陽キャお父様、大暴走(エマ視点)
「はっはっはっ!」
父の笑い声が貴賓室に響き渡る。
やめてください、と何度目かの視線を送っても、父は全く気づく気配がない。
「いやぁ、セイル、今日のお前さんはいつになく顔色がいいな! まるで若返ったようだぞ!」
「……そうでしょうか」
「そうとも! エマも楽しそうな顔してるじゃないか! なあ、お前、この縁談、乗り気だろ?」
「お、お父様……! まだ何もお話ししておりませんのに……っ」
私が小声で抗議すると、父はにかっと笑った。
「何も話さずとも、顔を見れば分かる! ふたりとも実に相性が良さそうだ! おいセイル、どうだ、この場で話を進めてしまっても?」
「……え?」
(え?)
私と伯爵様の声がぴったり重なった。
あまりのことに伯爵様も一瞬ぽかんとされていた。
「なあに、正式な婚約発表はまた後日でもいい。だが、今日この場で『了承』だけでもいただければ、公爵家としては──」
「お父様っ」
ついに私は声を張り上げてしまった。
空気が、少しだけ張り詰める。
その静けさの中、伯爵様がゆっくりと立ち上がった。
「……グランフォード公爵、令嬢」
私と父を、まっすぐに見る。
「私は、あなた方のご厚意に深く感謝しております。そして、令嬢とのこのご縁も、私にとっては思いがけぬ……幸福なものであります」
(──あ……)
「ですが、私には、即答できない理由がございます」
父がきょとんとする。私も、ほんの少しだけ息を呑んだ。
「それは、令嬢が悪いのではありません。ただ、私自身が、このようなかたちで人生を決めてしまってよいのか……悩んでいるのです」
その声音は誠実で、静かで、そしてどこか、胸に刺さるような寂しさを含んでいた。
「……ですから、どうか少しだけ、お時間をいただけませんか」
沈黙が落ちた。
父は口を開けたまましばし固まり──そして、
「……そうか、なら仕方ないな! よしよし、じっくり考えてくれ! セイル、お前は真面目すぎるくらいだ!」
と、急に満面の笑みで肩を叩いた。
全く、どこまで行っても明るいお方です。
「じゃがな、エマはな、たしかに病弱で婆臭いが、優しい子なんじゃ。料理も上手で、よく畑の面倒も──」
「お父様、もう、やめてくださいませ!」
顔から火が出るほど恥ずかしくて、私はついに椅子を立ち上がってしまった。
伯爵様が、かすかに微笑んでおられたのを、私は見逃しませんでした。