【短編】グランフォード家の新年会7
「はっはっは! エマのことはセイルに任せて正解だった! わしの見る目に狂いはない! その証拠に、今のエマは見たことないくらい健康じゃないか!」
グランフォード公爵は、豪快に笑いながらセイルの肩をがっしり抱き、上機嫌で酒を煽っていた。
「あの仏頂面で何にも興味のなかったセイルが、今ではすっかり愛妻家だ! それで、いつ孫の顔を見せてくれるんだ?」
「……公爵、飲みすぎです」
セイルは穏やかにいなしながら、適当に相づちを打つ。
……早くエマのもとに帰りたい。
浮かれきった公爵に絡まれながらも、頭の片隅ではどう切り抜けるかを考えていた。
「……私も酔ったようです。少し風に当たって参ります」
ようやく公爵の手から逃れたセイルは、頭を下げてその場を離れる。背後でまだ上機嫌に杯を掲げる公爵の声が響いていた。
一人になり、ほっと小さく息を吐く。庭園の奥へ足を向ければ、風が頬を撫で、胸に溜まっていた熱が少しずつ和らいでいく。
セイルはある程度、この邸の勝手を知っていた。
グランフォード公爵邸には、これまで何度か訪れたことがある。
公爵に呼び出されて軍の話に華を咲かせる以外にも、セイルは領地経営について教えを受けていた。ときには公爵の子どもたちの遊び相手にさせられることもあった。
それなのに、不思議と、あの頃エマに出会ったことは一度もなかった。
遠い日々を思い返し、セイルの胸に奇妙な悔恨が広がる。
こんなに近くに百合子さんがいたなんて、思いもしなかった。
興味がなかったとはいえ、少しでも関心を向けていたなら。
もっと早くにエマを見つけていたら、何かが変わっていただろうか。
幼いエマに、私はどう接しただろうか。
──もしもあの頃、彼女を見つけていたなら。
想像の先に、セイルははっと思考を止める。
本当に、私は我慢できただろうか。
節操を失い、幼い彼女に手を伸ばしていたのでは。
セイルは自分の思考にしばし固まってしまう。
正直、我慢できたか分からない。
「……出会っていなくて良かったかもしれない」
自分の節操のなさに、セイルは愕然とした。
彼女を純粋なまま育ててくれた公爵家に、心から感謝する。
そんなときだった。
ふと視線の端に、見覚えのある小柄な影が揺れた。
「……ユーリ?」
庭園の奥、人気のない場所で、ユーリがきょろきょろと不安げに立ち尽くしている。
迷子になったのだろうか。
セイルは声をかけようと歩みを速め──そして、足を止めた。
ユーリの前に、一人の男が立っていた。
白銀の騎士装束に、グランフォード家の紋章をあしらったマント。
月光を思わせる銀糸の髪が、庭園の花々を照らす明かりに映える。
「……エドワード卿」
エマの兄、エドワード・グランフォード。
次期公爵にして、王室近衛隊長。
エマとそっくりな穏やかで温かい微笑みを湛えながら、彼はユーリに声をかけていた。