18.桃色デート
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「次の日曜日、お時間をいただきたいのですよ」
放課後の生徒会室にて、ふいにそないなふうに、生徒会メンバーの――桃色髪のメメたそに言われたんや。
こそこそこそこそ、耳打ちされたんや。
「イクミくん、予定は? おありなのですか?」
「いや、ないっちゃないんやけど、にしたってなんで耳打ちなん?」
そこにアキラちゃんの姿があるからですよ――なるほー。
アキラは勘がええというか、なんにやかて敏感やさかい、オレらのほうを振り向いた。
難しい顔はしてへんけど、なんや、不思議そうな顔はしやった、愛らしく、右にくりって首傾げたんや。
「動物園に行きたいのです」
その耳打ちをもって、メメたそは離れた。
どことなく得意げに胸を――薄い胸ぇ張ったりする。
動物園かぁ。
このあたりで言うたら、それは上野動物園のことやろう、八景島の可能性もあるかもやけど、あっちは「シーパラダイス」や。
メメたそが右手の前腕で目元を覆い、それからわざとらしくおいおい泣きながら、「パンダちゃんが中国に帰ってしまうのですよぉ」とか言うた。
そうか。
確かにそないなニュースは聞いた気がする。
っちゅうか、やっぱロケーションは上野なんやな。
――にしても。
「パンダって、そないにええもんか? 奴さんらは飽食の暴君やぞ?」
「また難しいことを言い出しましたですね、厄介です、イクミくんは」
「そない思うなら、別のニンゲン、誘ったら?」
「あなたと一緒に行きたいのです」
おっ、愛の告白か?
そないなふうにおもたんやけど――。
「いえ、誤解なさらないでください。私の周囲にパンダ好きがいないというだけの話なのです」
ああ、そういうことね。
まあ、実態を明かすとオレもパンダんことは特別好きってゆぅわけでもないんやけど。
「ええよ、わこた。ドンと引き受けたろうやないか」
「おぉっ、カイジ的に言うと僥倖なのです」
「カイジ的? 僥倖?」
「黙れなのです」
メメたそは万歳しながらぴょんぴょん跳ねた。
それから奇怪な感じで、にひひぃ――とかわろた。
「付き合いが良いのですね、イクミくんは」
「上野くらい電車一本で行けるさかいな。手が空いてたら、つきおうたるわ」
「パンダ、楽しみなのです、てへ」
ベロ出して見せたメメたそ。
何が「てへ」なんやろうか、ええ年こいてからに。
「当日はお迎えに行って差し上げます。おめかしするのですよ、てへ」
また「てへ」と来やったか。
「パンダかぁ、パンダなぁ、パンダかぁ」
「パンダちゃんがどうかしましたか?」
「いや、せやさかい、興味ないなぁ、ってさ」
心底心外です。
メメたそは顔に顔をずいって近づけてきて、目尻釣り上げて、なんともご立腹の様子。
「パンダは心のオアシスなのです。わからないのですか?」
「いや、そない考えるヒトがおるんはわかるんよ。せやけど――」
「せやけどもクソもありません。パンダはサイコーで最強なのです」
サイコーで最強?
見るヒトからすれば、そうなんかなぁ……。
とにかく、行くことは決まったわけや。
「オレの一日は貴重やぞぅ、メメたそ」
「私の一日もレアですよ。なぜなら私は美少女なのですから」
そのへん、まあ否定はせーへんわ。
「じゃあ、お頼み申し上げますね?」
メメたそはぺこって頭下げやるとくるっと身を翻して生徒会室を後にした。
何やら会長とずっとおしゃべりしてるらしいけど、アキラはちらちらちらちらこっちのこと伺ってた、目が合う、眉根を寄せて、難しい顔をして、なんや一言二言、物言いたそう――ちょっとした嫉妬のポーズが、とてつもなく愛らしゅう感じられる。
ともあれ、約束はした、してしもた。
おうよ、メメたそ、つきおうてやろうやないか。
ま、何があってもなんとでもなるやろう。
メメたそは稀有な人格やさかい、正直言って楽しみなだけや。
*****
メメたそはえっらい早い時間に訪ねてきた。
急いでくれって急かすもんやから、急いで寝癖直して、歯ぁ磨いた。
もう暑い日常やさかい、オレは白いTシャツにダボっとしたカーキ色のズボン姿――正装とは程遠い。
アパートの二階――階段から下りたところ、すぐにメメたそに左手を引かれた。
「急ぐのです、急ぐのですよっ!」
ホンマに早い時間やさかい、大田区の雄たる蒲田駅であってもそこまでの道すがら、ヒトはまばら。
オレは眠い目ぇこすりながら、いよいよ「なんでこないに早いんさ?」と訊ねたった。
「まずはきちんと歩いてください」
「歩いてるやん? もう歩いてるやん?」
「手を握るのはよせ、と?」
「いや、そうでもないんやけど」
「だったら黙ってついてきてください」
強引なメメたそは初めてやな。
もともとそないな性格なんやろうけど。
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電車に乗って、やっぱ目的地は上野動物園やった。
動物園のゲートが近づいてきたところで、なんでメメたそが早くに来たんか、それがわかった。
すっごい行列がやったんや。
確かに、まもなく二頭のパンダちゃんが中国に返されるって話は聞いてたんやけど。
行列を見るや否や、メメたそは駆けだして、でもって列の最後尾に並んだ。
「早く来るのです、来るのですよーっ!」
とか言うて、全身つこてオレのことを招く。
メメたその隣に並んでから、「動物園に行列ができるとか初めて聞いたわ」と正直に話した。
「それだけパンダちゃんは人気だということなのです」
「らしいなぁ」
「じつは入場、明日から抽選になってしまうのです」
「ほぉほぉ。せやさかい、今日、来たかったんやな?」
「そういうことなのです」って言うと、メメたそはぺこっと頭ぁ下げた。「という理由はあったのですが、非常識に違いない早朝の訪問はごめんなさいでした、反省します、しております」
「ええよ、べつに。ってか、すっかり目ぇ覚めたわ、むしろおおきにな」
見返りとして、せめてお昼御飯はご馳走したいのです。
ったく、なんともありがたい申し出や。
メメたそと並んで歩いて、そのうち、パンダのとこにまで至った。めっちゃスッゴい人だかり。みんなパンダを撮るのに必死や。まあ、おらんくなってしまうんやったら、それは悲しいことなんやろう、パンダ好きの奴さんらにとっては。パンダは丸っこいからかわいいんやろうか。愛嬌があるんは否定せーへん。にしたって、「オレは愛嬌があるんやぞ」とパンダ自身がおもてるようには思えへん。せやさかい、余計にあざといんや。おそるべしってとこやろう。
「もう良いです、満足したのです」
パンダを見終わったところで、メメたそはそないに言うた。
どうやらホンマにパンダにしか興味がなかったらしい。
「言うたかて、ちゃんと入場料はくれたったやんか」
「お支払いしましたけれど、パンダが見られたからもう良いのです。他の動物は、もう良いのです」
なんたる横柄かつあっさりとした物言い。
他の動物に失礼やないやろうか。
「イクミくんが見たい動物がいるというのであれば、付き合って差し上げますですよ」
おおぅ。
なんや、主導権、握られっぱなしやぞう?
「メメたそはホンマに他に見たい動物はおらんのかいな」
「うーむ、強いて言うなら、バファローを見たいのです」
「ほなら、そのバファロー、見に行ったろうやないか」
「いえ、べつに好いのです。お腹がすいたのです」
「ほなら、レストランに入ろうや」
「いえ、もう帰りたいのです」
あまりに潔い、さっぱりとした口調に、唖然とさせられた。
「ホンマに出るんか?」
「はい、そうしましょう。パンダちゃん、バイバイなのです、母国でも達者に暮らせや、なのです」
「なんやかんやあったけど、昼飯くらい、奢ったるさかいな」
「ですから、そこまでダーティーなつもりはないのです。私はデューティーを謳っているのです」
「オレは自分で稼いでるから、そない言うんや」
するとメメたそは「お手上げです」言うて万歳して。
「それを指摘されるとすねかじりの私は弱いのです。なので、ご馳走になります。楽しみなのです」
「バーボンロードにうまい洋食屋があるんや」
「おぉ、バーボンロード、バーボンロード」
「見るからにボロい店や。異議があるなら受け付けまぁす」
「ボロ、オッケーなのですよ。とっととつれていってください」
まったく、メメたそってば生意気や。
そのへん含めて、めっちゃかわいらしいんやけどな。
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蒲田におけるアクティビティはダイナミズムに欠ける――っちゅうこともあって、川崎でゲーセンに寄った。とにかく「獲物」が充実してる。なんのことかって、UFOキャッチャーの景品の話や。デカくて豪快なぬいぐるみからディテールが凝った小さいフィギュアなんかがある。二千円もかけてそのいずれも獲得できへんかったんは恥ずべきところやけど、格ゲーのオンライン対戦でえらい気合い入れてやるメメたそのことを後ろから見てると「がんばれ、がんばれ」って気持ちになった。どうやらメメたそは鉄拳8がメチャクチャ得意らしい。滑らかかつ鮮やかな空中コンボには目を見張らざるを得んかった。「アーマーキングはサイコーです」とかマニアックなこと言うて、勝つたび、メメたそはガッツポーズをかましやった。
そういった経緯があってから、いざ、蒲田駅近くのバーボンロード――その老舗の洋食屋にて。
店舗を前にしたところで――なんや一言あるやろうっておもてたんやけど、メメたそは納得顔で首を「うんうん」と縦に振るだけやった。
「うんうん、うんうん、良いのですよ、この店構え。ボロさもここまで来ると芸術でしょう」
てんで異議ナシ。
この物件のたたずまいは、確かに――偉そうに言えば、まず清らかさがない。
「清潔感と提供される料理の質は別なのです」ということらしい。
「おっしゃるとおり」とオレは深く首を縦に振った。
入店。
綺麗さうんぬんで言えば、ホンマに小汚い店。
並んで座ったわけやけど、赤いカウンターも黒い丸椅子も油気がヒドい。
せやけど、味はええから、あるいはボリューム感において秀でてるから、こぞって客が集まるんやろう。
メメたそは勢い良くメニュー表を開いて、オレは彼女に身を寄せて――二人して「何にしようか?」ってな具合。
「これ、ミックスフライ定食、ヤバくないですか? このボリューム、ヒトを殺しかねないですよ」
いくらなんでもそれは言いすぎやと思った次第やが、めちゃハイカロリーなんは間違いない。
「メメたそはそれにするんか? ミックスフライ定食がええんか?」
「ええ、ええ、はいです。試したいですね、画像通りのクォリティがやってくるのか」
「ほなら、オレも同じもんにするわ」
「べつのものを頼んだほうが良いのでは? そちらのほうが絵的に楽しめるのでは?」
「ええやん、べつに。とんかつもエビフライも食べたいやん?」
「合点承知、異議ナシなのです」
一言一句を放つメメたそにはかわいげっちゅうもんがある。
正直かなり、イケてる思う。
「イクミくん、イクミくん」
「なんでっしゃろか、メメ女史」
「食事を済ましたらカラオケに行きたいのです」
近所には「カラオケ館」がある。
「ディープなアニソンについて理解してくださる方は少ないのです」
「なおのこと、つきおうたるわ」
「スケベェなのです、イクミくんは」
「だいぶん話が飛躍したぞ?」
「三時間コースなのです。アルコールは? 飲みますか?」
「飲まへんよ、オレはオレで、真面目やさかいな」
あなたは素敵な男性です。
突拍子もなくそう言われ。
仲良くしましょう、これからも。
そないなふうに、ある種、口説かれた――。




