カセットテープが落ちてくる!
日曜の朝一で東京に出掛ける、今日はあいにくと雨降りのようだ、台風が近づいている影響だろう。
デビューして何回か東京には来たが、毎回駅からタクシーを使っちゃてるのでどうにも道が覚えられない。
東京の人の方が、俺よりもいっぱい歩いてるんだろうな。
アミュズプロダクションはこの業界ではトップ3に入る芸能事務所だ、だから結構有名人に会えたりする。
今も中山さんに案内されて廊下を歩いていると。わ、あの人って。
「あ、爆風スタンプの仲野さん、ファンなんです!握手してください!」
爆風スタンプと言えば80年代に世紀末や筋肉少女など所謂色もの系ロックバンドを牽引したビッググループだ、最近では武道館の玉ねぎで話題になった。90年代に絶頂を迎えたミュージシャンだが俺はサブスク時代ならではのファンなのだ。
「君は、確かUTUMI?この前HOTOMIさんとミュージックセッション出てたよね」
「見てくださったんですか、ありがとうございます、あの時は一生懸命に頑張りました」
「良いギターだったよ、上手いだけじゃない何か惹きつける物があった、それに君の声も良い」
「本当ですか、仲野さんみたいなベテランさんにそう言ってもらえたら自信になります」
「UTUMIさん約束の時間が……」
中山さんが仲野さんに軽く会釈すると、時計を指差す。
もうそんな時間か。
「あ、はい。それじゃ仲野さん失礼します、今日はお会い出来て本当に嬉しかったです」
タッタッタ
仲野はサングラス越しに内海を去って行く内海を見つめる、手にはまだ握手した柔らかい感触が残っている。
「へぇ、あれがUTUMI。可愛かったなぁ、あんな子が僕のファンだって」
中山はその光景を見て、この娘結構コミュ力高いなと感心していた。無駄に敵は作らない事はとても大事だ。
これならこの業界でも上手くやっていけるだろう。
しかし、この美貌とコミュ力なら会社の営業としては最強だろうに、それなのに内海の会社はそれほど儲かっていなかった、忙しくなったのも最近だと言う、営業を始めたのは最近なのか?
窓の外では雨が激しく降っていて、時折カミナリが光っている、菅野洋子さんが待つ部屋の前に立ってドアノブに手をかける。
カチャ
ピッシャーー!!
ドアを開けた瞬間、稲光が薄暗い部屋の中を照らす。
「いらっしゃ~~~~い~~っ♪」
「おわぁ!」
部屋の中には、てるてる坊主のお化けがいて、俺を出迎えてくれた。
まさかこのてるてる坊主が菅野洋子さん?
「ごめんね~、なんかカミナリビカビカだったからホラーな雰囲気出そうと思ってぇ」
カーテンを巻きつけて、てるてる坊主姿の菅野が照れた笑いを浮かべる、もしかして結構お茶目なおばちゃんなのかな。けれどその視線には強い力がこもっていて、俺の全身を舐めまわすように見ている。
「さて、改めて。初めまして菅野洋子です、UTUMIさんとHOTOMIさんの曲凄く良かったわぁ、最近の歌には無いブルースを感じたもの」
「初めまして菅野さん、確かにあの曲はHOTOMIさんのブルースを感じますよね」
「…………私は貴女の歌にもギターにもブルースを感じたのだけど、!、ちょっと待ってて!閃いた!音が落ちてきた!」
菅野はパタパタとカーテンを脱ぎ捨てると、小走りで机に向かう、そして凄い勢いで机にマジックで楽譜を書き始めた。何事?
中山さん、机にマジックで書いちゃってますけど大丈夫ですか?
キュキュキュキュー♪
部屋の中では菅野さんが書くマジックの音だけが響いている。
挨拶もそこそこに自分の世界に行ってしまった菅野を尻目に、俺は中山さんとヒソヒソと雑談を始める、ちょっとこのこの流れは想像してなかったな、あ、コーヒーありがとうございます。
「菅野さんっていつもこんな感じなんですか?」
「ハハ、流石にここまでのは私も今まで見たことないですけどね、基本的に閃きを重視するタイプの天才ですよ、そしてこう言う時の菅野さんは確実に売れる曲を書いてくれます」
「閃きね~、今は一体どんな曲を閃いたんでしょうね」
きっかり1時間待たされて、菅野さんは現実の世界に戻ってきた。
あぁ、良い笑顔ですね、満足感が溢れてますよ。
「お待たせ!UTUMIの歌声はロックだけじゃなくジャジーな感じも合うと思うのよ、そう、こんな感じで」
ラララ~~~~~~~~~~~~~ッ♪
ゾワリ
菅野さんが即興で口ずさむメロディ、どこか70年代のロックを感じるようなジャジーなロック、素直にこの曲をギターで弾いてみたいと思ってしまった。
背中に背負っていたストラトを取り出して構える、すると菅野さんも椅子の横に置いていたキーボードを机の上にドンっと置いた。
お互いがニッと悪い笑みを浮かべる、それが合図だ。
ジャラーン♪
多分俺と菅野さんは絶対に相性がいい、即興のジャムセッション、二人して夢中になって演奏する。
音が次々と頭の中に入って来て花火のように打ち上がる。
兼業アーティストなのに今日は比率がアーティストに傾いている気がする、大丈夫、まだ大丈夫だ、もうちょっと大丈夫、まだやめられる。
発想がアル中やヤク中のそれである、それほどまでにクセになる気持ちの良い時間だった。
ギャリン!!
「「はぁ、はぁ、はぁ」」
パチパチパチパチ
「素晴らしい!まさかこれほどとは……」
荒く息を切らす二人に、中山さんが拍手を送る。ああ、そう言えば中山さん居たんだよな忘れてた。
菅野さんが顔を上げてニカッと笑う、外は雷雨なのにそこだけは快晴だ。
「最高だよUTUMI!いきなり良かった!こんな会ってすぐに曲が出来るとは思ってなかったよ、ハハハ」
「確かに、まだ挨拶も途中でしたからね、ハハハ」
即興とは思えない、これが天才作曲家と言うものなのか。
菅野さんが笑いながらバシバシと俺の肩を叩いてくる、本当にパワフルなおばちゃんだ。
まぁ、この後で何十回と曲の修正が入るとは想像してなかったけどね、クリエイティブを舐めてたわ。
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