693.プライド・ロイヤル・アイビー。
「因みにプライド様。……御体調の方は?」
ンぐ⁈
学校始動の打ち合わせ。
その為に私の部屋へ訪れてくれたジルベール宰相からの言葉に、思わず喉が詰まった。
お互いにテーブルを挟む形でソファーに掛け、ステイルとティアラも次期摂政と次期王妹として同席してくれた。……というよりも今朝のことがあってからずっと付いてくれている。恐らく私が白状するまで傍にいてくれるつもりなのだろう。
それだけ二人を待たせ、そして待ってくれているのだという事実が心苦しい。アーサーとカラム隊長も、口にしないでいてくれるだけできっと同じくらい心配してくれている。
最初は、何事もないように専属侍女のロッテが淹れてくれた紅茶でひと息つき、持って来てくれた報告書とヴァルに依頼する用の書状の山を包みごとジルベール宰相から受け取って平和そのものだった。
学校制度と国際郵便機関が公表された今、本格始動ということで記念すべき第一校目として建設した開校場所や詳細も城下に大々的に広められている。学校の勉学関連やクラス担任教師についてはこちらで既に選抜済みだけれど、ジルベール宰相と確認していたのは他の選択科目講師や守衛、寮関係者などの職員募集要綱、そして入学希望者や国際郵便機関の募集要項についてだ。
どういう人間を選ぶか、もし定員割れした場合は何を優先で選ぶか、今の進捗状況は、そして上層部にどこからどこまでを任せ、決議して貰うか。それを最初から確認しましょうと話してから、流れるようなキラーパスだった。
「え……ええ、もう大丈夫……です。ジルベール宰相にも朝から心配を掛けてごめんなさい。」
昨日の式典の後始末を終えてすぐ帰宅したジルベール宰相が私の昨晩のことを聞いたのは恐らく今朝だろう。
多分、従者か父上に聞いたのかなと思いながら目を覗く。今朝の母上達への挨拶でも、凄く物言いたげだったし、確実に心配してくれたに違いない。
向かいの席に座るジルベール宰相は「いえいえ」と手のひらを見せて左右に軽く振ってくれた。にこやかな笑顔で「お元気になられたならば何よりです」と返される。
「ただ、陛下も、王配殿下も、ヴェスト摂政も御心配されておりましたので。……もし、お話して頂けるようになれば是非。陛下方に直接お伝えにくいことであれば、私から便宜も計らせて頂きますので。」
優しいジルベール宰相、今だけは胸に痛い。
ありがとうございます……と言いながら頭を肩へ萎め、座ったまま縮こまってしまう。更には察するようにステイルやティアラが両脇から私の背中を摩ってくれるから泣きたくなった。
そのままジルベール宰相は「では先ずは確認から振り返りましょうか」と無理に誘導せず流してくれた。今回の学校制度から、と現状を纏めてくれる話を聞きながら私は考える。
「まず、今回の学校制度ですが男女は十八歳まで。ただし、無償で寮に住み衣食住の保証を得られるのは齢十二歳までとなっております。幼等部・初等部・中等部・高等部と大きく分けた中で言えば、初等部までの者のみということですね。教育の方は全学年無料で受けられますが。」
これも、第二作目とは違う。
第二作目のバド・ガーデン学園はそれぞれ学校にいられるのは同じく十八歳までだったけど、そこまで細かい区分はされていなかった気がする。それに、入学の規定からして違う。
十八歳以下の生徒なら住むのも教育も食事や寮も一定は無料だけれど、入学するには優秀な特殊能力者や希少な特殊能力者、試験で優秀な成績を収めた勉学に積極的な生徒、そして下級層や身寄りのない者を優先的にとかだった。やっぱりこういう風に聞くとプラデストとは別物に感じる。
元々ゲームに学園ものがあるとはいえ、私が前世の経験を活かしたから内容もそちらに傾いている。なんだか、バド・ガーデンの名も偶然だったのかもしれない。
「それ以降の年齢の者に関しては、国からの保証はつけた上で一定の金額を出せば寮に住む事は可能。一応、学校でも仕事の斡旋や選択科目でも仕事技術を身に付ける為の裁縫や料理、土工などいくらかの授業も用意しておりますし、プラデストでは国から調査の入った職場を斡旋するので不当な扱いは防げるかと。」
仕事の斡旋とかの設定もバド・ガーデンにはない。
私は前世の進路指導課とか思い出して考えたけれど、前世と違ってこの世界は普通に子どもも働いているし、中学生の身体になれば充分仕事先は見つかる。それまでに仕事に役立つ技術を身につけたり、自分の向き不向きがわかれば良いと思った。……段々、やっぱり第二作目とは別物かなと思えてきた。
「学校建設は四年前から同盟共同政策の学園と合わせて進めておりました為、既に完了しております。場所は下級層にも近いですが、中級層のなるべく治安の良い場所に建設を致しました。」
同盟共同政策の学園は王都内に建設されているけれど、プラデスト学校は対象が下級層中級層の子どもだから場所も合わせた。ジルベール宰相が良い土地を選んでくれ、お陰で建設までには下級層や中級層の人達にも仕事を提供することもでき……、……
ん⁇
「建設後にも数度私自ら足を運んでみましたが、やはり規模は申し分なくこれならば城下に住まう下級層の対象年齢者は全員寮に住まわせる事も可能でしょう。」
……なんか、今すっごく大事なことに気が付きかけた気がする。
学校の下見には私も城下の視察と一緒に何度か行ったけれど、建設中は危なくて中にはいれて貰えなかったし、公表までは民にも学校を気付かれないように幕がかかっていた。建物建設に関してはジルベール宰相と上層部に任せていて、私は体制や組織構造が主だった。設計図は見せて貰ったけれど、その時は何も気づかなかった。内装も全部素敵になるようにジルベール宰相達が……、……
んん⁇
「すっごく楽しみですねっ!たくさんの民が喜ぶと思うと嬉しいですっ!これもお姉様とジルベール宰相のお陰です!」
「いえいえ、私はあくまで補佐程度でしかありません。全てはプライド様の素晴らしい発想あってのものですから。一宰相の私ではとても叶いませんでした。」
声を弾ませるティアラとジルベール宰相の問答にすごく、すごく引っかかる。
そうだ、もともとは確かに私の提案だ。母上から同盟協同政策の提案を任されて、それでヴァル達の実状とかを知って何とかなればと思って考えた。キミヒカのゲームにも学園物はあるから、いけると思って、それに……
〝発達途上児童無償教育機関設立案〟
「ああっ⁈」
思わず喉から驚愕が張り上がった。
その途端、ティアラだけでなくステイルやジルベール宰相までビクッと肩を上下した。次の瞬間には「どうかなさいましたか⁈」と皆が口々に心配してくれる。
またやってしまったと思いながら、一気に糸が繋がり始める感覚に思考を止まられない。寧ろここで止めちゃ駄目だと頭を回す。大丈夫、待ってと早口で伝え、口元に手を当てて目をバタつかせた。
第一作目と第二作目は、他のシリーズと同じくIFストーリーで繋がっていない。そう考えられたのは、第一作目のどのルートでもおかしい繋がりだったからだ。
ティアラが女王だけど誰ともくっついていないし、設定が第一作目から数年後なのに十八歳までしか入学できない学校に有名人ティアラが身を偽って入学できている。そして学校なんて第一作目には存在していなかった。……けれど。
…………ジルベール宰相なら、全部できるんじゃないの?
先ず、学校。
元々私が提案する前からジルベール宰相が提唱していた〝発達途上児童無償教育機関設立案〟にゲームクリア後のジルベール宰相が提唱して取り掛かっていたら?
もうその時には反対を言う上層部はプライドに皆殺しにされているし、女王になったばかりのティアラも賛成するだろう。ステイルともジルベール宰相は協力関係だった筈だし、きっと民の為なら彼も反対しない。更にはそれまで王配業務と宰相業務を担っていたのはジルベール宰相だ。数年あれば彼一人でも形にするのも可能だろう。むしろ上層部が死んで反対派もいないし、殆ど自分の思い通りに最上位の実権を握っている分、こっちの現実より思い通りにすることは容易いだろう。
それに、ジルベール宰相の特殊能力があればティアラを学生の年齢まで若返らせることもできる。それに……!
ジルルートってティアラと恋人になってないんじゃ……⁈
だってゲームでもティアラとの恋愛要素薄かったし‼︎‼︎
キスなんて手の甲止まりだったし愛を説くシーンすらなかった!エンディングも恋人同士というより兄妹や父娘のような雰囲気だった‼︎
それに、現実では今や二児の父になるジルベール宰相のマリアへの愛は強い。どれだけ辛い状況に追い込まれてティアラがどれだけ可愛くて天使で優しくても、ジルがティアラに本気で恋心を抱くとは思えない。
生涯でマリア一人しか愛さないと思うし、ゲームみたいに辛い別れなら余計に他の人に気持ちが揺らぐとは思えない。やっぱり妹や娘のように想っていた方が納得いく。むしろ補佐をしていた父上の娘だから大事にしてくれたのかもしれない。…………うん、そう考えると余計にティアラに手を出す気がしない。
それならティアラが誰ともくっついていないのも、王配が不在なのも当然だ。ゲームをした時は乙女ゲームならその人と恋愛関係になるのが当然だから全く考えもしなかった。
「プライド様、一体何が……?!」
心配してくれるジルベール宰相の声に、今は目が合わせられずに頭を抱えて俯いてしまう。
その所為でまたステイル達を心配させてしまうから余計に焦る。もうここは諦めて聞いてみるしかないかもしれない。
ジルベール宰相、と私は彼を呼ぶ。
この世界で攻略対象者だった存在の一人、ゲームではどのルートでも宰相としての任を続けると誓ってくれた隠しキャラに。
「ええと……。……この学校の建設場所と具体的な設計や内装の確認をしてくれたのってジルベール宰相だったわよね……?」
「?ええ。何か、問題でもあったでしょうか?」
「いえ!……ところで、昨日見せてくれた資料の中にあったプラデスト学校以外の名前候補ってそれぞれ上層部の誰が考えてくれたのかしら?」
恐る恐るボロは出さないように細心の注意を払いながら、尋ねる。
もう話しているだけで心臓に悪い。俯きながらも心臓の音が頭にまで響いて煩くて、今度は頭から胸を両手で押さえながら荒くなる息を押し殺した。
学校名候補の方もピンポイントで聞いてしまうと怪しまれるから全部を聞いて見たけれど、ジルベール宰相は「確か……」と言いながら次々と資料も見ずに候補とその発案者の名前を羅列してくれた。もしこれで、バド・ガーデンの発案者が……
「……そして〝バド・ガーデン〟と〝プラデスト〟が私の発案でしたね。やはりプライド様の名を冠したものが最後には満場一致で決定致しました。」
はい確定‼︎
まさかのどっちもジルベール宰相だった!!もう間違いない!第二作目のバド・ガーデンの創設者はジルベール宰相だ!
ティアラと一緒に国を平和にしたジルベール宰相が、民の為に学校を作ってくれた。そしてその舞台こそがキミヒカ第二作目のゲームの舞台!あとはゲームの数年後というのが具体的に何年後かというところなのだけれど……ジルベール宰相の手腕なら確実にそう長くは掛からない。というか、私が何も言わなくても創設されたであろう学校を自分の手柄にしてしまったみたいで凄く申し訳ない。本来なら学校を発案、創設した栄誉はジルベール宰相のものだった筈なのに!
頭を抱える指をめり込ます勢いで力を込める。爪がちょっぴり刺さって痛いけれど今はそれどころじゃない。
「な、るほど……。」
何とか言葉を絞り出して返すけれど、それ以上が出てこない。
それが一体どうしたのかとステイルとジルベール宰相が問いを重ねてくれるけれど、返答に困る。もしかしてその名に問題が?とジルベール宰相が心配し出したので、それだけは首を振って全否定する。ああああああもうまた皆に心配かけちゃっている!もう誰にも心配も迷惑も辛い想いもさせたくないのに!!‼︎
だけど。
「……………………たい……。」
ぽつり、と。尻尾だけが声になった。
思わず口から溢れた声は、本当に呟き以下の微かさだった。何人も聞き返してくれたけれど、すぐには応えられずに下唇をきつく噛む。そうしないとぶつぶつと独り言が漏れてしまいそうで、靴の中のつま先を丸め、頭を抱えた両手で拳を握った。
言葉にした途端、さっきまで煩かった心臓が素直にトクントクンと音を奏でる。耳の奥を未だに振動させるけれど、さっきよりは煩くない。代わりに俯いたまま首から背中まで丸くなった身体が固まった。
もう、第一作目のラスボスであるプライドは今後のゲームに生きて存在しない。
第二作目にも登場したティアラやステイル達ならばまだしも、私は学校に関わる必要はない。開校したら視察に行こうとは思っていたけれど、それ以上関わることは義務ではない。
あくまで私は創設者で学校の理事長は上層部が、教師もジルベール宰相が相応しい人を選出してくれている。たとえ視察に行った先に本当に二作目の登場人物が現れていても、彼らは私の脅威にはなり得ない。私を断罪するわけでもなく、私がこのまま関わらなければきっと何もない。
もし万が一、数年後にまたゲームが始まっても第二作目は国家を揺るがすような事件ではない。それに、ちゃんと主人公の手によって解決する。別にこのままにしておいても問題はない。この先は彼らの領分だ。……だけど。
私は、助けたい。
少なくとも第二作目は第一作目から数年後。つまり、登場人物の彼らはまだ主人公に救われていない。
登場人物は思い出せないけれど、間違いなく彼らもまたゲームが始まる前に〝悲劇〟が待っている。キミヒカはそういうゲームだ。ゲームが始まって、主人公が動いて初めて彼らは救われる。……つまり、それまでは救われない。
もう現実は変わった。フリージア王国では奴隷も出さないように厳しく取り締まわれているし、国も崩壊していない。きっと第二作目のスタートよりは良い環境に皆居る。
だけど、これから待っている悲劇が彼らを苦しめることにはなるかもしれない。それどころか既に悲劇の一端に苛まれている人もいるかもしれない。
ゲーム開始までなんて待ちたくない。
悲劇がこれからなら防ぎたい。もう苦しんでいるなら今すぐ助けたい。
ゲームより早く学校が開校されるなら、彼らもそこに集まる可能性は高い。ゲームと同じジルベール宰相の決めた土地と決めた建物で、国中に公布が出ているのだから。
学校に、プラデストに行けば彼らも見つけられる。
ゲームの強制力は、……恐い。
足がすくんで震えるほど、今すぐ逃げ出したくなるくらい恐くて恐くて堪らない。
今回みたいに、どうやって運命が強制的に大筋へ流れるかもわからない。また危険な目に遭うかもしれないし、……そうすれば、皆のことも危険な目に遭わせてしまう。
だけど私は助かったからとか、第一作目の皆は無事だから良いやとかだなんて思いたくもない。
悲劇が起こると分かっているのに、それを画面の向こうの話と思いたくない。ここに居る人達は全員が私の現実で、そして全員が私の愛すべき民なのだから。
「…………助けます。」
今度は、はっきりと声に出た。
水面へ投石したように唐突に放った声は、彼らへ波紋を作る。どういう意味ですか、誰をですか、やはり予知をと尋ねてくれる彼らへ私は顔を上げた。
見回せば、ジルベール宰相が真剣な眼差しを私に向けてくれていた。ステイルも眉間に皺を作って、ティアラも心配そうに私の肩に触れながら眉を垂らして目を潤ませていた。アーサーが固唾を飲んで見返してくれ、カラム隊長が片手で胸を押さえながら私の言葉を待ってくれている。
彼らだけじゃない。セドリックやレオン、ヴァルやケメト、セフェク、アラン隊長やエリック副隊長、ハリソン副隊長、騎士団長や副団長、他にも本当に数え切れない人達に私は助けられてきた。彼らが居なかったら私はきっととっくにラスボスとして死んでいる。大勢の人を不幸にして、悲しませて、無責任に死んでいた。……だからこそ
彼らに助けられた私が、今度は他の彼らを助けたい。
「ジルベール宰相。……先ほど、便宜を図って下さると仰りましたよね……?」
目を合わせ、はっきりと喉を震わす私に切れ長な目が大きく開かれる。
丸まった背中を真っ直ぐ伸ばし、顎を引く。唇の代わりに奥歯を噛み締めて、意思の強さを表明する。
これから悲劇に向かおうとしている人を止めたい。
既に悲劇で溺れ苦しんでいる人に手を伸ばしたい。
悲劇なんかなくても、人は前に進むことができるから。
不可能なんかじゃない。確信を持ってそう言える。私一人では叶わなくても、協力してくれる彼らが居る。国家転覆まで追いやった私を救ってくれた彼らと一緒ならきっと何でもできる。
「昨夜、予知をしました。〝プラデスト〟の生徒を救う為、私達を学校に行かせて下さい。理由は任せます。」
やるならとことんやってやる。
思い出せるのは、何度もやった大筋ルートのみ。主人公の名前どころか攻略対象者すら今はまだ思い出せない。
なら、またその世界に飛び込めば良い。
きっとまた、直接会えば思い出せる。予知能力も、ラスボスのチートも王女の権威も、そしてこの記憶も全ては救われるべき民の為にある。
ゲームの設定も役割も関係ない。これは〝私〟の意思だ。
ソファーから立ち上がり、座るジルベール宰相達より一時的に高い位置になる。
私を見上げる彼らと、そして背後に控えるアーサー達へと順に振り返り、胸を己が手で示して高らかに声を張る。
「どうか私に皆さんの力を貸して下さい。」
ここで改めて誓う。
悲劇の元凶だったラスボスとして、次期女王として、第一王位継承者として、第一王女として
この世界に生きる私として宣誓する。
彼らと共に約束された〝悲劇〟へ抗うと。
プライド・ロイヤル・アイビー
民の為に尽くすと誓った、私の名だ。
70.127
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今日まで本当にありがとうございました。
本日、活動報告を更新致しました。
どうかご確認お願い致します。