【短編】グランフォード家の新年会10
雪は心臓の奥に冷たい不安を抱えたまま、エマの前で声を震わせていた。
「でも……もし何かあったら……私が目を離したせいで……」
必死に抑え込んでいる娘の怯え。
母として、その気持ちは痛いほど理解できる。
エマは静かに雪の背を撫でた。
「大丈夫よ。邸内にいる限り、そうそう何か起こるはずがないわ」
言葉は穏やかでも、雪の胸のざわめきは消えない。
ユーリの治癒の力が知られてしまったら──利用しようとする者はいくらでもいる。
その思いが、雪を締めつけていた。
雪がぎゅっと目をつぶり、祈るように手を握ったその時。
「……ママ」
耳に届いた懐かしい声。
雪は弾かれたように顔を上げた。
そこに立っていたのは、不安げに小さく肩をすくめたユーリ。
その後ろには、セイルと、白銀の装束をまとった騎士の姿。
「……ごめんなさい。色々見て回っていたら、はぐれちゃって」
「ユーリ……!」
雪は力いっぱい娘を抱きしめた。怒られると思っていたユーリは一瞬驚いたが、すぐに母の温かなぬくもりに涙を浮かべた。
そんな二人を見つめながら、セイルがエマへと声を落とす。
「庭園の方に迷い込んでいました」
「……良かった。見つけてくださってありがとうございます、セイル様」
エマが安堵の表情を浮かべて微笑むと、セイルは張り詰めていた胸の張りがふっと緩んだ。
その隣で、白銀の騎士──エドワードが一歩前へ出る。
「エマ……久しぶりだね。顔色が良くなったみたいだ」
「お兄様……お久しぶりです」
「エマが嫁いでから、公爵家は色を失ったようだよ。困り事があれば、いつでも帰っておいで」
「もう……ご冗談ばかり」
エドワードは自然な仕草でセイルの視界を遮るように立ち、妹へ声をかけ続ける。
白銀の貴公子と白百合の乙女。二人の並ぶ姿は、まるで絵画の一幕のように眩しかった。
言葉を失うセイルの横で、雪は深く頭を下げる。
「医師のユキと申します……ユーリを助けてくださり、ありがとうございました」
「お噂は承っています。可憐なご令嬢をエスコートできたこと、光栄でした。……これからも、どうかエマをよろしくお願いします」
「もったいないお言葉です。医師として、今後も最善を尽くします」
大人びた雪の返答に、エマとセイルは目を細める。立派に成長した娘の姿は、二人にとって何よりの誇りだった。
その時、遠巻きにしていたイザベラとマリアベルが歩み寄ってきた。
「皆、お揃いね」
「お父様だけまだのようだけれど……きっとまた浮かれて酔っているのでしょう」
「放っておきましょう」
姉妹がくすくす笑い合う中、イザベラがふと視線を向けた。
「それはそうと、エマ。そろそろ良い報告を聞かせてくれてもいいのではなくて?」
「……良い報告?」
不思議そうに瞬くエマへ、イザベラはにこりと微笑みを浮かべる。
「あら、あなたのドレスや振る舞いを見ていたらすぐに分かることよ。皆揃ったのだから、そろそろ打ち明けてくれないかしら」
そして静かに、場を震わせるひと言を告げた。
「それで……予定日は、いつなの?」
その場の空気が、一瞬にして張りつめた。