【短編】グランフォード家の新年会2
執務室を出たところで、雪がそっと母を手招きした。
廊下に響かないよう、雪は声を潜めて問いかける。
「ちょっとお母さん、まだ言ってないの? 妊娠のこと」
その一言に、エマははっとして視線をそらし、気まずそうに微笑んだ。
「……雪ちゃん」
「そろそろお腹も出てくるよ。いい加減言ってあげないと」
心配そうに眉を寄せる雪。
エマはそっとお腹に手を添え、遠い目をした。
「雪ちゃんのときは、妊娠が分かった途端に離ればなれになってしまったでしょう……辛い思いをさせてしまったから。だから今回は、せめて安定期になってからって思うの……」
寂しげな笑みを浮かべる母。
その気持ちを理解しつつも、雪はどうしても首を縦には振れなかった。
「そうは言っても……父親にできるのって、結局は心配することくらいでしょ。だったら、その役目くらい早めにやらせてあげたらいいのに。……どうせ人一倍、心配してくれるんだから」
そう言いながら、雪はふと脳裏に浮かべた。
──過保護を通り越して、心配の渦に巻かれ、飲み込まれるようにどうにもならなくなっている父の姿を。
「……やっぱりまだ言わなくても良いのかも」
思わず眉間に皺を寄せる娘に、エマはくすくすと笑った。
「大丈夫よ。何か変わったことがあれば真っ先に雪ちゃんに知らせるから。心強いお医者様が、いつもそばにいてくれるんだもの」
そう言って穏やかに微笑む母の顔に、雪は胸を突かれる。
全幅の信頼を寄せられているのだと、はっきりと伝わってくる。
「そりゃ私ができる限りサポートするけど……でもやっぱり、早めに言ってあげなよ。私だって、あとで伯爵様に怒られるのはゴメンだから」
二人は顔を見合わせ、思わずくすくすと笑い合った。
廊下に、優しい母娘の笑い声がふんわりと溶けていった。