『煙の向こう側』【5】空を目指す大輔
物語はいよいよ「空」を舞台に広がります。大輔が出会うのは、飢餓に苦しむ「金色国」の人々。彼の農業知識と発芽の奇跡は、異世界で希望の光となるのでしょうか。本章では、新しい国との出会いと、大輔の胸に芽生える使命感を描きます。
『煙の向こう側』【5】空を目指す大輔
湖畑に大輔は作物ごとの畑を整備し、育苗トレイから苗を移植していた。
春風は暖かく、異常気象の気配もない。
大臣の屋敷での朝食の席。
「本日午後、『浮遊車設計』のオリバーが植物畑を見たいと作業小屋に参ります」
「待っています」大輔は胸を高鳴らせた。
やがて羽根も車輪もない乗り物が、青白い「風精石」を輝かせながら宙を滑るように降り立った。
「オリバーが来ました」アニーの声に、大輔は迎えに出る。
「オリバー、空を飛べるのですね」
「最近、完成したのです」
「あの二千五百メートルの岩山も越えられるのですか?」
「可能だと思います」
オリバーは畑を巡り、驚嘆の声を上げた。
「……整備された、これが“植物の畑”なのですか」
「温室も見てください」
育苗トレイすべてから芽吹く苗に、彼は目を見張った。
「この大陸では女神の怒り以来、発芽を見た者は少ないのです……」
大輔は悟った。自分にとって当たり前の発芽が、この世界では伝説そのものだということを。
「お願いがあります」
「どんな御用ですか?」オリバーが聞いた。
「空中浮遊車で肥料や薬剤を散布したいのです。そして……あの岩山を越えたい」
オリバーは声を潜めた。
「岩山の向こうには『金色国』があるのです。さらに南には『海の国』も。どちらも大地は枯れ、人々の笑い声すら消えかけています。もし発芽の奇跡を示せれば……希望を与えられるでしょう」
大輔の胸に熱いものが広がった。
「王の許可が必要だと思います」
その夜、大臣に直訴した。翌朝、王との謁見が許される。
「空中浮遊車であれば岩山を越えられます」
「では行くことを許可しよう。金色国の王には私から伝えておく」
翌日。快晴の空、大輔とオリバーを乗せた大型浮遊車は舞い上がった。
岩山を越えると風はやみ、荒れ果てた地が眼下に広がった。
金色国の城に降り立つと、王は大輔を迎えた。
「この国は苦しんでいる。どうにかならんか」
「まず畑を見せてください」
高所から眺めると、耕作法も排水路も整備されていない荒れ地が広がり、わずかなタロイモが植わっているだけだった。樹木は少なく、大河はただ流れ去っている。
そこに広がっていたのは、豊かさとはほど遠い荒れた大地でした。
王の願いと民の苦しみを前に、大輔は自らの使命を強く意識します。
「岩の国と同じです。改良できるはずです」
やがてオリバーは一軒の古い家に浮遊車を降ろした。
「ここに母がいます」
家の中には、笑顔の女性が待っていた。
「長男と仲良くしているの、オリバー。会えてうれしいわ」
「また来るから」
母と短い再会を果たしたオリバーは、再び浮遊車に乗り込む。
大輔の胸には、新たな決意が芽生えていた。
第五話では、ついに大輔が「空」を越えて隣国へ足を踏み入れます。発芽の奇跡が新しい国々に広まることは、飢えに苦しむ人々にとって光となるでしょう。
次回は「海の国」へと舞台を移し、三国の交流や大輔の使命がさらに大きく展開していきます。