嘩なんてしようもんならひといきで負けてまうやろう。

 腕相撲ひとつとっても勝てへんやろう。

 男として情けない限りやけど、説得力がある身体つき――雰囲気っていうのは、たしかにある。


 一通り作業を終えたところで、オレは額に浮かんでる汗を右の袖で拭った。

 七月に入ってすっかり経つし、せやさかい、けっこう暑いんや、オレにとってはかなり酷な季節に突入してしもた。


「終わるぞ、犀川」


 ネモちゃんにそないなふうに野太い声で話しかけられた。

 そんなに汚い中庭やないはずやのに、ネモちゃんのゴミ袋は満腹、どこからどこまで掃除したらそないになるんや?


 昼休みの終わりまで、まだちょい、時間がある。


「待っててや、ネモちゃん」

「なんのことだ?」

「まあまあ」


 オレはネモちゃんにベンチの上で座っているように言うて校舎に入った。

 自販機で160円もするポカリを二つこうて、戻った。

 一つをネモちゃんにくれたる。

 ネモちゃんはめっちゃ怖い表情を特段変化させることもなく、「悪いな」とだけ応えやった。


 ベンチに並んで、ポカリをぐびぐび。

 めっちゃゴツいネモちゃんはめっちゃゴツいくせして、女のコ特有の甘ったるい匂いがしやる、不思議なもんやとしか言いようがない。


「犀川……いや、おまえと七尾か。おまえたちが来る前まで、ミキの奴はどこか物足りなそうだった」

「へぇ、そうなん?」

「ああ。もっとイロモノが欲しいと思っていたんじゃないかね」

「イロモノ扱いとか」ついわろてしもた。

「どうあれ、おまえたちのおかげでミキの明るさは増した。ありがとうと言っておく」

「気にしなや。いや、気にせんといてくださいな、獅子堂センパイ」


 タメ口でいい。

 ――って、ネモちゃんは言うて。


 ネモちゃんにぶつけたい質問を言い出したら、尽きへん。

 せやさかい、俗っぽいことはぶつけへんでおこうと思う。

 彼女から切り出されんのを待つに終始しようというんや。


 せやけど、なぁんも言うてもらえへん。

 そのうち、おたがいポカリも飲み干してしもた。


「なあ、ネモちゃん、もうちょい愛想ようしてみたら? それって(アク)やないんやぞ?」

「冗談はよせ。ヒトに、特に男に妥協してやる神経なんて持ち合わせていないんだからな」

「そのへん頑なすぎるんはどうかって思うんやぞ?」

「だったらまずは組み手をしよう」

「組み手?」

「ああ。私に勝ったら、言うことを聞いてやる」


 意外に魅力的な条件ではあるんやけど、まるで勝てる気がせーへんさかい、頭ぁ下げて降参した。

 男らしくないなとか言われてしもたけど、ぶたれて痛い目に遭うよりんかはずっとマシや。

 ぶって言うこと聞かせるのもぜんぜんなってへんなって思う、考える。


「たとえばやよ、ネモちゃん」

「たとえば、なんだ?」

「ネモちゃんは、会長のこと好きや言うたやん?」

「定義によると言ったつもりだ」

「あら、そうなん?」


 予想とは違う返答に、ちょい驚かされた。


「好きは好きだ。しかし、恋愛感情とは微妙に違う」

「百合やないんやねぇ」

「どうあれ百合だろう?」


 まぁ、そのとおりか――。


「だが、自分がなんのために生まれてきたかを考えた場合、それはそうだということになるんだろう」

「ちょいとばかし回りくどいな」

「たとえば、私の父親は代議士だ、一端の政治家だ」

「へぇ、そうなん? スゴいやん」

「べつにスゴくはない。違うか?」


 違わへんな、立場と器量は比例せぇへんさかいな。

 そない言うて、オレは肩ぁすくめた。


「まあ、だからという側面、古い体質も確かなんだろうな。もう少し淑やかであれ。そう釘を刺されている」

「それはネモちゃんの自由やろう。ネモちゃんの人生なんやから」

「そんなふうに言えるおまえは――優しい男なんだろうな」ネモちゃんが口元に穏やかな笑みをたたえた。


 否定はせーへん。

 そもそも女のコにはそうあろうって決めてるしな。


 どこからともなく現れた白猫。

 惜しげもなくネモちゃんの分厚い太ももの上に飛び乗ったのを見て常連さんらしいと知る。


 ネモちゃんは猫の小さな頭を撫でながら、「いいよな、猫は」って言うた、「自由だからな」って続けた。


「ネモちゃんの趣味は?」

「総合格闘技だ」


 まぁ、そうなんやろう。

 疑う余地なんてないわ。


「その昔、私の精神はじつに不安定だった」

「へぇ、見えへんな」

「そんな折に私を助けたのは、なんだったと思う?」

「たとえばぁ、筋トレとか?」

「おまえは賢いようだ」ふっと、ネモちゃんは優しく笑んだ。「そのとおりだよ。健全な魂はなんとやら、だ」


 そういうこともあるやろう。

 いや、そういうことのほうが多いんかもしれへんな。


「だからって鍛えすぎや思うけど?」

「それはある種のセクハラだ」

「――やね。かんにん」

「いいさ」


 てんでまるきり兄貴肌。

 惚れてまうやろーっ。


 予鈴が鳴った。

 せやさかい、二人してゴミ袋を持ってベンチから腰上げた。


「おもろい会話やった。いや、勉強になったわ」

「私は私で楽しめているらしい。いつでも来るといい」

「おおきにね」

「礼には及ばんさ」


 去り行くネモちゃん。

 ブレザーの上からでもわかる明らかな逆三角形の上半身は美しいを上回ってもはや恐ろしい。


 オレはオレで――一歩踏み出したところで、ぐずってた空が涙こぼし始めた。

 まったく、ようないぞ曇天くん、おまえは堪え性がなさすぎや――。


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