16.ぱふぱふ未遂
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バイトであるエッセイの執筆、その成果物のお値段が倍にまで跳ね上がったんやわ。
せやさかい、またアキラっちになんやうまいもんでもご馳走したろうっておもたわけや。
その旨を告げたところが悪かった。
――否、特段、悪かったとは言わへん。
ただ教室で誘ったところさっちんとみゆきちに見つかってしもた。「何何何?」ってなふうに興味本位に違いない、「何」を連打で言うてきたんや。ちゅうわけで、しゃあなく、アキラっちを含めて、三人に奢ったるっちゅう運びになった。
まあええんやわ。兄貴に家賃、持ってもらってもらってるのはそれなりに心が痛むんやけど、はろてくれるんやさかい、そこは甘えようって考えてるし。それがあかんっちゅうんなら、兄貴はオレんのこと突き放すやろうから。とりあえずオレんことを可愛らしいとおもてくれてるっちゅうことや。
アキラっちとさっちん、それにみゆきち、三人に「どこで食いたい?」って訊いた。寿司がええってことやった。回らんとこを想定したんやけど、は〇寿司がええんやってことやった。軍資金は六万円。高いとこでもオッケーやぞぅって提案した次第やけど、問題あらへんって言う。そこにあるのは優しさなんやろうか? まあそのへんかまわへんさかい、近所の「そこ」を訪れた。席に座ってちょい経ったところで「は〇寿司」で良いって気をつこてくれた理由がわかった。三人とも恐ろしいスピードで注文して、恐ろしいテンポで爆食いしやるんや。は〇寿司にありながらコスパが悪いもんばっか注文しやる。この調子でオーダーされたら結構な額になる。まったく、やってくれるわ。ちゅうかアホみたいに食いまくるんやさかい、まあ、頼もしいと言うか逞しいと言うか。
まだまだ食べれそうな勢いやのに、さっちんとみゆきちがチョコレートケーキを頼みやった。そろそろ終わりかなぁとおもたんやけど、声を揃えて「チェイサーだだだっ!」――。ああ、そうか。お二人さん、まだまだ食べるんやね。ケーキがチェイサーとか初めて聞いたわぁ。
アキラもけっこう食べやる。まだまだ食べれそうやけど、そろそろお茶で流し込んでる節もあるさかい、限界が近いんかもしれへん――が、食べるのをやめへんあたり、意外とがめついニンゲンなのかもしれへん。
オレはフツウに食っただけなんやけど、結果として四人で二万円超えた、とんでもない話や思う。
恐るべきは女子高生の胃袋なり。
遠慮なしに食うあたりには容赦のない気持ち良さを覚えたわけやけど。
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帰りに第一京浜沿いの本屋に寄った。
当該はあとひとつきほどで閉店してまうらしい。
ボロい感じや、外観からしてそう断言せざるを得ーへんよ。
「そりゃ潰れるだろ。客なんてまばらじゃんかよ」
アキラっち、店内において、それは大きな声で言うたらあかんことやぞ。
「宿命なのさ」さっちんが平積みのマンガを手にしつつ男前な感じで言うた。「っていうか、本屋って言えば、あとは駅前の東急にしかないよねぇ」
「小説好きな私としては悲しいなぁ、って」とか言うたみゆきちは、二階へと姿ぁ消した。「ゲームを見てくるのだ」ということらしい。確かにこの本屋は少ないながらも古いソフトを扱っている。
さっちんはなおもマンガを物色してる。
――と、アキラが歩を進めだした。
後をついていく。
そこは週刊誌のコーナーやった。
「ほらよぉ、イクミぃ。おまえのエッセイが載ってる雑誌ってのはどれなんだ?」
オレは「それや」と指差した。
白い表紙――芸能人が華々しく飾っていたらまた違うんやろうけど、あいにく、そこまで垢抜けた出版物やない。
それでも寂れ気味な本屋にかて置いてあるあたり、そこまで情けない雑誌――ってこともないんやろう。
「買おうかな。買っちゃうおうかな」アキラは右手に顎をやった。
「原稿、PCに入ってるさかい、欲しいってんなら紙にしてくれたるぞ?」
「おおぉぉぉ、持つべきものは友だちだなぁ。――でも」アキラは問題の雑誌を手に取った。「こういう場合、商品化されてる物を買うことに価値があるんだろ?」
そりゃぁまあ、そのとおり。
アキラはときどき、こっちのことをメッチャ絶妙に説得してくれる。
「あたしは尊敬してる。思いを文章に起こしてそれを買ってもらえるなんて、想像もつかないからな」
アキラは右手で抱くようにして雑誌を持ち、レジに向かった。
雑誌は「六百円+税」もする。
ホンマ、申し訳ないなぁ。
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さっちんとみゆきちと別れたあとの夕焼け空、やがてはあたりを暗闇が包み込み、車のヘッドライトはひっきりなしや。
特に意味もなく、散歩のようにして、あたりを歩いてた。
すると――。
「ここにドンキがあったんだ」とか、アキラ言った。
第一京浜に面した土地、川崎から離れていくほうの車線側。
立地が悪いわけやないとおもた次第。
「区画整理だって聞いた。残念だったなぁ。値段はともかく、かゆいところに手が届く品揃えだから。ドンキってそういうもんだろ?」
異議ナシや。
「なんか、も一つ遊び足りないなって思う」
「言い方を変えると、もうちょいオレと一緒にいたい、と?」
「なっ、ばっ、誰もそんなことは言ってないぞ?!」
「家に連絡は? 実際、大丈夫かぁ?」
「ま、まぁ、だだだ、大丈夫だっ」
ほならボーリングでもしてこかぁ。
そんなふうに提案した。
「おぉっ、いいぜ。賛成だ大賛成だっ」
「決まりや。オレ、じつはうまいんやぞ」
「あたしだって得意だ。負けてやるもんか」
かくして、JR蒲田駅の東口近くのボーリング場を目指した。
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三百円で靴借りて、レーンに向かった。
オレは重いボール、アキラは比較的軽いボール。
「なんかずるいぞ。重いボールはずるいんだぞ」
「しゃあないやろぉ。腕力あるんやさかいな」
「まあいいさ。全部倒しつづければ、あたしの勝ちなんだからな」
楽観的な考え方はなんやよろしく感じられた。
「よし。せっかく勝負するんや。罰ゲームを決めようやないか」
「ば、罰ゲームだぁ?」
「ええぞ。アキラから決めろや」
「まだあたしはオッケー出してないぞ」
「オレが勝ったらぱふぱふとチュゥや」
「ぱぱぱっ、ぱふぱふ? チュゥ?!」
アキラは両手を使ってオレの両肩をぽかぽか叩いた。
「ぱふぱふもチュゥもあかんのか?」
「とりあえずチュゥはダメだ。で、ぱふぱふってのは?」
「そりゃおまえ、胸の谷間に顔埋めて両方でこう、ぱふぱふって――」
アキラは目を白黒させた。
「今までおまえのことを見誤っていたぞ。なにがぱふぱふだ、なにがぱふぱふだ、この変態めっ!!」
「一回くらいええやろぉ、減るもんやないし」
「きっと減るんだ、自尊心が目減りするんだっ」
「ああ、一理あるかも。せやけどなぁ」
「な、なんだよ」
「いや、じつのところ、アキラは勝つつもりやないんかなぁ、って。勝てばなんも問題ないんやぞ?」
そ、そりゃそうだけど。
などとしおらしく、アキラ。
「自信あるんやろ? せやったら勝ってみろや」
「わ、わかったよ。その代わり、あたしも罰ゲーム、出すぜ?」
「なんなりと」
「だだ、だったら言わせてもらう。こっ、こここここっ!」
なんや、いきなりニワトリの物真似か?
って、違うやろう。
噛みまくるのはもはやアキラのお家芸や。
「こ、ここ、い、いや、明日からでいいや。その、あたしと一緒のときは」
「一緒のときは?」
「ずっとずっと、手、つないでくれよ……?」
へっ?
そないなことでいいん?
「いや、アキラ、それ、オレからしたらなぁんも罰ゲームになってへんぞ?」
「いいいっ、いいから言うこと聞けよ。あたしからすれば、それが罰ゲーム中の罰ゲームなんだっ」
考えるまでもなく、「オレはかまへんぞ」と乗ってやった。
笑顔で、乗ったった。
「負けてやってもこっちに損はないって言うたけど、あくまでもオレはぱふぱふを狙うぞ」
「変態めっ」
「任せろ」
かくして、二人だけのボーリング大会が始まったんや。
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結果、アキラが勝った。
ハイレベルな戦いやった、二人とも二百点台のなかばまで持ってったんから。
「残念賞でぱふぱふ、あかん?」
「ダメに決まってるだろ。おまえは負け犬なんだからな、ふはははは」
負けは負けやけど負け犬とはなんとも酷い言われようや。
ちゅうか、「ふはははは」って――。
「ででで、でも、ちょっと触るくらいなら……」
「へっ、ええのん? 揉むぞ? オレ」
「たたっ、多少ならっ。敢闘賞だっ」
「ようわからへんけど、やめとくわ」
「に、二度とないチャンスかもしれないぞ?」
「いんや、そんなん、これからいくつもあるやろ」
そりゃそうや。
この先もずっと一緒にいるんやさかいな。
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帰り道、なんやかんやで、その右手を左手で握ってる。
普段はけっこうおしゃべりなくせに、アキラはなんも言わへん。
緊張のほどが窺えて、胸がどきどきしてる感じが確かに伝わってくる。
「な、なぁ、イクミ」
「おう、なんや、相談ならなんやかて乗ったるぞ」
「相談ってほどでもないのかもしれないけど……なぁ、あたし、スカートはいたほうがいいかな……?」
自分でもわかるくらい、オレはきょとんってなった。
アキラは今日もズボン姿。
っていうか、これまでアキラのスカートスタイルの制服は見たことない。
「かわいらしい提案やけど、オレはどっちでもええな」
「そうなのか?」
「アキラはスカート、はきたいんか?」
「だから、お、おまえが、たぶん、そうだ、とか……」
要領を得ん物言いや、せやけど殊勝なんは伝わってくる。
アキラはぶんぶんと首を横に振った。
「だ、ダメなんだ。最近のあたしはどんどんオンナをやりたくなってるんだっ」
「そりゃ感心。でもって、おおきにな。めっちゃ嬉しい」
オレの左手を握る右手に、アキラは強く力を込めた。
「どうしよう、ホントに、困っているんだ……っ」
「オレは気にせぇへんさかい、好きにしたらええ」
「いいのか? それで」
アキラは何かを訴えるような目で見上げてきた。
「スカートは? 買ってあんのか?」
「そっ、それが、あるんだ、一応……」どこか気まずそうに「あはは」と笑った、アキラ。「だけど、うん、わかった。おまえがどっちでもいいって言うんだったら、べつに変える必要はないよな」
「そういうこっちゃ」
「おまえはいい奴だよ。ホントにイイヤツだ。ひょっとしたら、あたしのひとめぼれだったのかもな、あ、あはは」
「恐れ入ります」
戸惑い加減のアキラに仰々しく言って、オレは目ぇ細めたんや。




