狸と狐と天然と。
アミュズプロダクション、中山のデスクを長身で細身の男が尋ねてくる、世界的ギタリストであるM-HOTOMIだ。
大物ミュージシャンの来訪に否が応でも部署中の視線が集まった。
「よっ、中山ちゃん。これ長野のお土産戸隠そば、凄い美味しいよ」
「わざわざどうも、で、どうでしたHOTOMIさん、UTUMIは説得出来ました?」
「は?説得、なんで?あ、な〜んか地元のワイン会社のCM作ってたから1曲書いてきた」
「へ?なんですそれ、UTUMIのスカウトしに長野に行ったんじゃ」
一緒に飲んでたらいつの間にか、そんな事になってたんだよなとHOTOMIが不思議そうに首を傾げる。
しかし、すぐに真面目な表情で中山に向き直った。
「中山ちゃん、彼女は本当に良いな、一緒にギター弾いてあんなに楽しかったの久しぶりだよ」
実感のこもった言葉に中山も息を呑む、内海はこの人にここまで言わすのか。
「あれだけ綺麗なのにどこか男性的で豪快、なのに歌声には何とも言えない独特の色気がある、どうやって育ったらあんな人間になるんだろうね、凄くチグハグで魅力的だ」
「そう思うんでしたら協力してくださいよ~」
「焦る必要はないさ、あんな目立つんだ、本人の意思とは別にすぐに表に出てくるよ」
「いや、だからその前にウチで押さえておきたいんですって」
所変わって桐山部長。
「HOTOMIってあのM-HOTOMI。ギタリストの?」
「ええ、先日お会いしてCMのお話をしたら、曲を作ってくれて」
「あ、あの、内海さん、流石にそこまでの予算は出せそうもないんですが」
スポンサーに掛け合って何とか倍額は引き出したが、M-HOTOMI作曲となればとてもその金額じゃ足りないぞ。
「ああ、作曲はHOTOMIさんのご好意と言う事でお金はかかりません、あぁ、仲介料ぐらいは請求させていただきますけど」
「マジで!」
何、その人脈。まだお試しデビューしただけでプロダクションにも入ってない状態なのに。
このCM、UTUMIとM-HOTOMIの名前だけで超話題になるの確定じゃないか、社長賞は確実だな。
CM大賞とかも狙えるかも。
県の行政にも話し振っとくか、そうすれば県のPRって事で予算ぶん取れるな。
「部長?大丈夫ですか、桐山部長?」
「いや、失礼。あまりの事で少し考え事を」
「ですよね、私もびっくりしましたものハハハ」
笑い事じゃねえよ、お、恐ろしい娘。
それでもって2週間後、なんかペース早くない?CM流すの4月って言ってたよね。
俺は今小高い丘の葡萄畑の中を、HOTOMIさんの曲を口ずさみながら歩かされている。
おいおい、何だよこのヒラヒラした衣装、深窓のご令嬢じゃあるまいし、お股がスースーして落ちつかねぇ〜。
カメラマン、ずっと黙って撮ってるけど、なんか反応してくれ恥ずかしくて居た堪れない。
LaLaLa~♪
葡萄畑の女神が枝に触れて行くと新芽が出て房がたわわに実るシーン。
畑は後からCGで加工するので今は女神の撮影だ。
「…………美しい」
カメラマンをやってもう20年、初めてファインダー越しの笑顔に心を奪われた。
地方局の契約カメラマンを経て独立、個人でやりながら様々な物を撮ってきたが彼女は別格だな、良く言われるたとえだが彼女にはオーラがある、まるで本物の女神のようだ。
このCMはきっと凄い話題になるぞ、放映されたら親や親戚、知り合いにも思い切り自慢しよう、この映像を撮ったのはこの俺なんだと。
最後のカットはワインセラーで酒樽をバックに、グラスを煽ってニッコリと笑う。
お、美味えなこのワイン、白ワインってあまり飲まないけどこれはいける、シャルドネね、帰りに販売所で買って行こう。
え、シードルもあるの、丸ちゃん先輩に買っていくか。
「ハイ、カットォ!!お疲れ様です」
監督のカットがかかって撮影が終了した、NGが出なかったのでサクサク順調だ、後は編集作業に立ち会えば完成に1歩近づく。本当に早くね?
「あ、社長さん、どうでした?」
撮影の様子を見学していたワイナリーの社長さんにご挨拶。
最終的にスポンサーである社長さんのOKが出なければ終わらないのが、この仕事である、恐る恐る尋ねざるを得ないのが下請けの仕事だ。
「いや〜、最高だよ!ウチのワインにピッタリの映像だ、特に女神役の君は華があって良いね〜」
「ありがとうございます!社長さんの所のワイン、凄く美味しくて自然に笑顔になっちゃいましたよ!」
「お、そうかね。若い女の子にそう言ってもらえるのは嬉しいね、お土産に1箱持たせるから飲んでくれ」
「あざ〜っす!」
シャーーーッ!無料でワインゲットだぜ!
本当にこのCMの仕事は簡単にOK出るので楽だ、今までで一番順調じゃないか、マジで。
しかもモデル代は自分でやってるから無料だし、丸儲けだね。
そうだ、HOTOMIさんにもワイン1本送っとこう、お礼は大事だよね。
事務所に戻って藤崎にHOTOMIさんにワイン1本送るって言ったら怒られた。
いや、1ダースは流石に送り過ぎじゃないかな、そんなに飲めないしょ。
俺の分は?えぇ、自腹ですかぁ。
感想や★★★は作者のモチベーションの向上に繋がります。是非お願いいたします。




