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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
無礼王女とホームパーティー
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76.妹は義弟を理解する。


「あら?どうしたのステイル。それにアーサーまで。」


侍女と衛兵の人達と歓談を楽しんでいた中、ふと振り返る。すると珍しく人前の笑顔を取り繕らず大分機嫌悪そうに下を俯くステイルと、ぐったりと疲れた様子のアーサーが並んで私の元へ来た。

「申し訳ありません姉君…ジルベール宰相に例の〝近衛〟について相談しようと思ったのですが…。」

何やらイライラ最高潮といった様子のステイルに首を傾げながらも、またジルベール宰相にからかわれたのかなと察する。

マリアさんの一件があってから、私やアーサーにかなり親しく…というか角が取れてくれたのに対し、何故かステイルに対しては以前にも増して毒気が強くなった。前はステイルが何を言っても何処吹く風といった感じに上手く受け流していたのに、最近は何故か時折更なる皮肉でステイルに言い返すことが増えた。ただ、ジルベール宰相からは以前のような黒い雰囲気がその時は感じられないし、寧ろステイルを見る時の眼差しは私達に対してと同様、すごく柔らかいものに感じた。…ステイルにはまだ伝わってないようだけど。前世でも近所に小学生男子をからかって遊んで可愛がる迷惑な大学生がいたなと思い出したほどだ。…ジルベール宰相、もう良い年なのに。

取り敢えずアーサーからイライラ最高潮のステイルを受け取り、後で騎士団の方にも挨拶に行くと約束をして戻るアーサーを見送った。

「大丈夫よステイル。私から後でジルベール宰相に相談してみるわ。」

そういって頭を撫でるとステイルは未だにお得意の笑顔すら繕えず下を俯いていた。そのまま小さな声で「申し訳ありません…。」と返してくれる。

たぶん今はイライラというより落ち込んでいる。こうして見ると、やっぱり大人びていても未だ十二歳なのだなと思えてしまう。

取り敢えず気持ちを変えなければと、ステイルに新しいワイングラスを手渡しながらその背中に手を添える。

「そうだわ、紹介するわねステイル。こちらはマリアの看病をしてくれていた侍女のアグネス、テレザ、トリクシー。こちらが衛兵のサルマン。」

私が紹介すると、一人一人恐れ多そうに頭を下げてくれた。この四人はもともとは城で普通に働いていたらしいけれど、マリアが病になってからは殆ど専属という形でマリアの身の回りのことをしてくれていたらしい。特にトリクシーは怪我治療の特殊能力者としてもなかなか優秀だという。マリアが治った今、ジルベール宰相に誘われてこれからはこの屋敷で四人とも働くらしい。またこの屋敷へお邪魔する時は会う事もあるだろうと紹介すると、ステイルは少し落ち着いたように笑顔で「第一王子ステイル・ロイヤル・アイビーです。宜しくお願い致します。」と名乗ってくれた。そのまま暫く私と一緒に侍女と衛兵達と会話を楽しんだ後、今度は衛兵のジャックや侍女のマリー、ロッテとの話を楽しみ始めていた。ステイルが気を取り直してくれたのを確認して、私はそっと騎士団を始めとする他の来賓との挨拶に回りはじめた。

騎士団長との挨拶の後、騎士達一人一人との会話も重ね、上層部の人達からは「これからも変わらずプライド様を我々は支持致します!」と何だか力強く言われたり、ジルベール宰相から紹介された私と親しくなろうとしてくれていた上層部の人達に物凄く敬られたりと、なかなか忙しかった。更にその後、ジルベール宰相自ら私に「ティアラ様から伺いまして」と〝近衛〟についての法案作りを手伝ってくれると言ってくれた。そのまま宜しければ詳しくお話を…というジルベール宰相の横で自慢げに微笑むティアラ本人は私とジルベール宰相が話し始めるのを見届けた後、何も言わずに笑顔で騎士団の方に挨拶へ行ってしまった。


…なんだろうあの天使。

このままでは私が攻略されてしまうのではないかと思えてしまう。

あとでちゃんとお礼を言わないと。


……


「…すまない、ティアラ。礼を言う。」


ステイルは溜息をつきながら小さく頭を抱えた。

「気にしないで。あの場でジルベール宰相と大喧嘩しなかっただけ兄様も偉いわ。」

そう言って微笑むティアラにステイルは兄として情け無さが込み上げた。

騎士団との話を終えたティアラは同じくちょうど侍女や衛兵達と話を終えたステイルと二人で話し始めていた。周りでは第一王子、第二王女に挨拶をと上層部の人間が様子を伺っているが、二人の話を邪魔して機嫌を損ねる訳にもいかず、周囲をぐるぐると鳥のように散開していた。

「私もお姉様のお手伝いができたから嬉しいもの。」

自慢げに胸を張りながら「いつもは兄様にばっかり先を越されちゃうから」と言うティアラは誰が見ても愛らしい。

「本当に…妹に頼ることになる自分が情けないな…。」

本当は開口一番に〝近衛〟について相談しようと思った。だが、ちょうど間の悪いことにアーサーと稽古の約束をしていたジルベールの言葉を聞いた瞬間につい皮肉が口から出てしまった。

「…ねぇ、兄様は本当にジルベール宰相のことお嫌いなの?」

「嫌い、じゃない。大嫌いなんだ。」

ステイルの顔を覗き込みながら問うティアラに間髪入れずに答える。無表情になったステイルから不機嫌のオーラを感じ取り、ティアラは小さく溜息をついた。

「お姉様に意地悪したから?」

「他に何がある。」

また間髪入れずの返答だった。そのまま「あんな奴は宰相の座から引きずり降ろさせてもまだ足りないくらいだ」と続けるステイルを見て、ティアラはそっとステイルの隣に並んだ。

「マリアのこと、助けなかったら良かったと思うくらい⁇」

「……そうは言ってない。」

初めて言葉につまり、意地悪い質問をするティアラを小さく睨みつける。

「ジルベール宰相は今はすごくすごくお姉様を慕って下さっているわ。それにアーサーや私、兄様にも良くして下さってるじゃない。」

そう言って、見て。と目でプライドの話を穏やかな表情で聞くジルベール宰相を示した。

「私はマリアもジルベール宰相も好き。……幸せになってくれて、すごくすごく嬉しい。」

そう呟くティアラは心の底から祝福しているように一人で笑った。

「…兄様も、本当はジルベール宰相のことそんなに嫌いじゃないでしょ?」

「はっ…⁈」

思わず声が出て、周りに悟られないように口を手で押さえたステイルはそのまま眉間に皺をよせて「何を言っているんだ」と声を潜めた。

「だって、最近の兄様は昔みたいにジルベール宰相を敵視してるっていうよりも、なんか妬いてるみたい。」

ティアラの言葉に今度は大声を出さないように口を強く結ぶ。だが、目だけは確かに「何を言っているんだ」と語っていた。

「兄様ずっとジルベール宰相を上回るって頑張ってたじゃない。お姉様を守りたいって思ってたのでしょう?」

以前、うっかりジルベール宰相の愚痴をティアラに零してしまったことをステイルは強く後悔した。

「なのに、ジルベール宰相がお姉様に頼られて、宰相としてもすごく活躍していて、口喧嘩でも勝てなくって、しかもさっきはアーサーと稽古の約束をしてたって兄様言ってたでしょう?」

ティアラの言葉の節々が身体中に刺さって、ステイルは口元を両手で塞ぎ、押さえつけた。今日一日の苛々を全て言い当てられてしまい、恥ずかしさで死にそうになる。せめて赤面が周りに気づかれないように思い切り下を俯く。

「兄様はジルベール宰相を気にしすぎっ!」

そう言って袖を摘んでぐいぐいと引っ張ってくる妹に為すすべもなく揺らされる。

「確かにジルベール宰相のやったことは駄目だし、兄様が許せないのはわかるしそれで良いと思うけれど、私情まで絡めて全部上乗せして嫌いになっちゃったらどうしようもないじゃない!」

余りにもティアラの言葉が尤も過ぎて死にたくなる。

確かにステイルはジルベール宰相が羨ましかった。プライドに早速頼られ、更には今まで個人的な稽古の相手は自分だけだった筈のアーサーにまで頼られていたことが。

「兄様がお姉様とアーサーが大切なのはわかるわ。でも、お姉様にとっても兄様は大事で特別な弟だし、アーサーにとっても兄様は大事で特別なお友達なのだからジルベール宰相に嫉妬する必要なんて」

「頼むティアラ。…それくらいにしておいてくれ…。」

もう堪らないといった様子でステイルはティアラに待ったをかける。伏せた顔が真っ赤になり、湯気が出そうだった。ふぅ、と息をつくティアラは最後に「勿論、私にとっても兄様は大事で特別なお兄様よ」と言って兄の頭を優しく撫でた。

「さっきだって、ジャック達とお話していたのもお姉様を任せられるくらい信頼できるか確認したかったのでしょう?」

またしても図星を突かれ、ステイルは完全に脱力した。


…ティアラの言う通りだ。

ジルベールに腹が立った。

プライドを裏切った分際で、国を裏切った分際でと思いながら…プライドに頼られ、宰相として早々に活躍し、アーサーに手合わせを望まれたジルベールに俺は苛立ちを覚えていた。


どれだけ子供なんだっ…俺は。


ジルベールの裏切りも過去の過ちも許しはしていない。だが、それを別にしても自分を未だ上回り、更には自分の大事な人達と親しげにするジルベールに嫉妬していた。


ティアラに指摘されるまで、ずっとジルベールの裏切りを許していない故の苛立ちだと思っていた。

だが、言われれば言われるほど…


「〜〜〜っ…。……気づきたくなかった…。」

ステイルは俯いたまま小さくそう呟き、呻いた。ティアラが再びその兄の姿を見兼ねて頭を撫でようと手を伸ばした時。


「ステイル?どうしたの、体調が悪いの?」


声に振り返れば、ジルベール宰相と共にプライドがステイルに駆け寄ってきていた。赤面していることに気付かれたくなく両手で顔を伏せるとティアラが「大丈夫です、兄様少し酔ってしまったらしくて」と誤魔化した。

ジルベール宰相がすぐに近くの使用人に水を用意させ、プライドが心配そうにステイルに寄り添った。ふと視線を感じ、騎士団の方へ目だけ向けると騎士達の中からアーサーが心配そうにこちらの様子を伺っている。


…俺は、まだ子どもだ。

プライド達がこうして心配してくれるだけで、胸の中の蟠りが嘘のように軽くなってしまうのだから。


ステイルは思わず無意識にプライドの滑らかな手に触れ、指の力だけで握りしめた。するとプライドは少し驚いた表情をしたが、嬉しそうにそのままステイルの手を優しく握り返した。


この温もりに、今まで何度この身を埋めたいと思っただろうか。

気高さも、優しさも、無鉄砲さも、麗しさも、強さも、…そして意外な弱点も。その全てが愛おしい。

自分が認めた人間以外には爪先ひとつ触れさせたくない程に。


そう思いながら最後に深く、深く、息を吐いて顔をあげる。感謝を込めてティアラの頭を強く撫で、プライドの手を握る方と逆の手でジルベール宰相に差し出された水を一気に飲み込んだ。


「…でもやっぱり、俺はお前を許さないし…嫌いだ。」


心配そうに自分の様子を伺うジルベール宰相にそう言い放ち、眼鏡の位置を調整する。

ジルベール宰相はそんなステイルに少し驚いたように眉を上げ、最後に「そうですか」と言って微笑んだ。

「ならばこれからもステイル様からの御言葉、謹んで受け、そして受けて立ちましょう。」

そう言ってジルベール宰相は深々と頭を下げた。幼き自分に似た、ステイルの言葉の意図を可能な限り全て汲んでの言葉だった。


…その後、ステイルやティアラも無事来賓全員との挨拶を済ませ、ジルベール宰相主催のパーティーは和やかに終わりを迎えた。


最後にジルベール宰相から、パーティーの締めくくりと共にマリアンヌとの正式な婚姻を発表されて。


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