【短編】グランフォード家の新年会4
グランフォード公爵家の長女と次女――。
太陽のごとき華やかさを放つマリアベルと、月光のように静謐に輝くイザベラ。
社交界の誰もが憧れる二人が揃えば、その場の空気は否応なく張り詰める。
そんな彼女たちが最も大切にしているのは、末の妹・エマにほかならなかった。
イザベラはゆるやかに雪とユーリへと視線を向ける。
「貴女が……リーリエ伯爵の妹さんね。医師としても優秀だとうかがっているわ。エマを救ってくれて、ありがとう」
雪は心臓が跳ねるのを感じた。
本来なら自分はセイルの娘。しかし、年齢が近すぎるため「生き別れた妹」ということになっていた。筋書きとしては、「医師でセイルの妹の雪を、エマが気に入って養女に迎えた」となっている。
高貴な美貌に柔らかな笑みを湛えるイザベラに、ユーリは呆然と見入ったまま言葉を失っている。
雪が慌てて口を開いた。
「……医師のユキと申します、イザベラ様。この度はお招きいただき、誠にありがとうございます」
深々と頭を下げる雪に、イザベラはふっと微笑む。
「あら、私はもう嫁いだ身。どうぞ畏まらないで。あなたに招待状を送ったのは、おそらく弟の方でしょうから」
その声音はあくまで上品で淡々としているのに、不思議と冷たさはなく、確かな温もりが滲んでいた。
「イザベラお姉様のお顔が見られて嬉しいです。お兄様もお元気かしら」
エマが屈託なく笑みを浮かべると、イザベラもほんの少し柔らかく目を細める。
「エドワードは今、挨拶回りで忙しそうにしていたわ。もう少ししたら、ゆっくり話せるでしょう」
洗練された姉妹のやり取りを見ながら、雪はひそかに胸中で呟いた。
──グランフォード公爵家。
父は軍部の重鎮にして国の英雄。
長女マリアベルは現王太子妃。
次女イザベラは隣国の王室に嫁ぎ、外交の舞台でその手腕を発揮している。
長男エドワードは王室付き近衛隊長にして、次期公爵の座が約束された人物。
……そして、そんな家族に囲まれた末の妹が、母エマなのだ。
雪は思わず息を呑む。
──母の実家が強大すぎる。
思わず、胸の内の疑問が口をついて出た。
「あの……不躾な質問で恐縮ですが……母はどうして、リーリエ伯爵と結婚したのでしょう? その……家格があまりに違いすぎるというか……」
口にした途端、自分でも失礼だったかと雪は言葉を濁した。
しかしエマはにこやかに微笑み、答えようとする。
「あら、それはお父様がセイル様にお願いなさって──」
「いいえ、甘いわ、エマ」
イザベラの声音がすっと重なった。
涼やかな瞳が鋭さを帯び、光を放つ。
「ユキさん、いい質問ね。……そう。エマの結婚相手を選ぶのは、簡単なことじゃなかったのよ」
イザベラは視線を遠く空へと向けた。
その表情には、懐かしさと重みが入り混じっていた。