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プロローグ -公爵令嬢は、上品なおばあちゃん
エマ=グランフォード公爵令嬢、十七歳。
春の陽射しが降り注ぐサロンの奥、窓辺の籐椅子に腰かけ、湯気の立つ緑茶をすするその姿は、まるで余生を穏やかに過ごす老婦人のようだった。
「……まぁこの梅干し、良い塩梅ね。今年の梅仕事は大成功だわ」
白皿にちょこんと載った梅干しを箸で丁寧につまみ、満足げにもう一口味わう。
隣には椀に盛られた炊き立ての白米と、薄味の漬け物。
令嬢の朝食にしては、どうにも地味すぎる。
けれど、エマにとっては至福のひとときだった。
なにしろ彼女の中には、かつての人生――昭和と平成を生き抜いた元・老婦人、早川百合子の記憶が丸ごと詰まっている。
――この二度目の人生で、壮年の美しい伯爵様と恋に落ちるなんて、このときの彼女はまだ知る由もなかった。