73.騎士は酒を仰ぐ。
他の騎士達と歓談していた中、プライド様を含む王族が来訪された。
俺は周りの騎士達と一緒に口を噤み、しっかりと礼儀正しく頭を下げる。こうする度に、毎日当たり前のように会ってるあの三人が雲の上の存在なのだと実感させられる。
「おい、アーサー!プライド様がいらっしゃったぞ、話しかけなくて良いのか?」
騎士の先輩でもあるアラン隊長が俺に声をかける。俺が「いえ、自分は後で平気です」と答えると、興奮した様子のまま楽しそうに空いた俺のグラスに酒を注いでくれた。俺がステイルと剣の稽古をしていることは隠している訳でもないが、触れ回る必要もないから周りには言っていない。そんな中、まさか今日も一度プライド様には会った後だなんてここでアラン隊長達に言えるわけもない。
「騎士団長、プライド様が…」
「アラン。今日は公的なものではない、話し掛けたいのならば先に行け。プライド様は気にされる方ではない。」
父上に一刀両断されたアラン隊長は何故か「いえ、ですが何の所縁もない自分が突然…」と言うと酒が回ったのか顔を赤くさせた。その様子を見たもう一人の騎士の先輩であるカラム隊長が「ほぼ初対面の時のあの威勢はどこに行った」と溜息をつく。去年隊長に就任したアラン隊長と違い、カラム隊長は大分前から隊長として優秀な成績を収めている人だ。…ちなみに俺は、訳あってこの人には何となく頭が上がらない。アラン隊長に言いながらも、カラム隊長も目でプライド様を追い続けていた。そのままプライド様がマリアンヌさんの方へ向かうのを確認し、また二回目の溜息をついた。
「あの、隊長方の挨拶が終わったら自分もプライド様へ挨拶に言ってもよろしいでしょうか…?」
俺の隣でグラスに一口も口をつけず、緊張した様子のエリックさんが今度は会話に加わる。俺より一年早く、去年騎士になった人だ。去年の叙任式でこの人もプライド様と騎士の誓いを交わしたらしいし、いろいろ話したいことがあるのかもしれない。以前聞いた話だと、二年前の崖の一件でも父上と同じ現場に居たらしい。
……プライド様は、騎士団での人気が凄く高い。
恐らくはステイルやティアラ、女王、王配よりも遥かに。
二年前の崖の一件からずっと、らしい。ステイルも色々その時に協力してくれたし、それなりに支持は高いがプライド様はその遥かに上だ。今回だって、ジルベール宰相のパーティーに騎士団長と騎士団本隊首席入隊の俺以外にも隊長枠二名と騎士枠一名の枠がある。と副団長のクラークから話があった時、最初は機会があれば是非とも。くらいの反応だったのに、招待客に王族も…と、プライド様の名前が出た途端に希望者が殺到して最後は殴り合いになった。二年前を知らない、その後に入隊した新兵や、二年前に女王と隣国に遠征していた騎士達も他の騎士や新兵に箝口令を敷かれた内容以外は話を聞かされ、若干伝説の人みたいな感じに語り継がれていた。その結果、騎士団でプライド様を慕わない騎士はいないくらいだ。
…俺も含めて。
俺にとって、間違いなく特別で人生を変える出来事だった二年前の出来事は、俺以外の…殆どの騎士達にとっても特別なものだった。
そう思うと、俺のあの経験も…プライド様との出会いも大して特別なことじゃないのかなと、少し悔しくなる。結局ここにいる先輩達も俺も、プライド様との距離はあんま変わらないのだとそう思えて。正直、プライド様とずっと傍にいられるステイルやティアラが羨ましいと思う時もある。
ジルベール宰相が父上に挨拶に来る。他の騎士達もジルベール宰相に注目し、俺も顔を上げた時、不意に別方向から視線を感じ、目を向けるとステイルとティアラがこっちを向き、マリアンヌさんが目を丸くさせていた。丁度、ジャムの瓶を贈ったところらしい。さっき騎士団全体でもマリアンヌさんには挨拶したが、改めてその場で会釈した。プライド様もこっちを向いてくれたから慌てて今度はこっそりプライド様へも頭を下げる。先輩達に気づかれたら何を言われるかわからない。
すると、プライド様が柔らかい笑顔を俺に向けてくれた。それだけで、何故かさっきまでの暗くなった気分が嘘みたいに晴れた。
ふと、そのままプライド様がまたマリアンヌさんの話に戻ったところで今日のことを思い出す。
…プライド様があんなに料理ができないとは思わなかった。
なんでもできる人だと思ったから、料理が初めてでも完璧にできちまうと思ってた。なのに、何故かなんでもドロドロにするし、黒焦げにするし、俺がガキの頃よりも酷い有様だった。しかも、本人もショックだったらしくあんなにいつも堂々として優雅なプライド様が林檎一つまともに剥けずに呆然とした後ろ姿はとてつもなく…
可愛かった。
まるで、本当にただの女の子みたいで。剣はあんなに上手いのになんでナイフ一つでこんなに違うんだと思ったら余計に笑いが込み上げてしまった。その後も怒るし、涙目になるし…本当にいつものプライド様と同一人物か疑うぐらいで。
『わ…私だって出来ないことくらいあります‼︎』
涙目で顔を真っ赤にしたプライド様。
ああ、人間なんだなと思って何故だかすごくほっとした。
なんだかあの時だけは今までとはまた違った感覚であの人の傍にいたいと思ってしまった。
…俺のプライド様への想いは、ここにいる騎士達と大して変わらないものかもしれない。始まりも、第一王女であるあの人との距離も。そして、あの人にとっても別に俺は特別な騎士ではないかもしれない。
でも、取り敢えず今は。
料理が駄目で、それだけで情け無く涙目になってしまうあの人を知っているのは騎士の中では俺だけだから。
それだけを自慢に、今は少しだけ自惚れておこう。
プライド様の顔を思い出し、思わず口元が緩む。その後すぐにアラン隊長にどうした、と声を掛けられ誤魔化すようにグラスの中身を一気に仰った。




