【短編】グランフォード家の新年会5
それは、エマが十七歳になったばかりの頃。
グランフォード公爵は、頭を抱えていた。
可憐で賢く、誰からも愛される末娘エマ。
華やかな姉二人と比べれば外見こそ控えめだが、接する者の心を和ませる不思議な魅力を持つ娘だった。
ただひとつ、父として気にかけていたのは――その身体の弱さ。
「……か弱いからこそ良縁を結んでやりたいが、なかなか条件が整わん」
父としては、公爵家にふさわしい相手をと考えていた。だが地位や財産だけを基準にした縁談では、どうにも心が動かない。
「もういっそ、地位が高くて歳が近ければ、性格は目をつぶるべきか……」
「何よそれ」
「絶対だめよ」
マリアベルとイザベラ。社交界を照らす太陽と月と称えられる二人が、般若のごとき勢いで父に詰め寄った。
公爵が「まずい」と思ったのもつかの間、二人はずいずいと父に迫ってまくし立てる。
「何を馬鹿なことを仰るのお父様。地位や歳なんかより、人柄こそ重視しなければ!」
「そうよ、お金や地位なんて公爵家から補助すればいくらでも事足りるのだから!」
「歳が近いからといってエマが幸せになれる保証はないじゃない」
「エマだけを愛してくれる人でなければダメよ」
「真面目で、実直で、一途で、誠実で」
「生涯エマを裏切らないと断言できる──」
「領民からも信頼の厚い──」
「お父様から見て最も信頼できる人物──」
「「そういう人でなければダメよ!!」」
息を合わせるように叫ぶ二人の剣幕に、公爵はたじろいだ。
「し、しかしそんな都合の良い人物などおらん──」
口にしかけて、公爵は一人の名を思い浮かべる。
「……セイルは……年が離れすぎているか?」
真面目で実直、領民に慕われ、浮いた噂一つない男。スキャンダルが無さすぎて、信憑性のないゴシップまで流される始末。
公爵としても、長年の部下として可愛がってきた人物であり、十分信頼している。
──問題は、エマと年齢がかなり離れているということ。
公爵が二人の姉に視線を送ると、マリアベルとイザベラは互いに目を見交わし、しばし沈黙した。
「リーリエ伯爵……確かに歳が離れすぎね」
「待ってベル。逆に良いかもしれないわ。リーリエ伯爵は害のない人間だし、若くない分、エマの体に負担が少ないのではなくて?」
「そういえば年齢の割に見た目も悪くないわね」
「リーリエ領は田舎ながら豊かな土地。エマの気質に合うかもしれないわ」
「王都からは多少離れるけれど、穏やかな土地ね」
「ほら伯爵って、昔から真面目だけどどこか抜けてるじゃない。エマが自由に暮らすには都合が良いかもしれない」
二人の姉が淡々と意見を重ねていくうちに、公爵の胸は次第にざわつき始めた。
やがて、結論を出したかのように、二人は同時に父へと向き直る。
「「エマが気に入るのなら、進めてもよろしくてよ」」
二人の瞳には、揺るぎない姉としての威厳が宿っていた。