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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
惨酷王女と罪人

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79.惨酷王女は名付ける。


「…それで、そこまで息を切らすほど全力疾走したというわけか。」


ステイルが呆れたようにアーサーへ言葉をかける。今回は単なる城下視察だし、そこまで死ぬ程急がなくても良かったのに…。近衛騎士のアーサーは毎回、私達が指定する十分前には何が何でも王居の門前で待っていてくれている。…今は大分死にそうだけど。

息を切らすアーサーを見兼ねてティアラが傍にいた侍女から水を受け取り、アーサーに手渡した。

「そんなに急がなくても遅刻するぐらいなら俺を呼べば済む話だろう。」

「…っ、…近衛…騎士が、…ぜぇ…逆に…迎えに…来させっ…どうする…」

アーサーらしい意見だ。そのままティアラから受け取った水を飲み干したアーサーはなんとか息をついた。

「…すみません。お見苦しいところをお見せしました。」

そう言って私の方へ頭を下げてくれる。

「いいえ、気にしなくていいわ。いつもありがとう、アーサー。今日の視察も宜しくね。」

そう言って笑ってみせるとアーサーは少し照れたように「うっす…」と答えてくれた。もう十七歳になるのにこの反応は今も変わらない。

近衛兵のジャックと引き継ぎ代わりの挨拶を済ませ、アーサーは私達と一緒に馬車に乗り込んだ。王族の外出だし、他にも護衛が数人付いてくれる上、後続にも護衛が来るけれど、私達と同じ空間で護衛するのは近衛騎士のアーサーだけだ。

「あの、…それでプライド様。ジルベール宰相の娘さんの名前なのですが…。」

早速馬車に揺られるとアーサーが話し始めてくれた。なんでも、自分だけでは思いつかないから名前は伏せて騎士団の人達にも聞いてくれたらしい。

どう育って欲しいか、尊敬する人や恩人。…私の名前という案もあったけどそれは全力で却下した。極悪最低ラスボスと同じ名前だなんて不吉過ぎる。

「プライド様は何かお考えとか、いかがでしょうか…?」

アーサーの目にぐっ、となる。周りにリサーチまでしてくれたのに何も思いついてないなんて言えない。必死に私は前世の記憶から何か良い案はないか十八年分の記憶を手繰り寄せる。

「ええと…ご両親二人の名前から混じるとかはどうかしら…?」

「混じる…ですか⁇」

こっちの世界は基本横文字の名前ばっかだけれど、前世ではわりと両親の名前から数文字ずつ取るのがあった。花子と太郎さんの息子で花太郎くん、みたいな。前世の記憶は無しにして首を傾げるアーサー、ステイル、ティアラに説明すると一応納得して頷いてくれた。

「そうなると…マリアンヌとジルベールだから…、…マリベール⁇」

ティアラが首を傾げる。なんか美味しいお菓子みたいな名前だ。

「ティアラ、混ぜれば良いという訳じゃない。」

「なら、ジルンヌ⁇」

まるで言葉遊びをしているみたいだ。ステイルのツッコミにひたすらボケるティアラは可愛いけれど。

「…あ、それならジャンヌってのはどうですかね。」

アーサーがふと、思いついたように言う。なにそれすごい良い‼︎

「良いわね!アーサー、その名前にしましょう‼︎」

思わず馬車の中で立ち上がりそうになるのをぐっと堪える。ジャンヌ!美人で綺麗なマリアンヌさんの娘さんにぴったりの名前だ。聖少女感もするし、すごい良い‼︎

ティアラとステイルも成る程、と頷いている。

「とても綺麗な名前だと思います!」

「アーサーにしてはなかなか良いのではないでしょうか。姉君の案で、アーサーが考えたのでジルベールからの要望にも合っています。」

アーサーは少し驚いた反応をしてたけど、名前が無事決まったことにほっと胸を撫で下ろしていた。私も同感だ。

何だか無事に名前が決まったら、気持ちも明るくなってきた。ふと、思いついて「三人なら、自分の子どもができたらどんな名前をつけたい?」と聞いてみる。

「私は女の子ならお姉様と同じ名前が良いです!男の子なら兄様と同じ名前が良いです!」

どうしよう、妹として百点の回答過ぎる。うっかり私が照れてしまうとティアラはそのまま笑顔で「もう一人男の子だったらアーサーの名前を」と続け、ステイルとアーサーもなんだか照れた様子だった。

「俺も…女なら姉君から名前を頂きたいです。男なら…、……ジルベールに名前が掠らなければ何でも。」

ステイルの悪態に、ティアラが思い切り頬を引っ張る。アーサーも「何でもってこたァねぇだろ」と応戦した。

「…じゃあ、アーサー。お前の名前で良い。」

ティアラに引っ張られた頬を痛そうに押さえながらステイルがむくれた。アーサーはその言葉に少し機嫌が良さそうに鼻で笑いながら「ンじゃ俺はお前の名前をつけてやるよ」と答えた。ちなみにアーサーも何故か女の子なら私の名前らしい。これ以上高飛車傲慢な名前を量産しちゃ駄目だろうと思うのだけど。

「お姉様はどうですか?」

ティアラの質問にギクッとする。見ればステイルもアーサーも興味津々という様子でこちらを見ている。そうね…と言葉を繋げながら私も必死に考える。

「女の子なら…やっぱりティアラかしら。ティアラみたいに心の優しい女の子に育って欲しいもの。」

そう言って笑うとティアラが嬉しそうに目を輝かせてくれた。うん、やっぱり娘にするなら可愛いティアラよね。

「男の子ならどうですか?」

続けて、ティアラがわくわくといった様子で求めてくる。

「えぇと…。」

どうしよう、下手にステイルやアーサーの名前を出してティアラの攻略ルートに変に影響してしまったら。ここは、なるべく穏便に…。


「………ジャック…かしら⁇」


…この答えの後。何故か暫くステイルとアーサーは静まり返っていた。その間、ずっとティアラが二人を慰めていたけれど…どうしたんだろう。近衛兵のジャックは寡黙だけど割と男前で良い人だし、なかなかの良物件だと思うのだけど。ジルベール宰相だとステイルが怒るかもしれないし、ロデリック騎士団長とかクラーク副団長の名前にすれば良かったかしら。


そうこうしている内に馬車は城下に着く。

かなり城下の人達の視線を浴びたけれど、何事もなく馬車を降りた。時々ステイルやティアラ、そして私が降りる時にも黄色い悲鳴が響く。二年前から私の悪評が消えたと同時に段々と私への人気も上がってきていた。多分ジルベール宰相が何かしてくれたのだろう。

「お姉様、この本屋さんに入ってみてもよろしいですか?」

「待てティアラ。入るなら先ず兵に店中の安全を確認させてからだ。」

本屋の看板を見て早速中に入ろうとするティアラをステイルが留めた。最近、ティアラは以前にも増して本を読むことが増えていた。元々読書好きで城にある特に恋愛や冒険物語とかの書物を読んでいたのだけれど、最近はこうして機会があるごとに城下の本を買い付けることも増えてきた。ゲームでも確か、離れの塔で本を片手に外の世界に想いを馳せてるシーンがあった気がする。

「…プライド様。」

ふと、アーサーが私の横に並んだ。何か思うことがあるような口振りでティアラの面倒をみるステイルを眺めている。どうかしたの?と尋ねるとそのままゆっくりと口を動かした。

「俺…さっき、結構適当な風に子どもができたらステイルの名前って言ったんすけど…。…実は結構真面目にそう思ったんす。」

アーサーの目線に釣られるように私もティアラとステイルへ視線を移した。ティアラがどこかに行かないようにしっかり手を握ってくれている。

「アイツ、俺より三つも下なのにその辺の大人よりも頭が切れるし、…あんなガキの頃から家族とか…大事な人を守る為に強くなろうとして、…実際に動けるのは…すげぇって思うから。」

〝あんな〟という年齢が今の十四歳のステイルのことをいうのか、それともアーサーが初めて会った十歳の頃のステイルか、またはもっと昔のステイルを意味しているのかはわからない。でも、多分十三歳から騎士になる事を目指し始めたアーサーにとっては、色々思うところがあるのかもしれない。

「なので、さっきのジャンヌって名前も良いと思うんすけど…こんなのとかもどうでしょう?」

そう言いながらアーサーは目を逸らしながらも少し照れくさそうに言葉を続けた。


……




「〝ステラ〟…ですか?」




マリアとジルベールが少し目を丸くして私達の言葉を聞き返した。

城下の視察が終わった後、ジルベール宰相も今日はお休みだしマリアと家にいる筈だからと、私達はそのまま馬車でジルベール宰相の屋敷を訪ねていた。

私達の突然の来訪にジルベール宰相は驚いた様子だったけれど、それでも快く迎えてくれた。

「ええ、私はティアラのような。アーサーはステイルのような人間に成長して欲しいという願いを込めました。もちろん、先程お話した〝ジャンヌ〟と比べて考えて頂ければと思います。」

ステイルが小さな声で「よりによってジルベールに俺の名を…」と呟いていたけれど、ティアラがなんとか抑えてくれた。

「とても素敵。…良い名ですね。」

最初にマリアが微笑んでくれた。

「妻の言う通りです。それに…ティアラ様のように心優しく、そしてステイル様のような聡明な人間に育てば…親としてこれ以上のない幸福でしょう。」

そういって今度はジルベール宰相が微笑む。その言葉にティアラは嬉しそうに笑い、ステイルは眼鏡を縁を抑える振りをして顔を背けた。…でも、そんなに不機嫌な様子でもなかった。

「素晴らしい名前をありがとうございます。〝ステラ〟…そちらの名を有り難く頂戴致します。」

ジルベール宰相とマリアに恭しく頭を下げられ、私達は何だか凄くくすぐったい気持ちになった。なんだか黙っているのが耐えられなくなって、「二人で名前をつけるなんて、私達が親になった気分だったわね」とアーサーに耳打ちすると、何でかアーサーの顔が真っ赤になった。今更になって名付け親としての緊張感が込み上げたのかもしれない。口に手を当てて顔を背けるアーサーをそっとしておいてステイルとティアラの頭を撫でる。二人とも私が頭に触れると笑顔をこちらに向けてくれた。可愛い私の弟と妹が、ジルベール宰相にマリア、そしてアーサーにそんな風に思ってもらえる事が凄く嬉しいし、誇らしい。

そのままジルベール宰相とマリアが宜しければ、とステラを私達に会わせてくれた。赤ちゃん用のベッドからマリアの両手に抱かれるステラはすごく可愛かった。早速マリアの手で抱っこを勧められたアーサーが凄く慣れない様子でステラをそっと抱き抱えた。ティアラもそこから羨ましそうに私も!とステラへ手を伸ばしている。

「…やっぱり、私もステイルが良いな。」

ふと、ジルベール宰相の子どもであるステラへ素直に近づこうとしないステイルの手を握ると、そのまま思ったことが口から出てしまった。私より背の高いステイルが不思議そうに私の顔を覗きこんでくる。

「子どもの名前。もし、私に男の子が産まれたら…その時はステイル。…貴方の名前が欲しい。」

ゲームの義兄ステイルとは少し違うけれど、強くて頭が良くて、家族想いで年上の友人にまで尊敬される、そんな.

「ステイルみたいな素敵な男の人に育って欲しいって。…そう思うから。」

我ながら少し恥ずかしい。思わずはにかみつつ笑って誤魔化すと、ステイルの顔が急に茹で蛸のように真っ赤になった。わかる、私もティアラやステイル、アーサーに私の名前をって言われた時は気恥ずかしかったもの。ティアラの前では言わなかったし、ステイルに伝えるだけなら大丈夫よね?

なんとか紛らわすようにそのままステイルの手を引き、ステラを抱くアーサーへ駆け寄る。私とステイルも小さなステラをこの手で抱く為に。

今はとにかく悩みが一つ無事解決して本当に良かった。


…あれ?…何か忘れているような…。


ふと疑問に思ったけど、取り敢えず今は何も考えず目の前の可愛いステラに集中することにした。頭を悩ますのはその後で良いだろう。



……



昔、前世で読んだ本やドラマ、ゲームでよく描かれたものがある。

正反対の場面を写す、いわゆる対比シーンだ。


ー 誰かが幸せに過ごしている時、誰かは憎しみに打ちひしがれていたり。


「…っ、…っクソ…‼︎」


人通りの少ない裏通りを、一人の男が這いずる。全身に打ち傷を抱え、衣服も血と泥で塗れていた。


ー 誰かが贅沢三昧をしている時、誰かは雨の中路上に座り込んでいたり。


それでも、男は這いずり、唯一力の入る腕だけを頼りに前へと進む。

「…ふざっ…けんな…‼︎ッ止めろっ…‼︎」

憎しみと、怒り、そして屈辱に顔を歪ませながら。それでも這いずり、進む。


ー誰かが恋人と愛しい時間を過ごしている時、誰かが失恋に嘆き悲しんでいたり。


止めろ止めろと小さく呻くように唱えながら、その男は前進を途切らせない。頭まで深くボロ布のフードを被った男は何度も一人で踠き、進む。裏通りを抜け、陽の光を浴びた時、男の姿は明らかに異常だった。


「ッ…ガァッ…グぁ…」


ー 誰かが愛しい人達に囲まれ、幸せを噛み締めている時、誰かは一人踠き苦しんでいたり。


「…のッ…ク、ソがァアアアアアアッ‼︎」


男は一人地へ向け叫んだ。

此処にはいない、誰かへ向けて。



ー きっとこの時の私と彼は、まさにそういう状況だったと思う。


彼の嘆きも怒りも知らずに大好きな人達と笑んでいた、私は。


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