それぞれの思惑
ギャリ、ギャギャ♪
お兄ぃがリビングで胡座をかきながらギターを鳴らしてる。まったく、久しぶりのお休みなんだから、そんな時ぐらいゆっくり休めば良いのに。でも、楽しそうにギターを鳴らすお兄ぃが可愛く見えて何も言えなくなる。
でも、その姿勢でベンベンやってると琵琶法師みたいだよ。
「しっかし、すっかりミュージシャンみたい」
夕飯時、メンチカツを食べながらビールを開けるお兄ぃに聞いてみた。
「ねぇ、お兄ぃにとってギターって何?」
「ん、趣味。藤崎に教わって弾き始めたんだけど、凄い楽しい」ニカリ
趣味かぁ、お兄ぃにとってアーティストはあくまで趣味なんだ、本職はデザイナーか。
でも本職より儲かってる趣味ってのはどうなの?
「この前もHOTOMIさんやジャーさんとギターセッションしたんだけど、めっちゃ楽しかった」
う~ん、お兄ぃは女になってすぐに芸能界に誘われたから自覚が足りないんだ、好きな事を仕事にして、趣味でもお金を稼げちゃう、こんな幸せな人生送れる人ってそうは居ないよ、羨ましくなっちゃう。
「お兄ぃ、お小遣いUPしてあげようか」
「えっ、いいの!」
「お兄ぃ最近頑張ってるからね、特別に3万プラスしてあげる」
「うわぁ、マジで!これで値段気にせずに日本酒買える!」
うん、この兄の通帳預かってる身としては、流石に心配になるな、コイツお金に無頓着すぎだろ。
あ、お兄ぃの車来年車検だな、古い車だからお金かかるんだよな、軽自動車にでもすれば良いのに。
人間、生きてるだけでもお金がかかるからね、とりあえず節約は大事だな。
椿坂46のセンターを務める松田由莉奈(19)は最近焦っていた。
紅白にも3年連続で出場する人気グループのセンター、アイドルを夢見る少女達の誰もが羨む地位に居ながらどうしようも無い焦りを覚えていた。
それもこれも、あのミュージックセッションでUTUMIと共演してからだ。
「あぁ、UTUMIお姉様、やはり本物は違うわぁ」
ミュージックセッションのステージ、スポットライトを浴びてギターをかき鳴らすお姿、どこか男性を感じさせるハスキーボイス、世界的ギタリストにM-HOTOMIと萎縮する事なく楽しげにセッションする豪胆さ。
もう何度この録画映像を見たことか、これを見る度に自分が偽物だと実感させられるのだ。
自分が可愛い自覚はある、ファンが振るサイリウムには自信をもらった、ダンスだって必死に覚えた、でも違うのだそれだけでは本物の魅力の前では霞んでしまう。
今、日本のアイドル業界はグループが大人気だ、けれど大勢でするダンスは見映えが良いが個人の印象は薄い、ウチのグループでもセンターの私以外の名を覚えている人ってファン以外にいるのかな?
このままで良いのか。
「私もグループを卒業してソロで……」
ダメダメ、そんなに簡単なことじゃ無い、グループを抜けたら余計に印象が薄くなる、それで何人のアイドルが業界から消えて行ったことか、私にそんな魅力はない。
今年の紅白、UTUMIお姉様も出場する噂を聞いた、きっとそれを見た日本中の人間が気付かされるんだ、やっぱり本物は凄いと、他のアイドルグループなんか賑やかしに過ぎないのだと。
あぁ、焦る。でも私個人で出来ることって?
とりあえず夏元プロデューサーに相談してみよう。
「あぁ、あれを見て焦ることが出来るなら松田は大丈夫だ、松田、今日本でソロでやって売れてるアイドルって思いつくか?」
「え、ソロですか、アイミャンとかミーシャとか西野とか宇多田とか浜崎あゆみ、いっぱいいますけど?」
「そいつらはアイドルとは言えないな、歌は上手くてそこそこ売れてるがジャンルとしてはアーティストだ、言っては悪いが30歳過ぎてアイドルと言われてもな」
「はぁ?」
「ソロで売れたアイドルだと松浦あやや鈴木アミあたりから出てないな、キャリィは売れ方が微妙だったしな、今の日本はグループしか売れないのよ、それだけソロで魅力を持ってる奴がいないのさ」
「なるほど、ではUTUMIは?」
「ん、アーティストだがアイドル顔負けのあの容姿に抜群の歌唱力、ギターテクニックも本物となるともう手がつけられないね、久しぶりに個人で魅力がある奴が出てきたよ、中山の奴どこであんな宝石掘り出して来やがったのか」
UTUMIお姉様、夏元プロデューサーにここまで言わせるんだ、凄っ。
「悔しいけど松田は自分の仕事に専念してくれ、商業的に損はさせないから」
「そんなぁ~!」
女性ベーシスト山本光は、アミュズプロダクション中山に呼ばれて本社ビルを訪れていた。
「やっぱり儲かっている会社は違うなぁ、部屋も豪華だし、紅茶も美味しい」
ソファーで寛いでいるとすぐに中山がやって来た、今日呼ばれたのは恐らくUTUMI絡みの案件だろう。
「すみませんね光さん、電話ではまだちょっと言えない内容でして」
「UTUMIですか」
「お察しの通りで、まずはこちらをご覧になって頂けますか」
中山さんは取り出したノートパソコンを開くと、アドレスを打ち込んで動画を再生させた。
「HOTOMIさんにはまだアップするのを待ってもらってるんですが、週末には流される筈です」
LaLaLa~~~~~~~~~~~~~~~~~~♪
ジャーーガッガガ!
「な、なにコレ。カッコ良すぎ…」
これってCMではHOTOMIさんとツインギターでやってた曲でしょ、それをあのジャーさんまで一緒に、凄すぎる。
「実は紅白でこの曲をやろうかと思っていまして、光さんにはそのサポートベーシストをお願いしたいんですよ」
「こ、紅白で、私がこれのベースを…」
え、嬉しいけど、私なんかがこの完成された曲に混ざって良いの?邪魔にならない?
「光さんもお忙しいでしょうから、こうして早めに打診させてもらいました、HOTOMIさんには話をつけています、快諾いただければ明日からでもスタジオ入り出来ますよ」
「や、やります!!是非やらせてください!」
「ありがとうございます、あ、まだこの件はオフレコってことでお願いしますね」
ビルを出れば風が冷たくなっているのを感じる、もう冬は近い。
けど不思議と寒さは感じない、自分でも興奮しているのが分かる。
「またUTUMIと演れる、こんなドキドキワクワクは久しぶりだな、あの面子に混ざるならもう時間が無い、明日にはHOTOMIさんに会いに行こう」
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