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百合子の回想_清一の出征4(百合子視点)

 ――戦死致候。


 それは、清一さんの戦死を告げる通知でした。


 私は封書を静かに閉じ、箪笥の奥にしまいました。




 それから数日の記憶は、あまりありません。

 泣きもせず、怒りもせず、ただ、ぼんやりと、日々を過ごしておりました。


 そうだ……軍人恩給の手続きをしなければ――。


 私は箪笥の引き出しを開け、もう一度、あの封筒を取り出しました。

 ふと、封筒の奥に何か固いものが触れる。手に取ると、それは小さな手帳でした。


 清一さんのものだわ。


 日記とも呼べないような、走り書きの羅列。

 でも、紛れもなく彼の字で、ひと文字ずつ、優しく綴られていた。


 ページをめくると、ふと目に入った言葉に、私は息を呑みました。


 「男児なら(しゅう) 女児なら(ゆき)


 清一さん、楽しみにしていたものね……


 私は、封書が来て以来見ることのなかったあの写真をそっと取り出しました。

 あの日、出征前に二人で撮った、一枚の写真。


 静かに微笑む、清一さん。


 愛しい人。

 もう、二度と会えない――。


 ポタリ、と涙が落ちた。

 ひとつこぼれたそれは、堰を切ったように、次々と頬を伝い、畳に落ちていく。



 どうして、清一さん

 逝かないで

 私を、置いていかないで

 お願い

 私も連れていって



 押し寄せる悲しみに、私はなす術もなく、ただ嗚咽をこらえるだけでした。

 涙は止まらず、声は震え、嗚咽が喉を焼く。



 清一さん、愛しているわ

 それなのに、言えなかった

 逝ってしまった

 もう会えない

 二度と




 そのとき。


 「おかあさん、いたいの?」


 背後から呼ぶ小さな声に、私はハッと振り返りました。


 そこには、雪がいました。

 無邪気で幼い私の娘。

 三歳の彼女には、まだ何も知らない無垢な優しさが宿っていました。


 「どこかいたいの? ゆきちゃんがなおしてあげるからね」


 そう言って、雪は小さな手で、私の体をそっと撫でてくれました。


 「雪ちゃん……」


 私は娘を抱きしめました。


 「ごめんね、ごめんね、雪ちゃん……」


 「まだいたいの?」


 「……ううん、痛くないよ。雪ちゃん、大好きよ。大好き……」


 私は涙を流しながら、雪の髪を何度も撫でました。

 温かいぬくもりが、胸の奥のひび割れをそっと埋めてくれるようでした。


 「ゆきちゃんも、おかあさんが、だぁいすき!」


 雪はにっこり笑って言いました。


 その顔が、清一さんによく似ていました。

 透き通った瞳――まっすぐに私を見ていた、あの人の面影。


 清一さんは、雪の中に息づいている。


 この子を、幸せにしなければ。



 そのとき、ふと、あの日駅のホームで清一さんがくれた最後の言葉が浮かびました。


 「百合子さん、必ず生き抜いて」


 私は、清一さんの死を知ってから、初めて――声をあげて泣いたのでした。

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