表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/112

【短編】グランフォード家の新年会10

 雪は心臓の奥に冷たい不安を抱えたまま、エマの前で声を震わせていた。


「でも……もし何かあったら……私が目を離したせいで……」


 必死に抑え込んでいる娘の怯え。

 母として、その気持ちは痛いほど理解できる。

 エマは静かに雪の背を撫でた。


「大丈夫よ。邸内にいる限り、そうそう何か起こるはずがないわ」


 言葉は穏やかでも、雪の胸のざわめきは消えない。

 ユーリの治癒の力が知られてしまったら──利用しようとする者はいくらでもいる。

 その思いが、雪を締めつけていた。


 雪がぎゅっと目をつぶり、祈るように手を握ったその時。


「……ママ」


 耳に届いた懐かしい声。

 雪は弾かれたように顔を上げた。


 そこに立っていたのは、不安げに小さく肩をすくめたユーリ。

 その後ろには、セイルと、白銀の装束をまとった騎士の姿。


「……ごめんなさい。色々見て回っていたら、はぐれちゃって」


「ユーリ……!」


 雪は力いっぱい娘を抱きしめた。怒られると思っていたユーリは一瞬驚いたが、すぐに母の温かなぬくもりに涙を浮かべた。


 そんな二人を見つめながら、セイルがエマへと声を落とす。


「庭園の方に迷い込んでいました」


「……良かった。見つけてくださってありがとうございます、セイル様」


 エマが安堵の表情を浮かべて微笑むと、セイルは張り詰めていた胸の張りがふっと緩んだ。


 その隣で、白銀の騎士──エドワードが一歩前へ出る。


「エマ……久しぶりだね。顔色が良くなったみたいだ」


「お兄様……お久しぶりです」


「エマが嫁いでから、公爵家は色を失ったようだよ。困り事があれば、いつでも帰っておいで」


「もう……ご冗談ばかり」


 エドワードは自然な仕草でセイルの視界を遮るように立ち、妹へ声をかけ続ける。

 白銀の貴公子と白百合の乙女。二人の並ぶ姿は、まるで絵画の一幕のように眩しかった。


 言葉を失うセイルの横で、雪は深く頭を下げる。


「医師のユキと申します……ユーリを助けてくださり、ありがとうございました」


「お噂は(うかが)っています。可憐なご令嬢をエスコートできたこと、光栄でした。……これからも、どうかエマをよろしくお願いします」


「もったいないお言葉です。医師として、今後も最善を尽くします」


 大人びた雪の返答に、エマとセイルは目を細める。立派に成長した娘の姿は、二人にとって何よりの誇りだった。


 その時、遠巻きにしていたイザベラとマリアベルが歩み寄ってきた。


「皆、お揃いね」


「お父様だけまだのようだけれど……きっとまた浮かれて酔っているのでしょう」


「放っておきましょう」


 姉妹がくすくす笑い合う中、イザベラがふと視線を向けた。


「それはそうと、エマ。そろそろ良い報告を聞かせてくれてもいいのではなくて?」


「……良い報告?」


 不思議そうに瞬くエマへ、イザベラはにこりと微笑みを浮かべる。


「あら、あなたのドレスや振る舞いを見ていたらすぐに分かることよ。皆揃ったのだから、そろそろ打ち明けてくれないかしら」


 そして静かに、場を震わせるひと言を告げた。


「それで……予定日は、いつなの?」


 その場の空気が、一瞬にして張りつめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ