百合子の回想_清一の出征3(百合子視点)
清一さんが出征して間もなく――戦争は、ある日突然に終わりました。
あの人を連れていってしまった戦いは、あっけないほど静かに幕を下ろしたのです。
けれど、戦が終わっても、清一さんは帰ってきませんでした。
しばらくして届いたのは、茶封筒に収められた一枚の通知書。
「満州戦線に於いて消息不明となり候」
事務的に並んだ文言に、私はじっとりと嫌な汗をかきました。
清一さん、戦争は終わったのよ。
もうすぐこの子も生まれます。
あの梅の木も、もうすぐ蕾をつける頃。
――お願い、帰ってきて。
けれどその願いは、空に溶けるばかりで、返事はありませんでした。
終戦の翌年――年が明けて間もなく、私は娘を産みました。
名は、雪。
清一さんが、出征の前に選んでくれていた名前です。
けれど、幸せの中に浸っていられたのは、ほんのわずかでした。
両親が立て続けに病に倒れ、あっという間に、私は雪とふたりきりになりました。
親から譲られたわずかな遺産。
それを雪のために大切に残そうと、私は懸命に働きました。
戦後の混乱と物資不足。
何をするにも食べ物にも困る時代でした。
それでも雪だけは、どうにか食べさせようと、私は方々に頭を下げ、汗を流し、靴底をすり減らして日々を走りました。
必死に働き、懸命に笑い、なんとか生きていく。
そうしていると、不思議なことに、清一さんのいない寂しさも、少しずつ鈍くなっていくようでした。
彼の不在に慣れたわけではありません。
ただ、娘と共にある現実が、私を押し出し続けてくれたのです。
――そうして、あれから三年が経ちました。
冬のある日。
私は、郵便受けに一通の封筒を見つけました。
役場からの公報。
それを見た瞬間、足の裏から血の気が引いていくのを感じました。
手が震えました。けれど、目は逸らせませんでした。
それは、長く待ち続けた答え――
けれど、どうか開けたくはないと願ってしまう封書だったのです。