10.最初の報酬
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初めて書き上げたエッセイを成果物としてメールで送ったらソッコーで三万、口座に振り込まれた。
めっちゃ現実的な数字、金額で、せやさかい「仕事したったなぁ」って気になった。
報酬が法外すぎたら、以降、引き受けるのはやめたかもしれへん、気色悪いから。
何においてもリアリティってのは大事なんやよ、それは間違いない。
どうあれ商品として認められたんは、素直に嬉しい。
仲良しやさかい、アキラになんやうまいもんでも奢ったろうっておもた。
雑色商店街の途中の切れ目をちょい出たところに気になってる町中華があるんや。
アキラんちから近いし、ひょっとしたら奴さんは行ったことあるかもしれへんけど、それでもまずは誘ったろうって。
土曜日――にしても今日は朝から連絡ないなぁ。
家業の弁当屋でエプロンか割烹着で接客で忙しいんやろうけど。
工数的なこと、すなわちコスパとタイパを考えたらオレのエッセイ――オレのバイトのほうが、効率はずっとええやろう。
せやからこそ、泥臭いオペレーションに勤しんでるアキラは偉い、尊敬かてするって言える。
頭のええアイツんことやさかい、もっとうまく稼ぐ方法くらいわかってるやろう。
それをせーへん愚直で一途なあたりがホンマに好み。
アキラはホンマは人前に出ることなんて好きやないんや。
それでもがんばってやるってところもポイントが高い、好ましいところや。
ネガティブな自分を遮ってでも、労働に身を投じる。
そうすることで、自分のことをポジティブなほうに変えようとしてるんかもしれへんな。
素晴らしいんや、アキラは。
かなーり、な。
時にほろりとしたりもする――っていうのはいくらなんでも冗談がすぎるんやけど。
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アキラん店、「七尾の弁当」には行列ができてた、昼飯まではまだ時間があるっちゅうのに、大したもんや。
儲けに関しては、今後もずっと安泰やろう。
弁当屋の壁に背中預けつつ、腰を下ろした。
いちいち、アキラは丁寧かつ愛想良く接客しやる、明るい「ありがとうございましたーっ」が聞こえてくる。
普段は無愛想でビビりで強がるだけの人格やから、そのへん知ってる身としてはかわいいとしか言いようがあらへん。
アキラが表に出てきたのは、およそ一時間後。
今日は軽やかな白いエプロン姿で、特に意味もなくスマホいじってるオレの隣にしゃがんだ。
頭の三角巾を取ると、「わ、悪いな。遅くなった」と言葉のとおり、すまなそうに言うた。
それから、訊いてもいーへんのに、「実家でバイトって、なんかずるいよな」とか、少しだけ気まずそうにわろた。
「昼飯は? 食いに出れるかぁ?」
「あっ、うん。もうばあちゃんに引き継ぐから」
オレは立ち上がってスマホをデニムパンツのポケットにしまうと、「弁当屋の主人は、まだじいちゃんなんか?」って訊いた。
アキラは「今さらなんだよ、あらたまって」と不思議そうに答えた
「父ちゃんと母ちゃんはキッチンカーだからな。品川界隈が本拠地だ。言ってなかったか?」
「聞いた気もするし、聞いてへん気もする」
「なんだよ、それ」あははとアキラは朗らかにわろた。
「たとえばさ、アキラ、おまえのじいちゃんに趣味はあるんか?」
「また、なんだよ、いきなり」
「なんとなく、や」
「ときどき、パチンコに行ってるみたいだぞ。それくらいだと思う」
きっと、ずっと弁当屋一筋なんやろう。
で、息抜きにはパチンコをたしなむ程度。
それって幸せな人生やって言えるんかな?
若造のオレには見当もつかへんわ。
「メ、メシ、奢ったほうがいいか?」
おどおどした、おっかなびっくりの、なんともアキラらしい訊き方や。
「いや、逆さまや。ご馳走したろうおもて来たんや」
「えっ、なんでだ? ひょっとして臨時収入でもあったのか?」
「バイトの成果や」
「バイト? えっ、えっ、そうなのか?」
「自分の知らんオレがいるのは不服か?」
「そそそっ、そんなことは言わないけど……」
ええからエプロン取り払ってこい。
そない言うたった。
当然、「なんだよ、偉そうに」とぶうたれたアキラっち。
せやけど、「ホンマ、奢ったるさかい」と告げると、「楽しみだ」と応じて「うふふ」とかわいく笑ってみせやった。
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せまーい一車線やのにバス道路やってのが、オレの価値観からしたら信じられへん。
アホなんちゃうか、行政、もうちょい現実ってもんを見て空気ってのを読んだれや。
――なんてことはともかく、雑色駅からすぐ近くの、くだんの町中華の店に入った。
アキラはきらきらした目でメニュー表を見てやる。
「ランチセットがいいかな?」
「贅沢してもええぞぉ」
「予算は?」
「せやさかい、三万や」
「ブルジョワだなぁ。ホント、どうしたんだよ」
「食べながら話したる」
オレは中華そばと炒飯と空心菜の炒め物を頼んだ。
アキラはというと、「じゃ、遠慮なく」と前置きした上で、あんかけ焼きそばとライス大盛に餃子二人前――よう食べるんや、ホンマに、コイツは。
ちゃんとおたがいに「いただきます」を言うてから、食事を始めた。
「金の出所を話したろう」
「聞かせろよ聞かせろよ」
「エッセイ書いたんや」
「エッセイ? エッセイって、あれか? コラムみたいなやつか?」
「そうやな。そのへんの区別がオレにもいまいちつかへんねんけど」
ライスにワンバンさせてから餃子を頬張った、アキラ。
いわく、「皮がもちもちしてるのがホントうまい」ということらしい。
ニコニコ顔にはとことん良い印象――。
「話の腰を折って悪かった」
「ええぞ」タンメン追加してから、「続けろや」と伝えた。
「エッセイなんてスゴいよ。あたし、絶対無理だから」
「大したこと書いてへんよ」
「報酬としての三万なんだろ? 大したもんじゃんか」
「そうか?」
「そうだよ」
えらい褒めてくれるさかい、文章に関する自分の力量を、ほんの少し信じたくなった。
「なんか縛りはあったのか?」
「『新進気鋭の現役DKエッセイスト』とかいう逃げ場のない設定があってな。せやさかい」
「せやさかい?」
タンメンが来るのが待ち遠しいオレはアキラの餃子を一つさっと強奪してから「結果が求められるんや」と言った――さかい、アキラはぶぅと口をすぼめたわけやけど。
「ああ、そういうことか。そりゃ追い詰められるよな。でもさ、どうあれ報酬は得られたんだから――」
「そうや、そのとおり。オレの仕事は商品として悪くないもんやって信じてる」
そのうち、タンメンがやってきた。
レンゲつこてスープすする、じゅるじゅるじゅる。
アキラはまだ餃子食べてやる。
ホンマ、一口食べるごとにじつに幸せそうや。
「で、『新進気鋭の現役DK』は何を書いたんだよ?」
「やっぱな、そりゃ恋愛なんや。そのへんが一番ウケるやろうって考えたわけや」
「奥手とか言ってなかったか?」
「おまえよりはマシやろ」
「う、うるさいぞ」
「はいはい」
つくづく、オレらは仲良しやなぁと感じた次第――。
「このあとはどうする? あたしなら空いてるぞ、いいや、空けてやってもいいぞ」
「ほな、ジムでも行こか」
「あぅ、それはなんかヤだぞ。だだ、だっておまえは――」
「そりゃそうや。オレの目的はおまえのカラダやさかいな」
「ほ、本気で言ってるのか?」
「さーな」
「にに、二度と見るな、あたしのカラダを二度と見るなっ」
右手に箸を握ったまま、自分の胸の前を両手で隠す、アキラ。
まったくもってかわいすぎて、せやさかい容赦なく鼻血が出そうや。
「おお、おまえ、ホントにヘンな奴だよな」
「そうかぁ?」
「そうだよ、エ、エロがすぎるんだっ」
そのへんは否定できへんな――そないに思った。




