庭に咲く約束_1
あの日以来、エマとリーリエ伯爵は何度か顔を合わせる機会を設けていた。伯爵様はきっと父の顔を立ててくださっているのだろうと、エマは考えていた。
あるときは庭園を散歩し、またあるときは一緒にお茶を飲む。たわいもない会話の中にも、伯爵の細やかな気遣いが感じられ、たとえそれが社交辞令であっても、エマの心は温かく満たされた。
その日は、午後から伯爵とのお茶の約束があった。エマは朝の涼しいうちに畑仕事を済ませようと、草花に手をかけていた。
「そんなことまでお嬢様がされずとも、このじいが代わりにやりますのに……」
庭師のルーベンが心配そうに声をかける。
「お願い、やらせてルーベン。こうして自分でお世話をするから、なおさらご飯が美味しくなるのよ」
エマの味覚は――正確には、前世の早川百合子の記憶によるものだが――八十歳の頃から変わっていなかった。肉や油物はあまり得意ではない。食べたいのは、季節の野菜や豆類、魚の出汁が香る素朴な料理。しかし、この世界ではそれらはあまり登場しない。
そこで父のつてを使い、各地から種や苗を取り寄せた。ルーベンと二人三脚で試行錯誤を繰り返し、ようやく理想のお野菜畑が完成したのだった。
今年の春は、立派なじゃがいもとエンドウ豆が収穫できそうだ。少し塩を効かせた豆ご飯に、出汁のしみたじゃがいもの煮物――春の味覚を口いっぱいに頬張る幸せを想像しながら、エマは袖をまくり上げて土を掘り起こしていた。
「はぁ……ごほっ……はぁ……」
しゃがみこんだエマが咳き込む。
「ああお嬢様、どうかそこまでになさいませ……!」
ルーベンの声が震える。けれど、エマは手を止めなかった。
「ねえルーベン、私、生きたいわ。生きてるって、ただベッドで寝てることじゃないの。お日様を浴びて、好きなことをして、お腹いっぱい食べて……そうして、自分自身を楽しむのよ」
そう語りながらも、咳はどんどんひどくなっていく。
「もうじいには見ていられません、お医者様を呼んで参ります!」
そう叫んで、ルーベンが屋敷に向かって駆け出した。その途中で、誰かにお辞儀しているようだった。
顔を上げたエマの視線の先に、リーリエ伯爵の姿があった。