15.甘露
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「七尾の弁当」のすぐ脇にしゃがみ込んで、今日もぱくぱくばくばく、ありがたく奴さんトコの商品にありついてた。今宵は生姜焼き弁当。偉いな、ああ、メッチャ偉い。くどいにくどいを重ねての言葉やけど、アキラんちのメシはどれもホンマメッチャ偉い――うまいんや。そりゃオレの隣で真っ黒なにゃんこが「分けろー、分けろー」言うわけや。ちゃんとくれたるわ、しっかり食べろや、あかんたれぇ。
21時。
ぼちぼち店じまいかっちゅう段にあって、せやさかい、アキラの奴が表に出てきた、割烹着姿、オレはなんや、母方のおばあちゃんのことを思い出した、とうの昔に死んでしもたんやけどな、比較的、早逝やった、会うたび会うたび「大きなったねぇ」言うてくれたことを覚えてる。天国で幸せにしてるやろうか――そうであれば嬉しいなって考えてる。
「ご苦労さん、アキラは今日も偉かったなぁ」
「あー、あーっ、おまえ、ちっともそんなふうに思ってねーだろぉ?」
「心からの、労いの言葉やよ」
「ぜんぜん響かねーよ」
「めちゃ心外、やな」
心外ってほどでもなかった。
否、てんで心外やなかったな。
とにかく、今日もうまい弁当、おおきにな、って。
オレは立ち上がって、発泡スチロールの弁当箱持って。
「置いてけよ、それくらい。きちんと処分してやるから」
「悪い気がしてなぁ」
「置いてけって言ったんだ」
「あら、そう?」
空き容器をくれてやると、アキラは照れくさそうに「へへへ」ってわろた。
「なんや、アキラ、気味の悪いその笑いは?」
「ほっとけ、馬鹿。っていうか、気味悪いとかっ」
馬鹿とか言いなや。
傷ついたろか? 冗談やけど。
「そ、そういやぁさ、おまえ」今度は一点、どもりながら切り出したアキラ。「ぷ、プール行きたいとか、言ってたよな?」
それはそのとおりや。
しっかり言うたったことを思い出す。
「おぅ。行きたい言うたぞ。何回も言うたぞ」
「いいい、いや、だから、行ってやってもいいんだよ」
行ってやってもいいんだよ。
なんたる上から目線か、悪くないけど、むしろ気持ちええけど、きっとドMのオレとしては――。
「行こうや行こうや、そのうち、行ったろうや」
「わわっ、わかった。行ってやるぞ。あたしは臆病者なんかじゃないからなっ」
「臆病者? ――うんぬんはともかく、べつに、焦ったりはしてへんさかいな。アキラっちの都合がええときでええんや」
「それわぁ、そうなんだけどぉ……」
「なんや不満とか不安でもあんのか?」
「大丈夫だい、そんなことないやい。あたしはあたしだからきちんとあたしをやってやるんだい」
なんともかわいい御仁である。
「オレ、なんかの役に立ってるんやろうか?」
しみじみそないなふうに発言するとアキラはきょとんってなって、首を左に傾けやった。
「なんのことだ?」
「いや、そのへん、もうわかるやろ?」
「それはまあ、そうかもしれないけど……」
「ときどき、つらくなったりするんやで? じつのところ、オレにはなぁんもわからへんさかいな」
アキラは心外そうな顔をすると「むぅ」と顎を引いて。
「それって要するにあたしの内心は掴みようがないってことだよな?」
「ちゃうかぁ?」
「違わないぞ。あたしだってニンゲンだからな」
「オレに気さくに接してくれるんわぁ――」
「そ、それは、まあ、そういうことなんだろ」
わこた。
そないなふうに理解を示して、オレはわろたんや。
照れくさそうに言うてくれたアキラはホンマにかわいかった。
「せっかくなら流れるプールに連れてったんぞ」
「おぉ、いいな、流れるプール」
「ポロリを期待」
「ば、馬鹿ぁっ、バカバカバカっ!」
手足をじたばた動かす様子を目の当たりにして、つい、わろてしもた。
「とはいえ、じ、じつは感謝してるんだぜ……?」
唐突に言われたもんやさかい、オレは目をぱちくりさせた。
「なんやぁ、いきなり」
「いや、だってよ、おまえはつねにあたしの味方じゃんかよ」
何を言い出すんやっておもた。
だってそんなん、当たり前のことやから。
「何回言わせんねん、アキラ。それともオレの愛情ってのは、そないにまで伝わらへんもんなんか?」
「そ、そうは言ってねーよ。言ってねーんだけど……」
「言ってねーんだけど……なんなんや?」
アキラは乱暴に、自分の頭をがしがし掻いた。
「あたしには、そんな経験がないんだ。れ、恋愛したことなんてなかったんだから、当然だよな」
それはそうかもしれへんけど、せやったらせやったでフレッシュな感情を味わうべきやとおもた次第。
「あたしはほんとうに優柔不断なんだ。男であったほうが気楽だって思ってるのに、な、なのに、ほらっ、さ……?」
痛いほどよくわかるとまでは言わへん。
せやけどそこにあるのは紛れもない事実なんやろう。
「い、言っとくぜ、イクミ」
「おぅ、なんや?」
たぶん、おまえの前では、あたしは女だ、女なんだ。
アキラが力強く宣言してくれた。
少なからずなんとなく途方もなく、ほっとした。
まあ「おまえはあかんぞ」言われたら言われたで、追いかけようがあったんやけどな。
「たしかに、今までのあたしは半端者だった。どっちをやりたのか、どっちでありたいのか、そのへん、中途半端だった。でも、おまえが相手なら自信を持って、どっちがいいかって言えるんだ」
いい答えやんかぁって感じられたから、つい笑顔になった。
アキラの「回答」はオレにとってベストやなって感じさせられた。
アキラはオレのことを好きでいようとしてくれてる。
ありがたい、せやからこそ、もっともっと好きになりたい。
「だ、だからって軽んじるなよな。あたしはそんなに尻軽な女じゃないんだからなっ」
「そんなんわこてるけど」
「わこてるけど、なんだ?」
「おまえみたいなんに会えるなんておもてへんかった。ありがとうな、ホンマに」
なななななっ。
とかどもりまくって、明らかに取り乱して見せたアキラ。
「つ、つくづく偉そうだぞ、あたしのことをおまえ呼ばわりとかっ」
「ああ、紛れもなくホンマやな、かんにんな?」
「いや、じつは謝ってもらうようなことでもないんだけど……」
「プール、行こなぁ」
「行ってやってもいいって言っただろ?」
オレは「水着、一緒に見に行ったろかぁ?」って訊いた。
そったらアキラは「いいいっ、要らねーよ馬鹿」って憎らしげに口利きやった。
「なあ、アキラ」
「な、なんだよ?」
「オレかて初めて好きになった異性がおまえなんや」
「だだっ、だから、そんなのもう聞いたって言ってるだろ? じつは嘘じゃないかとかって思っているんだぞ?」
「嘘やないよ。こないに素敵な気持ちって、他にないっておもてる」
「なにを女みたいなこと言ってんだ」
ははって、オレはわろた。
「多様性の時代だっていうだろ?」アキラは顔を俯けて。「でも、どっちつかずなのは良くないよな」
「気にしなや」
「するよ。おまえに会うまではリアルにときどき『俺』とか言ってたしな」
「あははははっ」ってオレはわろた。「その調子やったら、周りは少なからずヒイてたやろ?」
そうなんだよ……。
アキラはとほほとでも言わんばかりに俯いて――。
「でも、だったらどうして時々、スカートはいてみたいだなんて思うんだろうな。下着だって、選ぶのに迷うんだろうな……」
安易な返答ならできるように思う。
せやけど男のオレが答えるべきことではないように思えた。
出会いについては超の付くランダムにランダムを重ねた上での結果なんやっておもた。
それを運命って呼ぶケースもあるんやろう。
オレが男でアキラが女やったんは、途方もないくらいの、厳然たる成り行きなんや。
オレが腰を上げたら、アキラもすっくと立ち上がった。
「へ、変なこと、言っちまったよな。なんか、ごめん……」
アキラがそないなふうに得体の知れへんこと言うたさかい、オレは奴さんの頭を右手でがしがし掻いたった。
「なあ、アキラ、おまえにとって、オレはなんや? どういう男や?」
「だだ、だからそりゃあ、そりゃあ……って、みなまで言わせるのかよ?」
「いや、もう答えはもろたしな」
「そ、そうだぞ。意地悪するなよな」
「ああ。おおきにな」
すたすたてくてく帰路を進み始めた段にあって――。
「イクミぃっ! 明日も迎えに行ってやるからなっ!!」
惚れていい男がおらへんかったんやろう。
惚れていいって思える男がおらへんかったんやろう。
オレはまともであろうって思う。
アキラんことは、どうしたって裏切りたくない、奴さんの気持ちには全身全霊で応えたい。
たった一人の女に好かれへんで、何が男やろうって思うんや。




