雨の日
「春夏、乾燥だけで良いんだな?」
「うん、お願い、畳まないで良いからね、どっち行くの?」
「あぁ、綿半の隣の方かな」
「まぁ、そっちの方が新しいし綺麗だからいいか」
この2・3日長野市は雨続きで洗濯物が乾かなかった、仕方ないので近所のコインランドリーに行くことにした。
アパートの近くには何軒かコインランドリーがあるが今日はホームセンターの隣に出来たところにする。
出掛けようとすると春夏に引き止められる。
「えぇ、変装してくのぉ、こんな時間に誰も会わないって、もう分かったよ」
ブロロ
叔父さんの白いカローラの後部座席に、洗濯物が詰まったカゴを放り投げると小雨降る中ハンドルを握る。
「うん、普通のセダンは運転しやすいな、音も静かだし、燃費も良い、さすが国民車と言われたカローラだけの事はある、しかもこの車オートマで4WDなんだぜ、超乗りやすい」
ヴァン
宵闇の中そこだけ灯りが灯っている、中を覗くが。
「この時間だとやっぱ誰もいないな」
乾燥機に濡れた洗濯物を突っ込んで100円玉をジャラジャラ放り込む、夜のコインランドリーはとても静かだ、隣のホームセンターも向かいのスーパーも閉店してしまった、うん、暇だ。
ウォンウォンウォン
「誰も居ないならギターでも弾こうかな」
そう独り言を呟くと駐車場に止めたカローラのトランクから、ギターケースを持ってくる。
「ジャーン!ジャーさんのフェンダーシグネイチャーモデルのストラトキャスター!!」
この前のコンサートの打ち上げでジャーさんに頂いたのだ、くすんだ桜色のボディが渋いよね。
流石にアンプは無いからデカい音は出ないけど、ジャカジャカするだけで楽しい。
ジャルリラン♪
「そうだな、どうせだしデビュー曲でも弾くか」
ガギャッ!キュイン、ギャギャ
LaLaLa~~~~~~~~~~~~~♪
乾燥機のモーター音をバックに弾き語り、夜のコインランドリーで何やってんだ俺。
ウィン
俺がジャカジャカやってると入口の自動ドアが開いた、そこにはランドリーバッグを持ったお兄ちゃんがおった。
「「…………」」
「あ、どうも」
目が合ったまま固まる二人、ちょっと気まずい、この場所だと大学生かな?とりあえず挨拶しとこ。
「雨が続いて洗濯も溜まりますよね」
「そうっすね、あ、今弾いてたのってUTUMIのデビュー曲ですよね、お姉さんギター凄く上手いっすね、外まで聞こえましたよ」
うガァ、そこは触れるなよ、良い歳した金髪ネーチャンが夜のコインランドリーでぼっちロックだよ、恥ずかしいだろ。
しかもヴィックは付けてるけど、下はヤンキージャージだよ!
「俺もUTUMIのファンなんすよ、その曲もスマホに入れてるんですよ」
よし、バレていない、大丈夫大丈夫。
「そ、そ、そうなんですかぁ~わぁ~うれしいな~」
「あ、お姉さん、黒髪にして伸ばせばUTUMIぽくなりそうですよ、美人だし」
ムカッ、本人だよ“にわか”め。ナンパかよ、人の顔見て赤面してんじゃねえぞ学生風情が、ん、じゃあこれ聴いたらどうなるかな?
ジャロリラ♪
LaLaLa~~~~~~~~~~~~~♪
エイミーワインハウスのバックトゥブラック、去年映画にもなったから知ってるかな、俺英語は得意じゃないけど歌うのは出来るんだよ。
2011年27歳で死んだイギリスのR&Bシンガーの、男に対する強烈な恨み節だ、酷い歌詞だよな。
いきなりこんな恨み節歌う女じゃ、ナンパも出来まい。
ジャロリラ♪
「…………」ドサッ
学生の兄ちゃんが驚いた顔してバッグを落としている、ふふ、これ聴いて寄って来れるヤローはいないでしょ。
「え、え、えぇ、その声、う、UTUMIぃ」
はれ?バレた?なぜに?
「サ、サ、サービスよ、ファンだって言ってたから、じゃあ私もう帰るね」
ちょうど終了した乾燥機の蓋を開けて、洗濯物を突っ込むと慌てて車に乗り込んだ。
エンジンのスタートボタンを押して急発進。(良い子は真似しちゃ駄目だぞ)
スキャキャ「ええ、俺UTUMIではこの曲歌った事ないぞぉ!なんでバレた!」
ブロロ
コインランドリーに一人ポツンと残された、信州大学工学部2年 今井豊20歳は、入り口に落ちていた下着を握り締め、呆然としながら呟く。
「…………ほ、本物だよな?なんの歌か知らんけど凄え上手かった」
頭の良い大学生だが、いきなり歌われた英語歌詞はヒアリング出来なかった、英会話習え。
この場合、男への愚痴を歌うならば日本の偉大なシンガーみゆき中島(恨みます)を歌うべきだった。
「あ、ブラジャーだ」
一方、アパートに帰り洗濯物を畳む兄妹。
「あぁ!母さんに貰ったブラジャーがない!!めっちゃエロくて気に入ってたのに!」
「ちょっと、私のは大丈夫でしょうね!」
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