百合子の回想_青年期2(百合子視点)
ある日、母が言いました。
「もうあなたも、そろそろお見合いを考える年頃ね」
夕餉のとき、ぽつりと漏らした言葉でした。
私はそれに何も答えられず、静かに箸を置きました。
部屋に戻っても、胸の奥がざわざわと波打っておりました。
結婚。家を出ること。誰かの妻になること。
お見合いをしたら、知らない誰かと顔を合わせ、うまく笑って、うまく言葉を選んで……そして、嫁いでいく。そんなこと、できるのかしら。
私の頭には清一さんの顔が浮かびます。
あの儚く今にも消え入りそうだった少年は、このごろ明らかに変わった。
よく食べ、よく眠り、毎朝のように体を鍛えて。
ご学友の方たちと語らっている姿は、もう少年ではない。
どこか、頼もしく、でも……遠くなったような気がして。
――そして、私は気づいてしまったのです。
子どものころからずっとそばにいた彼を、ひとりの「男の人」として、意識してしまっている自分に。
でも、彼のあれはきっと勘違いよ。
だって、私は彼の家族のような存在で、きっと子供のころのふれあいに、ただ感謝しているだけで――
(でも、あの目……あの声……)
思い出す。
目を見て話すときの、低く捕らえるような声。
「それでも、僕は……百合子さんが好きです。昔も今も、ずっと……」
「僕は……百合子さんじゃないと、だめなんです」
私は、どうすればいいのかしら。
彼を好きだと思う自分が、どこか怖かった。
その好きが、彼の未来を縛ってしまうかもしれないから。
彼は優しいから、私のために、夢をあきらめたりしてしまうかもしれない。
そして何より――この時代。
誰かを愛することは、同時に、その人を失う覚悟を意味している。
私は、夜ごとひとり、布団の中で泣きました。
言葉にもならない想いが、胸を締めつけてくる。
あぁだけど。
それでも。
でも。
何度打ち消してもあふれる言葉は、もはやひとつしかありませんでした。
――清一さんが好き。
私はどうしようもなく、清一さんに恋をしてしまっていたのです。