圧倒的少数派
「おはよ〜」
翌日、朝食の用意をしていると兄?が所々はねた髪で、眠そうに目を擦りながら台所に現れる。
はい、今朝もとっても綺麗なお姉さんですね。
やっぱり男には戻ってないかぁ〜、夢オチに少し期待はしてたんだけどな。
くそぉ、改めて見ても無駄にスタイル良いな、服のサイズが合ってないから色々見えちゃってるぞ、こっちが恥ずかしいから少しは隠せよ。
朝ご飯は目玉焼きトーストを食べて簡単に済ます、あまり食欲も湧かないしね。
早速、兄のスマホから会社の上司に電話を掛ける。
「あ、丸山さんお久しぶりです、妹の春夏です、この前はどうも。実は兄が昨日から体調崩しちゃって今日はお医者さんに連れて行こうと思うんです、ですから今日はお休みさせてください、あ、本人はちょっと今声が出ないらしくて、私が代わりに」
ポチ
「丸山さん、お大事にですって。相変わらず良い人ね」
「それより、病院に着ていく服とかどうする、俺、女物なんて持ってないし前の服みんなブカブカだぞ」
「あ、私の服って訳にはいかないよね?」
兄?のつま先から頭まで見渡す、身長は兄の時(170cm)と変わらないのだが出る所が出て引っ込む所が引っ込んでしまったので、服がブカブカでズボンがずり落ちてる。私は150cmとそんなに大きくないからサイズは合わないだろう。
「せめて下着は………無理か」
「おい、今どこ見て言った!喧嘩なら買うぞコラ」
「ちがっ、先っちょが擦れてむずっこいんだよ!」
「妹の胸見ながら言うな!」
仕方なく、近くのファミマにすっ飛んで女物のスエットを買って来る、下着は週末にしまむらにでも行けばいいか、朝から無駄に疲れたよ。
「お客さん、着きましたよ」
タクシーが病院の玄関に横付けされる、長野赤十字病院、市内では大きい部類に入る総合病院だ、長野駅からは歩いて15分、本当に近いな。
前に部活で足怪我した時に来た事があった、いつも患者さんでいっぱいなんだよねここ。
受付で厚生省TS特別管理課の米山さんの名前を出すと、すでに連絡が来てるのか受付のお姉さんが案内してくれた。
「「心臓血管外科?」」
案内された2階の部屋の名札を見て二人して首を傾げる。
朧げに兄は泌尿器科、私は整形外科あたりを想像していたのだが両名ともハズレだったようだ。
「内海さん、ようこそ。担当医となる月岡です、え〜っと、ご兄妹?こちらのお姉さんが患者さんでいいのかな」
メガネをかけた50代くらいの細身の優しそうな先生だ、ベテランらしく白衣がさまになっている。
とりあえず質問しておくか。
「はい、お願いします、え〜、心臓血管外科であってます?」
「あぁ、TS病は発症する患者さんが凄く少ないので、私も普段は心臓外科医をしているんですよ」
「「へぇ〜」」
「私もTS病の研究はしてますが、この病気の患者さんに実際に会うのはまだ貴女で2人目なんですよ」
「やっぱり、珍しい病気なんですか?」
「それはもう、一般ではまず聞かないくらい症例がないですからね、発症しても隠す人もいますから独立した科が作れないほど稀な病気です」
そりゃ、隠す人もいるか、でも隠せるものなのか。
「その前の患者さんってどう言う人だったんですか?」
私はつい気になって聞いてしまった。
「もう亡くなってしまったのでお話ししますが、65歳のおじいさんでしたよ、やはり突然おばあちゃんになってしまって、うちの病院に診察に来たんです、でも元々血圧が高くて脳梗塞で5年前に」
ふむ、死因は性別が変わった事とは関係なさそうだ、ちょっと安心。
「それにしても内海さんは若くてお綺麗ですね、世界でもこの年齢での発症例は今までないんじゃないかな」
先生が微笑みながら、兄に紙を渡して来る。
「では最初にこちらの問診票にご記入をお願いします」
何々。
氏名、年齢、血液型、発症した日付、時間、病気の経験、ここ最近の海外旅行経験、発熱、体調不良はあるか。
「なんかコロナのワクチン打つ時にもこんなの書いたな」
兄は記入が終わると先生に問診票を渡す、先生はそれを読み終わると頷く。
「まずは41番窓口で採血して血液検査、その後に心電図とCTも取っちゃいましょう、あ、性別が変わる前の毛髪とかお持ちですか、それと会社で健康診断とか受けていれば教えてください」
月岡先生は流れるように今日の予定を決めて行く、珍しい病気の割には落ち着いている。
厚生省の米山さんといい、月岡先生といい、慌てることがない状態なのかな。
「2ヶ月前に堀越クリニックで健康診断受けてます」
「お、それは話が早い、助かります」
結果。
「うん、TS病で間違い無いですね、遺伝子情報も以前のものと完全に一致してます。保険証とか戸籍、免許証の性別変更及び更新作業に必要な書類は明日にでもご自宅に郵送しますね、次は1月後に予約入れときますのでしばらくは通院してください」
「あの、お薬とかは出ないんですか?」
「妹さん、TS病は珍しい病気ですが体は健康体なんです、精神安定剤とかなら処方しますけど、必要ですか?」
先生が兄を見てそう言う、この状況でのほほんと笑ってるな!ちったぁ緊張感を持て!
すっかり夕方だ、何だかんだで検査で1日かかってしまった、病院は待ち時間が多くて疲れる。
病院の玄関に並んで停まってるタクシーの1台に乗り込む。
「高田のドンキーまで!」
「あれ、家に帰るんじゃないのか?」
「すぐに治んない以上、服と下着くらい買って行かないと明日から着るものないよ、それとも兄ぃが一人でブラジャー買える?」
「あぁ〜、サンキュー!春夏がいて助かるわ、ブラジャーは買った事ない」
「買った事あったらドン引きだよ」
会社用の女性物スーツ、下着(こいつ85のDカップだと、こっちはBカップなのに!)、私服、夕飯もろもろドンキーで買い揃えて帰宅、肉体的にも精神的にも疲労感が半端ない。
「腹減ったな、俺先にカツ丼食うぞ、と、その前に一服しよ、病院じゃ吸えなかったからな」
帰って来るなりタンクトップに着替えた兄が独り言のように喋る。
「はいはい、じゃあ私先にシャワー浴びて来るね、タバコは換気扇の前で吸ってよね」
まったく、その姿でタバコ吸うなよ、風呂場のドアを開けようとノブに手をかけると。
ピンポー~ン
おや? 玄関のチャイムが鳴った。
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